misty247

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2006.05.02
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 今日は二七日(ふたなぬか)の法要を営む日でした。
 亡くなってから四十九日の間、死者は修行をします。そして7日が7回過ぎてはじめて成仏し魂は仏になれるのだそうです。仏に成ると書いてジョウブツ。だから告別式から七日起きに本来は法事が要るのですが、今は決まり通り、何度もお坊さんを呼んでお経をあげてもらって、とやっていては遺族の社会生活的に、また経済的にも大変なので、四十九日(七七日 なななのか)の他は略式ですませるケースが増えています。
 最初の七日目を初七日(しょなのか)といい、これを告別式と同時にしました。繰り上げ法要です。二七日(ふたなぬか)と五七日(ごしちにち)が重要度か高いそうで、他は略しながらも、この日に法要を行うケースも少なくありません。
 今回の不幸では、二七日に簡単にお経をあげてもらい、次は四十九日という段取りにしました。
 部屋の仏壇の前にお坊さんを呼んでお経を読んでもらいます。お経が読まれると、成仏を目指して勉強中(とお坊さんが言っていた)の故人の魂に声援が届いたような気がして、少し安心できます。
 遺族の側に立ってのアドバイスをたくさんしていただけるとても親切なお坊さんで(お坊さんもサービス業だなと醒めた目で見てはイケマセン)、位牌はこうすればいい、お骨はこうされるとよい、と教えてもらいました。
 その中でお坊さんがこんなことをおっしゃっていたのが印象に残りました。
 「お骨、つまり肉体はこの世の借り物ですから、お骨を埋めるということは、お返しするということで……」
 霊魂が真の本人で肉体は借り物。そう聞いて思ったのは、ルックスに執着したりおしゃれにこだわったりするのは、レンタカーを借りて懸命に洗車するようなもの。そんなこと誰もしないよな、と思いましたが、何十年にもわたって借りるレンタカーならやっぱり綺麗にするか、と思い直しました。お仏壇のまわりに置いてある位牌や骨壷など、故人の代わりとなったこの世の物を眺めて、結局肉体は何であるかを自分なりに考えてみるも何もまとまらないままに、おりんがチーンと鳴り響いて後お坊さんは帰られて、法要は無事おわりました。





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Last updated  2006.05.03 00:47:17
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