崖っぷち慶應大学通信生                           ~夢が叶った卒業生~

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mimi3281

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2008.07.27
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カテゴリ: 日本外交史I
暑中お見舞い申し上げます

皆様、体調はいかがでしょうか?
私は、すでに夏バテ気味で、ブログ更新も遅れがちになっております

先週、日本外交史Iのレポートが返却されました

 茶色の封筒が見えたとたん
  「商取引法でありますように
    と祈ったのは言うまでもありません


     が・・・



  透けて見える数字にオール4に○が・・・ 
   Bでした。
  でも、いいんです、合格ですから

  試験はビミョーだったんですよねぇ
   もうちょっと覚える時間があればという感じでした。
   リベンジできれば・・・と思いますが、
    もう機会がありませんから
      祈るのみです

参考文献は下記のとおりです

  池田優『日本外交史I』慶應大学通信教育部、1994年
   (古いでしょ
  入江昭『日本の外交』中央公論新社、2000年
  広野好彦『日本外交史ノート-第一次世界大戦から現代まで』
    晃洋書房、2004年
  伊藤幹彦『日本政治外交史研究-明治期・大正期・昭和期を中心に』
    星曇社、2005年

    有信堂高文社、2007年


入江昭氏の『日本の外交』は、単行本ですが、大変参考になりました。


そして、日本外交史Iを履修したことで、明治以降の日本の世界へ向けての外交を知ることができ、有意義でした。
また、カリフォルニアで日本人移民へのバッシングがあったことも知りました。

私の母方の祖父は、私が生まれる前に亡くなっていたので、直接、話を聞くことができませんでしたが、戦前、カリフォルニアへ今でいう駐在員として、十年以上いたそうです。
太平洋戦争前後のはっきりした年代はわかりませんが、アメリカから家族を連れ帰国し、アメリカ行きの神戸出港の最後の船に乗って一人でアメリカへもどるつもりが、祖父の実家である広島から神戸までの電車が大雨のため遅れて、神戸に着いた時はすでに船は出港してしまった後だったそうです。
もし、その時に祖父がアメリカに渡っていたならば、収容所へ行くことになっていたでしょう。
しかし、アメリカにもどらなかったため、アメリカにあった祖父の財産は、すべて没収されてしまったそうです。
戦後、収容所へ入った日本人に対しては、ある程度の補償があったそうですが、祖父に対しては、資格外ということのようです。

その話は、母の弟から聞いたのですが、その財産には「土地」というものは含まれていませんでした。
日本外交史Iを学ぶにつれ、日本人は、カリフォルニアの土地を買うことができなかったということを知り、納得しました。

そして、母方の実家が広島ということで、親戚の中に被爆した者がいました。
直接の被爆ではなかったのですが、被爆地近辺の学生は、被爆後、後片付けを手伝ったため、放射能にあたってしまったそうです。
被爆手帳を持っていた叔父二人は、ガンで亡くなりました。

8月という月は、いろいろな思いで毎年迎えています。







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Last updated  2008.07.28 02:16:16
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