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去年の3月にハワイへ行きました。本当は旅行記をアップしたかったのだけれどずっと延び延びで今になってしまいました。次回はもういつ行けるか分からないので去年行ったハワイネタをいつまでも引っ張っていこうと思っています まずは有名なチーズケーキファクトリーに行った時の話。 現地のお友達と待ち合わせをして食べに行きました。まずお友達お勧めのシーザーサラダとアボガドロールを注文し子供たちはチキンを食べました。やはり量は多めだったのでみんなでシェアして食べ最後にやはりお勧めのチーズケーキを注文一口食べておいしい~~~長男と娘はこのチーズケーキを一つづつ食べてしまいました次男はガトーショコラこれもとってもおいしくて主人もケーキ好きなのにほとんど食べれませんでした人気のある理由が分かりました
January 30, 2009
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我が家の小学3年生の娘は去年の秋ぐらいからクラスのお友達3人と交換ノートを始めました。最初その話を聞いた時は「大丈夫かな~~。」と思ったのですがやる前から駄目と言うのもかわいそうだと思いしばらく様子を見ることにしました。先月、コタツの上に交換ノートが置いてあり娘もいたので「ちょっと見せて」と断ってから書いてあることを読んでみました。最初の頃は娘も「何を書いたらいいのか分からない」なんて事が書いてありほほえましく見ていたのですが最後の頃になると他の子が「好きな男の子ランキング」と書き始めると他の子も娘も同じように書き始めました。「まあ、それぐらいはいいか」と読んでいくと「嫌いな男の子ランキング」(やっぱり出て来たよ)男の子だから良いというわけではありませんが女の子でなかったのでちょっとホッとしました。でも読み終わった後で娘には「嫌いな子とかここには書いてなかったけど悪口とかは書いては駄目だよ」と言いました。娘は分かっている様子でした。 交換ノートはそういう事が発端で大ごとになる事があるのでクラスによっては禁止しているクラスもあるようです。お母さんによっては先生に言ってやめさせる人もいるようでした。 私として多少の揉め事も社会勉強と思うので始める時もあえて「良かったね」と言い見守る事にしました。娘は以前他の子がやっているのを聞いてやりたがっていたので とは言え多少の介入は必要かな?と今回の件で思いました。時代のせいにしてはなんですが問題が大きくなるとそれが解決するまで時間もリスクも昔よりあるような感じがします。「本人の意思を尊重します」と言って全て子供に任せると気がついた時には収拾がつかないと言うケースを中学校でも見ていますから、小学3年生では無理だと思います。 それにしても今どきの交換ノートって100円ショップとかでもいろいろ売っていて私のほうが見るとつい買って来て娘に渡してしまいます。 これからも楽しく交換ノートが出来るといいなと思っています
January 29, 2009
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祖母の手術は昨日無事に終わりました。最初の予定では夕方6時以降開始と言われていたのですが実際は3時45分に部屋を出て行き帰って来たのは8時でした。 朝10時に私が部屋に行くと祖母は寝ていて看護婦さんが話しかけても眠くて仕方のない様子でした。麻酔の先生のお話を聞き「全身麻酔と本人が大丈夫なら腰から麻酔をします」と言われました。腰からの麻酔は手術が終わった後の痛みが和らぐみたいですが終わった後に聞いた話では「認知症があるからやらなかった」と言われました。 看護婦さんが手術前にいろいろ世話をしてくれるのですが体を動かすたびに「痛い、痛い、何するのよ~~、ひどい人ね~~~」とここでも祖母の悪態ぶりは健在でしたが看護婦さんに言わせると「中には腕とか振り回して殴られる時もあるしまだ可愛い方ですよ。」と言われました。 そして祖母が部屋を出て行き4時間ぐらい部屋で待ち無事に祖母の顔を見てホッとしました。 先生から手術の経過説明を聞き、祖母は大腿骨と腰の骨をつなげている関節の骨が折れてしまっていたのでその骨を取り人工骨を入れたと言う事でした。「明日からリハビリします。」と言われました。高齢なので出来るだけベッドに寝たきりにしないために手術して早く治すとの事でした。 今日から全体重をかけてリハビリだそうです。また悪態つきそうだな~~~。 外国に行っていた父ですが私が消灯の9時までいてその帰り道に電話がありました。まだ成田と言うことだったので今日は遅いので明日一緒に行くということになりました。
January 28, 2009
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今日は午前中仕事へ行き、子供が帰ってくるのを待って病院へ行きました。祖母の痛みは少し落ち着いているようで私が行った時は寝ていました。 6時になり夕食が来ても起きないので起こして自分で食べさせていました。すると、起きたばかりだからかお箸も持てずフォークを持たせても自分でおかずを刺して食べることが出来ません。私が食べさせれば汚れないし早く食べ終わるのでしょうがしばらくは私がフォークにおかずを刺すところまでやって口に運ぶのは祖母にやらせていました。 そうこうしているうちに先生が手術の日程を話に来てくれ明日やることになったと言われました。急遽手術になったので時間は夕方6時以降と言われました。そして麻酔の先生から明日10時から説明があるから来てほしいと言われました。明日は仕事を休みずっと病院に付き添います。娘は主人が帰ってくるまでお友達の家に預かってもらうことになりました。 先生が帰った後祖母は食べるのが大変になったらしく「もういらない」と言い始めたので私が口まで入れてやり「明日手術になったから明日は食べれないからいっぱい食べよう。」と言いながらご飯は半分、おかずは完食させました。 すると祖母はまた眠り始めました。そういう祖母を見ていると去年認知症がひどく独り暮らししていた東京から私のところにやってきて大変だったことや今まで祖母に言われて嫌な思いをし祖母がいなくなったとしても私は泣かないだろうと思っていたことが次々と浮かび、「でもやはり祖母は祖母」で手術となれば心配だし一日でも元気に長生きしてほしいと思っている自分がいて涙が出てきました。 手術ですから当然リスクについての説明もされ高齢だし心配もあります。でも祖母の生命力を信じたいです。 今まで祖母の面倒は父とみていましたが父が22日から外国へ行っていて留守で明日帰ってくる予定だったので今回の入院はずっと私一人で見ています。心細いですが仕方ないですね。父は明日の夜に帰ってくると思いますがびっくりすることでしょう。 明日は朝から夜も何時になるか分からないので病院の帰りに本屋へより東野圭吾の「百夜行」を買いました。こういう時ですからじたばたしても仕方ないですしゆっくり読書でもします。
January 26, 2009
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今日は娘と娘の友達4人プラスお友達のお母さん一人を連れて豊洲にあるキッザニアに行こうと計画を立てていました。第二部(16時~21時)だったのでうちに1時に集合し私が運転してお母さんと子供5人を乗せていく予定で朝はゆっくりで8時過ぎても私と娘はまだご飯も食べずゆっくりテレビを見ていました。 8時20分ごろ携帯が鳴りました。相手は祖母がお世話になっている施設の方からでした。「明け方部屋で転んで大腿骨の付け根のあたりを骨折してしまいました。」ということでした。かかりつけのお医者さんに診てもらってレントゲンを撮ったらそういう診断でこれから総合病院へ行くから保険証を持ってきてくださいとのことです。 私は急いで着替え、娘も着替えさせご飯も食べず出かけました。娘はいつも仲よくしている野球の子の家に預かってもらい私だけ病院へ向かいました。キッザニアへは一緒に行く予定になっていた家のお父さんが一緒に行ってくれるということでお願いすることにしました。 今日は日曜日だったので救急の受付に行き祖母が来ているかどうか聞いたところ「診察中だから待っていて下さい。」と言われ待っていましたが、1時間近く待っても呼ばれず受付に聞きに行くとやっと祖母がどこにいるか探してくれて祖母に会うことができました。 即入院となりました。 その時先生にこれからの治療方針として、本来ならば2,3週間で退院しリハビリできる病院へ転院となるようで「どうしますか?」と聞かれました。 でもそうすると今の施設は1カ月ぐらいしか留守にできないので他の病院でリハビリとなると退去しなくてはいけません。 そのうえ、来ていた施設の方に診察方針の意見を求めると「リハビリして中途半端に歩けるようになるとフラフラしてまた危険なので車イスで動いた方が安全。」みたいな事を言われました。トイレまでは車イスで行ってちょっと立ったり座ったり出来ればいいんじゃないか?というニュアンスでした。 最初聞いた時「何!?」と思いましたがリハビリで歩けるようになったとしても施設を追い出されたらその後が困るし祖母も動かずにはいられない性格なのですぐに歩けるようにはならなくても施設から病院へリハビリで通えればいいかな?と思っています。 それよりも怖いのは合併症です。以前脚立から落ちて腰を圧迫骨折した時に3週間ぐらいの入院と言われたのにあまりにも動いて言う事を聞かないということで安定剤みたいな薬を点滴されよほど弱ってしまい一時は「覚悟して下さい」とまで言われました。 今回も不穏行動をした際には拘束・薬の注入などの処置に同意しますという念書を書かされましたがこれが一番怖いです。私が24時間つきっきりでいられればいいのでしょうが・・・ 一難去ってまた一難です。やっと落ち着くかな?と思っていたのにな。 娘は今、帰ってきました。いつも遊んでいるお友達プラス幼稚園で一緒だったのに小学校で離れてしまったお友達も一緒に行ったのでとても楽しかったようです。 明日からしばらく病院通いです。
January 25, 2009
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祖母は去年の6月から「高齢者専用住宅」と言うところで生活していました。しばらくの間は祖母も変わらず元気で過ごしていましたが11月ぐらいから寒さもあってかあまり動かなくなり昼間も寝ている事が多くなりました。 デイサービスで週に5日行っていたのですが行った先でも寝ているようでお風呂にも入らず何もしないで帰ってくるという日が増えてしまいました。寝てばかりいるので床ずれも出来てしまいました。当然夜は寝れないようで夜中に起き出して夜中の2時ごろ「朝ごはんまだ?」と歩き回ったり、トイレに行き自分の部屋が分からず他の人の部屋に入り込んで暗かったため転んでしまい怪我をしたり、認知症もだいぶ進んだからかトイレだと思ったところがお風呂場でそこに大をしてしまい職員の人が気がついたときにはそれを口に入れていたと言う事も聞きました。 そこで今のままでは祖母が弱るのは時間の問題と言う事で新たな入居先を探し始めました。うちから車で10分ぐらいの所にある「特別養護老人ホーム」に空きがあり先月の20日過ぎに引っ越しました。 いわゆる「老人ホーム」です。祖母が今まで一番嫌がっていたところに入りました。でも家族としては祖母が「安全に、健康に暮らせる場所」としてそこに決めました。部屋はユニット型と言って個室になっており10部屋が一まとめになっています。部屋を出ると職員がいますしテレビなどが置いてあるリビングにテーブルがありそこで10人がご飯を食べます。施設には100人ぐらい入居していて何かのレクレーションの時は全員集まりいろいろな行事をやるようです。 職員の方も今までの所はあくまでも「住宅」だったので随時いる職員の方も家政婦のおばさんみたいな感じの人で食事と洗濯、掃除はやってくれましたが今回のところは職員の方もたくさんいてそれぞれ世話も行き届いていますし昼間は祖母に付き添って散歩などもしてくれています。祖母もそこに引っ越してからは夜も眠るようになり昼間は職員の方と話したりして過ごしているようです。 認知症の診察は月に1回行っています。ホームでも先生が月に1回来て体調などを見てくれるようですが祖母の気分転換にもなるかと思い子供と一緒に病院へ連れて行っています。帰りはどこかでお昼ごはんを食べていますが、祖母は1人前はぺろりと食べてしまうし子供達がデザートを食べていると欲しがるので子供と一緒に頼みますが食欲はすごいです。食べてくれるうちは元気だと思うのでこうやって病院通いが出来るだけ長く続けばいいなと思っています。 ご飯を食べて帰る時はどこに住んでいるか分からなくなっているので「どこ行くの?」「どうしてそこに住んでるの?」「あんた達と一緒に住めるかと思ってた。」とひとしきり言いますが最近はあまり動揺しなくなりました。 祖母と私が元気に過ごしていくのは今の状態がベストかな?と思っています。 以上近況報告です。我が家の3人の子供達はあいからず元気です。長男、次男は毎日夜の自主練に行っています。お正月に休んだのは2日の日だけで大晦日や元旦もやっていました。長男は今年は受験生になるので勉強も頑張って欲しいです。
January 22, 2009
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