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December 19, 2010
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カテゴリ: 父の死
前日に実家の母に電話をしました。
母のお絵かき教室の展覧会があるので、見に行くよと言うためでした。
ところが、「お父さんが少し悪いのよ」と言ってきた。
おまけに車がパンクしたという。
だから車のことばかり気になって、大丈夫かな~と思っていた。
とにかく、明日の午後から行くと伝えた。

そして、
19日、11時頃電話があった。
母からだ。


もうびっくりした。
頭が混乱した。
まず私の兄にすぐに連絡した。
兄は東京に一人暮らし。
今すぐ岐阜に帰ってきてと伝えた。

慌てて家族みんなで車に乗り、父の運ばれた病院に向かった。
車中で私は父が死んでしまうのではないかと思うと、涙があふれてきた。
でも死ぬなんて思ってはいけないと、気を落ち着かせた。

30分くらいで病院に着き、母のもとに。
父の兄のS伯父さんがすでに到着していた。

父の様子を母から聞くと、

車もぶつけてパンクしたようだし、のどが痛いと近くの内科に行っていたとも聞いた。
朝は救急車で来たけど、前からつらかったのに、我慢して、やっと今朝呼んだようだ。
今日が山場で、医師はもっと早く病院に来ていたらよかったと言っていたようだ。

しばらくして、父は救命救急にいて、中に呼ばれた。
父は酸素マスクをつけ、話ができたけど、呼吸が荒く、あまり聞き取れなかったが、

「この前はごちそうさま、一人いくらのだった?」
と指を3本出し、3000円くらいかと聞いてきた。
私は泣きそうなのをこらえ、
「2000円くらいだよ」
と答え、涙があふれた。
母と父のそばにいたが、すっかり元気のない父に衝撃を受けた。

息が荒く、話ももうろくにできない。
手遅れだと言う医師の言葉がもしかして本当かと感じた。

看護婦から入院の説明を受けた。
必要なものを母と旦那と子供達と実家に取りに行った。
その間、病室に入ることはできなかった。
いや・・・しなかった、父のそばにいるとただ泣いてしまいそうで。
それに、呼ばれない限り、面会していると父を疲れさせてしまいそうで。

子供達は父には会えなかった。
救命救急は子供は入れないようでした。
でも父は会いたかったと思うな。

救命救急の前でずっと待っていた。
1時間30分くらいかな。

K伯父さん夫婦も来てくれて、父のそばにずいぶんいてくれた。
入院の荷物を母がもってきて、父のそばにいくと、心電図モニタがピコピコ鳴っていても、
看護婦も医師も慌てることはなく、スイッチを押して止めている。
でもすぐまた鳴りだす。
何が悪いのかわからないまま。

夕方になり、兄が東京から駆けつけた。
父はもう意識はなく、きっと兄がきたのもわからなかったと思います。
呼吸は荒く、目が合うこともなく、ただ生きているだけの状態でした。

病名は肺炎と告げられました。
40年近く糖尿病と闘ってきたため、それも関係しているとのこと。
家族みんなが呼ばれ、父の元に。
私は父の手を握り、
ただ「がんばって、お父さん」と言うのが精いっぱいでした。
心臓マッサージを医師が交代でしてくれましたが、父の心臓はもう戻って動くことはありませんでした。
医師はもう手の施しようがないと告げ、
そのまま死を待つか、心臓マッサージを続けるか聞いてきました。
兄は「できるだけのことはしてください」と言い、
20分間心臓マッサージをしましたが、やはり自力での鼓動はできず、18時37分、逝去しました。

母も、兄も旦那も私も、泣いていました。
手はまだあたたかったのに。
握り返してはくれませんでした。

しばらく家族だけにしてくれて、父に別れを告げた。
ただただ涙があふれた。

母が点滴などを抜いてくださいと頼み、
家族は外に出て待っていた。

ここは救命救急。
周りは治療をしている人などがいる。
こういうところで人って亡くなっていくんだなと実感。
待合室にも人が大勢待っている。
泣いている家族は私達だけだ。

まず親戚に電話をした。
こういう時、何からしてよいのかわからない。

待っている間、看護師により、点滴の器具などを取り外し、死後の処置(清拭ともいう)が施されたようだ。
詳しいことは見ていないので分からない。
でも、新しい着物に着替え、髪が整っていた。
顔を白布で覆われ、救命救急から出てきた。

看護師が霊安室へと運んでくれた。
行くまでの廊下がうす暗く、さみしい感じがした。
霊安室は3部屋あり、そのうちの1部屋に安置された。

父は葬儀社の会員になっており、そこに電話をし、遺体を引き取りに来てもらうことになる。
死亡診断書をもらいましたが、死因は肺炎、その他の要因として、糖尿病と書かれていました。
長い間、糖尿病と闘ったけど、やっぱり勝てなかった父。

母と兄は、迎えに来た葬儀社の寝台車で自宅に帰りました。
私と旦那は子供達は旦那の両親の家に行っていたため、
病院まで送ってもらってきて、そのまま引き取った。
泣きはらした顔の私を、子供達はどう見たのかな。

車中で、長女は時間ばかり気にしていた。
今夜は帰るのが遅くなりそうで、明日はまだ学校があるからだ。
まだ宿題終わってないとか、明日起きれなかったらどうしようと、心配しているのだ。
こういう時にもそういう心配ができる長女。
何も話さない次女。
眠っている三女。

実家に着き、父は和室に寝かされた。
通夜と葬儀の日はまだ未定。
20日は先勝、21日は友引、22日は先負。
友引に葬式はないとは思った。
だから、22日が葬儀になりそうだった。

私達家族は、いったん自宅に戻った。
時刻は23時くらい。
子供達を寝かせ、旦那と少し話をした。
父が亡くなることは覚悟できていたつもりだった。
でも突然のことで、心がついていけない。
これからどうすればよいのか、本当に分からず、今は悲しむことしかできなかった。





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最終更新日  January 13, 2011 03:02:15 PM
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