**my home**~おうちと雑貨と日々の暮らし~
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3月11日午後2時46分、私の住む茨城県北部も大震災におそわれました。震度6強・・・。その時私は入院中でした。3月2日に2人目(次女)を出産し、明日退院、やっと我が家に帰れる、という時でした。強い揺れがものすごく長く続いて。みんな自分の赤ちゃんを守るのに必死でした。余震も強く、狭い個室に皆集められ1時間くらい移動もできませんでした。家族が心配で泣き出す人も。幸い私は、夫も娘も無事で病院へ来てくれてその日は家族で私の病室に泊まりました。夜になると病院の外は人だらけ。電気も水もないので、灯りを求めて皆病院へ来たのだと思います。非常灯が付いてるだけの病室ですが、部屋の中に居られるだけで有難かった。翌日の12日は退院予定でしたが、電気も水もない我が家に帰るのが不安で一日だけ退院を延期してもらいました。携帯電話も全くつながらず、情報が全くなし。病院に自衛隊の『災害支援』の旗を掲げたトラックが続々到着し、そこで初めて自分たちが被災者なのだと実感しました。13日に退院。水も電気もない我が家に帰ってきました。家の中は、物が少し落ちた程度で、家電や家具は無事でした。でも珪藻土の壁にはひびが入り、和室のドアはゆがんで閉まらず、玄関のタイルは割れていました。でもこのくらいで済んでよかった。ただ、水も電気もないという状況は、新生児がいる我が家にはそれはそれは厳しいものです。寒いし、ミルクは作れないし、食事もトイレも大変。歯磨きも手を洗うのも、汲んできた水を少しずつ使います。水って本当に大切・・・。震災3日目の夜は、自宅で家族4人リビングでカーテンを全開にして、月の明りの下で眠りました。これがまたとっても明るい。怖がっていた娘も、星がたくさん出ていたので数えながら眠りにつきました。震災から4日目。お昼過ぎにやっと電気復旧!!ここで初めてTVを観ることができ、被害の大きさに愕然。そして放射能・・・。いつになったら普段の生活に戻るのでしょうか。。。今日は17日。いまだ水は出ていません。復旧にはまだまだかかるみたい。私は産後でなかなか動けず、夫の実家から水や食料を分けてもらっている状態です。東北地方の方々に比べたら、私達なんてまだまだ。それでも、キツイです。水を汲みに行くのにガソリンもない。オムツやミルクもない。お風呂も入れない。それでも子供達のために前向きに頑張るだけです。
2011.03.17
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