misty247

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2008.01.27
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 おそらくは学校で教わったと思われる。でもまったく覚えていない。覚えていないというより教科書にパラパラ漫画を描くことに熱中していて、聞いていなかったか。
 数日前なら先の問いに「まったく想像もつきません」と答えたろう私が、先月末に開催された畝傍山一円クロスカントリー大会に参加し、その完走記を書こうと畝傍山(うねびやま)に関する史料にふれ、建国に関連することを知る機会を得た。

 現存する日本最古の歴史書『日本書紀』は全三十巻からなる。その巻第三に、建国の日と奉祝された出来事が記されている。
辛酉年春正月庚辰朔。天皇即帝位於橿原宮。是歳為天皇元年。
かのととりの年、春の正月、かのえたつの日、天皇は橿原の宮で即位した。この年を天皇元年とした。
 天皇とは神武天皇で、初代の天皇にあたる。巻第三は、磐余彦尊(いわれひこのみこと)が、九州高千穂から軍船率いて瀬戸内海を渡り、難波から河内国に上陸し、地の賊と争い一進一退の末に討ち勝って、橿原の宮にて統一国を建てるに至るまでの話である。上の即位の一節はほぼ巻末で、この後は国を称えて、磐余彦尊すなわち神武天皇は、代を譲って百二十七歳で没すとあって完となる。
 百二十七歳とは随分と長寿であるが、それ以前に神武天皇の存在も含めて物語全体が史実と見なされていない。即位した日付が西暦のいつにあたるか、干支で記載されているからはっきりしない。それでも辛酉革命説という推測を交えて、西暦にして紀元前六百六十年のことだと導き、旧暦新暦の変換をして二転三転の末に、二月十一日にあたると決めた。
 細かいことを抜きにして、というより、細かいことに加え多少の粗いことも抜きにして言わないかぎり何も言えない、といった背景なのであるが、つまり、2月11日は初代天皇の即位した日、なのである。
 そして都と定めた地が畝傍山の東南。


▲岡寺から見た畝傍山(後ろは二上山)
然後兼六合以開都。掩八紘而為宇、不亦可乎。観夫畝傍山。東南橿原地者。蓋国之墺区乎。可治之。
然る後、全国を統一して都を開こう。世界を一つにしようではないか。畝傍山の東南、橿原の地は国の中心だ。ここからはじめよう。
 畝傍山は奈良盆地の南寄りにある。標高199mと低いが、周辺は目だった起伏のない地であるから、この高さでもよく目立つ。近くに香具山・耳成山があり、三つをあわせて大和三山と呼ぶ。山の南東には 橿原神宮 が建つ。広い境内は50万平方mで、裏の畝傍山は、もはや借景ではなく築山といったふうである。

第35回畝傍山一円クロスカントリー大会 は、1月27日(日)に開催された。そこで私は10キロのコースを走ってきた。
 畝傍山の北西にある橿原運動公園をスタートして、深田池のほとりを走り、橿原神宮境内を抜け、畝傍山の南側中ほどを越す。そこをもう一周して、大和高田バイパスまで上がって北からスタート地点に戻ってゴール。

 この大会は一般参加者を積極的に募集してはいないようで、地元小中学生のために教育機関が設けたという印象を受けた。しかし参加に特別な条件はなく誰でもエントリーできる。
 大和三山の名にクロスカントリーとは魅力的にすぎる。これは走りのがすわけにはいかないと、余所者ながらお邪魔させてもらった。  <つづく>


▲6.5kmの部のスタートの様子



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Last updated  2008.02.03 21:34:44
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