Blue kiss

Blue kiss

過去と現在

過去と現在



「あれ、もしかして終わっちゃった?・・・」
サオリは首を真横にかしげてニッと笑った。
わたしはテーブルに両肘をついたまま組んだ手を離し、
腕組みをした。
「そうじゃないけど・・・」
カズキの顔がよぎった。

ここに来る前
イベントの運営管理の会社にわたしはいた。
カズキはその時チームを組んでいた仲間だ。

イベント会場の運営本部。
バックヤードの開演前1時間は何かと忙しい。
そんな現場で淡々と仕事するカズキ。
彼は男たちに囲まれ、影からは何人もの女に
見つめられるような男だった。

わたしがどんなキッカケでカズキと付き合うように
なったかを知っているのは
このサオリだけだ。

そして、付き合っていることを知っているのも
サオリだけだ。
いざ既婚者を恋人にすると
いろいろとキビシイ。
面倒な関係は避けていたつもりだったが
カズキの場合は例外となってしまった。

現場ではぶつかり合ってばかり
喧嘩、口論の連続だ。
お互いに自分流を曲げない頑固者同士
それでも、お互いのオアシスになってしまった。

しかし、カズキは良くモテた。
決して美形ではないのだが、
バランスがいいというか、表情や言葉やしぐさに
男の色気があった。
モテることを全く意識する様子もないマイペースな男。

精悍な横顔。特にトラブルが発生している時の、
緊迫した空気の中に響くカズキの指示発令の声は
最高だ。
ジーンズに合わせた質の良い紺ブレを肩で着て
白のポロシャツの襟もとが、無造作に開いている。

ミーティングをする時、わたしはいつも正面に座る
カズキのノドのあたりを見ていた。
太くて筋肉質なのに、品のある首をしているカズキ。

まだ誰も来ない、ゲスト用の部屋で準備をしていると
いきなり入ってきてドアのロックをかけ、
インカムのスイッチを切り
わたしを抱きしめて軽いキスをしてくる。
ドアの向こうでは決して見せない
優しいまなざし。

「のぼせて、ミスるなよ。」
ニヤッと悪戯っぽく笑って、出て行く。
そんなことが幾度もあった。
本番前のセレモニーのようだった。



「くっ・・・!」
わたしは思わずひとり笑いをした。
「なによ。思い出し笑いなんかして。」
サオリが怪訝そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「なんでもないよ。・・・」
「いやだね、この女は。またエッチなことでも
思い出してた?」

どきっ。
図星である。
サオリがいることを忘れていた。

「今、カレは忙しいんでしょ?」
サオリはこのわたしの永遠に未知なる恋愛に
興味津々なのである。

カズキか・・・
嫁さんと犬が一匹。
夜はこっちから電話もメールも出来ない。

なんか、なんだろう・・・?
「なに?」サオリが聞いてきた。
心の声を聞き取られた!

「わたし今、カズキじゃないかも。」
「あ?」
サオリがまあるい目を向けた。

黒じょかをおちょこにあてても、中身はカラだった。
「クボタさぁん。黒じょか、おかわりお願いしまぁす。」
クボタさんは遠くのほうから
「はい!かしこまりましたぁ。」と返事を返してくれた。

はぁ・・・この比内地鶏が宮崎地鶏だったら
最高なんだけどなぁ。
あれはもっとしっかり噛みごたえがあって、
味があって、芋に合うんだよね。

「レミちゃん。誰か好きになったんだ。」
「いいえ。」
「ホント?」
「ホント。」
「やつぱり、不倫は疲れたか?」
「フリンって言うな。」

わたし達は急に可笑しくなって
ケラケラとしばらく笑い合った。


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