みらいノ素(もと)

みらいノ素(もと)

PR

×

プロフィール

miraicci

miraicci

コメント新着

miraicci@ Re[1]:個展決定(02/04) ♪大先生♪さん >元信者のSUN-SHANです mi…
♪大先生♪ @ Re:個展決定(02/04) 元信者のSUN-SHANです 日本でKAI画伯の自…
miraicci @ Re[1]:5の不思議(12/07) ジジさん >ゾロ目や並び数字を よく見る…
ジジ@ Re:5の不思議 ゾロ目や並び数字を よく見るときは 何か…
miraicci @ Re[1]:朝市デビュー(12/04) む~さん63さん わーーー む~さん、…

バックナンバー

2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2007年01月05日
XML
カテゴリ: 生活
気が付けば、私が女子大生だった時から20年ぐらいの月日が流れている。


ゼミはデザイン系の先生に就いていた。
高校時代から独学でパステル画をやっていた私にはこの研究しかなかった。今で言う生活系の学部だったので、その他のゼミでは環境問題とか人間関係学に基づいたテーマが主流――で、私が所属するこのデザイン系がアウトローだったのは言うまでもない。同級生たちはコツコツ真面目に取り組む中で、私はひとり絵を描いていた。同じゼミの中でも備前焼の研究として作陶する人はいたけれども焼き締めの温度や土の成分などを調べていくための実験としてだったように思う。
今ならもっとテーマを絞り込んでうまいこと研究を深められるだろうにと思うけれど、当時はとにかく文字数を埋めて論文に仕立てることしか頭になかった。パステルと他の画材を組み合わせてどういう効果が生まれるかという、そのための制作も論文も今では顔が赤くなるほどつたないものだったはずだ。

その指導をしてくださった先生が、今年定年となる。

他のゼミが先生を中心に強い絆を結ぶ中、このゼミに入るぐらいの仲間たちは実に個性的。てんでばらばらの行動をしていたのでまとまることがなく、卒業後は連絡を取ることもしていない。
先生のお祝いの会をしますと後輩からハガキが届いたものの同級生の誰に連絡取っていいものやらと悩んだ挙げ句、欠席しますなどと冷たい返事をしてしまっていた。

そうしたら、やはり私と同様に悩んだ挙げ句に連絡をくれた友人がひとり。



すっかり話が弾んだ。私はどこに仕舞ったのか、無くしてしまった卒業アルバム。彼女は懐かしくて取りだし「みんなキレイなのよ」と20年前を振り返っていた。今度見せてあげるわ、miraicciも若くてキレイよ。
あー、あの頃の私は体重も今より10キロ軽く、恋もしていたし思いっきり遊んでもいた。ファッションは女性誌がお手本で、学校帰りはブティック(←当時はショップなどとは言わなかったよね?)を数件ハシゴ。夜は行きつけのお店で常連客たちとお酒。デートも忙しかったものだ。
うううう。遊び人だった頃のおバカな自分のことしか浮かばない。それを思えば、私、おとなになったよなあ。













お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年01月05日 11時30分04秒
[生活] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: