吹雪の如く 第5回 福対協



 労働金庫設立に動いた当時の東南置賜労働者福祉対策協議会(以後 福対協)は、次に消費組合設立にむけて動こうとしていた。米沢市役所向かいの門東町米沢市農協ビルの一角に福対協の事務所があった。

 ある日の午後だった。
その事務所に労働金庫職員の小川明がいた。福対協専従書記の下山登美は、預金のお金と通帳を小川に渡しながら消費組合設立の質問をした。
「どうしてそんなに鶴岡は消費組合が盛んなのよ」
「どうしてかなあ。労金設立は遅れていても、消費組合に集まるカアチャンたちは熱心らしい」と小川が話す。
「物がないという状態ではないけど、インフレで物価は上がる一方だから、少しでも安いなら労働者は助かるわ」下山の話は戦後10数年たった現在の生活を現していた。
「オイオイ、それは言っちゃあおしまいだよ。福対協の役割がないということを専従職員が認めているようなものじゃないか?」
「私だって口説きたくはなるわよ。チケット券は売れる。品物も売れる。金は入らない。これって詐欺じゃない。労働組合だったら何してもいいの?」
「シ~ッ」と小川は自分の口に人差し指を立てた。
「聞こえたらどうするんだい」

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資料
その福対協の具体的な活動の一つに購買運動がありました。
仕組みは、
① 福対協のチケットを組合を通して組合員に交付する。
② 組合員は、福対協の指定店(50軒~60軒)から購入した品代を、チケットで支払う。
③ 指定店の持ち込んだチケットに基づいて、手数料を差し引いて小切手で支払う。
④ 組合員からは、使用したチケットに基づいて給料から天引きし、組合がまとめて福対協へ支払う。
⑤ 福対協の運動資金は、労働金庫からの融資金をあてる。
その頃は、労働者の生活が厳しい状況でした(労金の賃金が、昭和29年25歳で5300円、昭和31年高卒初任給が4500円)ので、この仕組みが代金後払いであったこともあって組合員の評判も良く、利用者が激増する状況でした。
「1000ページの記念誌 『米沢の生協運動の草創期に思う』太田勝雄氏 から抜粋」

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「未集金の取立ては登美ちゃんがしているのか?」
「だって役員は皆労働組合の偉い方たちばかりだから、唯一の専従者のアタシがするしかないのよォ。だけどみんな生活がたいへんだから福対協を利用するのよ。けっして贅沢な物なんて買っている人はいないもの。その人たちからお金を無理やり取ってくるなんてできない」
「でも、集金しなかったら労金からの借入金には利息が付くぞ」
「だから、福対協だけがバッペクジよォ。労金も労働組合も損しないし、損害も少ないもの」
「こんなに利用者が増えて事務作業も煩雑になるのなら、やっぱり専門的な組織が必要なんだ。それが消費組合なんだ」と小川は消費組合の話に戻した。
 下山登美は席を立ちお茶を注ぎながら話を聞いた。

「労働者は金と物を結集していけば鬼に金棒だ。だからこの米沢に労金の次に消費組合が必要だ。福対協の利用がそれを物語っているだろう。登美ちゃんもそう思うだろう」
「そうは思うけどカクダイも糸屋もあるから、どうしてもなんては思わないなあ」
(カクダイ、糸屋=米沢を代表する地元2大スーパーマーケット。昭和30年代に登場する)
「しかし、カクダイも糸屋も資本家が経営する営利主義だ。消費組合は我々労働者が経営し労働者に還元する組織だ。資本家が搾取する分値段が安くなるはずだ」
 その時、事務所のドアが開いた。
「おうおう…ご熱心ですなあ」とハットをとりながら鈴本力松が入ってきた。

鈴松力松はこの福対協の会長であり、米沢地区労働組合協議会(地区労)の議長だった。米沢郵便局に勤務し、全逓米沢支部の支部長でもあった。その温和な性格は多くの労働組合の幹部から支持されていた。
「会長。小川さんの熱心さはすばらしい。私に代わってお話を聞いてください」と下山はちょうどよいとばかりに鈴本に話を振った。
 小川は鈴本にも先に下山に話をしたと同じ内容の話をした。頷きながら鈴本は話を聞く。
「どう思いますか?」小川はひととおり自分の考えを述べると鈴本に意見を求めた。
「小川君は消費組合を作りたいんだね。」
「作らなければならないと思うのです」と小川はきっぱり言った。
「ほうほう。鶴岡の消費組合は生活協同組合という。生協って言っているそうだ。生活を協同する組合だ。組合員の主役は主婦なんだなあ」と今度は鈴本が話し始めた。
「確かに労働組合も生協に協力的だ。しかし労働金庫と違うのは労働組合組織の団体加盟ではない。あくまでも個人の主婦が加入していることなんだ」
「小川君が言うように資本家ではなく、労働者が消費を支配していくことは重要であり理想的な話だ。私もそれは認めるが、財布を握り惣菜や醤油を買うのは女たちだ。男はタバコと酒の値段しかわからない。わからない者たちが集まって何ができると思う?」
 小川は自分の考えが否定されているような気がしてきた。

吹雪の如く 第5回 完

 次回は12月22日に更新予定です。またお読みください。


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