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2009年08月22日
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終章 新たな始まり

 沙理菜と保持の治療と艦の修理の為に保持達は一度月まで引き返した。そして沙理菜と保持は医療機関で高度再生治療を受ける事になった。
 沙理菜は命そのものは何事も無く戻ったものの、自然治癒能力が著しく低下しており、保持よりも長い入院時間を必要とした。
 何より女の子の身体と顔に無残な傷跡を残すわけにはいかないと、繊細な再生治療がなされた事もある。
 二週間後、再生治療槽から出され一般病室に移動した沙理菜の意識が戻った。
「傷の治療は完璧に終わったみたい。だけど……」
 沙理菜を心配して集まった乗組員達に向かって、一通りの状況を説明していたネリュートの表情が曇った。
「脳に障害が……残ったらしいの」
(記憶が――)

 保持の生命を使い沙理菜を助ける。それによって保持の命は残り一年となり、沙理菜も記憶を無くす。それは判っていた事だ。
代償のない取引など存在しない。命の代償は命、実に分かりやすい取引だった。沙理菜の記憶喪失はその利子のようなものだが、命と天秤にかければ些細な事だろう。
だが保持は最近思うのだ。沙理菜の命を救った事が、独りよがりな事だったのではないか? と、自分のエゴで沙理菜を再び戦禍に巻き込んだ事も確かなのだ。
たとえ多大な犠牲を払ったとしても、それは欺瞞であり自己政党でしかないのではないかと……
(今度こそ守ってみせる……)
 どこまで出来るかわからないが、戦争を終わらせ、沙理菜に命の危険が及ばないように尽力する、それこそが保持が許された贖罪なのだ。自分が払った犠牲など、贖罪でも何でもなく、ただの自己満足なのだから……
 そしてその代償は「残り一年」という寿命以外にも、保持に明確な形となって現れていた。
 全身の筋肉の細胞崩壊……
 それが保持が受けた代償のもう一つの形でもあった。
 再生治療も受け付けず、保持の身体は身動きできないまでに衰弱していた。どうやら筋肉細胞にのみ反応する、後天性自壊誘発菌の突然変異体に感染してしまったらしい。
運良く従来の薬でその進行を抑える事ができ、自動防衛機構としてのアイちゃんの、総機鋼甲冑の技術を応用した機械的な補助を受け、どうにか日常の生活程度には支障がないぐらいには動けるようにはなっていた。

「記憶喪失、ですか?」
 ナーシャがそう言ったのは、保持の思考を読んだのではなく、脳に障害となれば、それが一般的な考えだからだ。
「いいえ……いえ、ある意味そうかもしれないわね」
 ネリュートの答えは曖昧なものだった。
「記憶はあるみたい。思考状態も通常らしいわ。……その辺の記憶には異常はないの。ただ、ある特定の記憶だけが……」

「……会えば分かるわ……」
 ネリュートに促され病室に入る。白を基調とした清潔な部屋の壁には、草原の映像が映し出されていた。そして髪を短く切った沙理菜が映像から視線をそらしこちらを向いた。
「皆さん……申し訳ありません。ご心配をおかけしました」
 そこには髪を短くした以外は、いつもと変わらぬ沙理菜の姿があった。
 みんなと談笑する沙理菜からは、記憶の欠如は感じられない。ちゃんと全員を認識しており、過去の記憶もあるようだ。
(紅緒さんの言っていたことは嘘だったのか?)
 保持が少し安心していると、沙理菜の視線が自分を向いた事に気付いた。
「あ」
 沙理菜は小さく声を上げ、改めて姿勢を正すと保持に頭を下げた。
「始めまして。以前写真でお顔とお名前をお伺いしました。棚加保持さんですね。私はサリナ・N・シュガーミです。以後お見知りおきを」
「……どうも、保持君の記憶だけが……何故か抜けているみたいなの」
 ネリュートが保持にそう耳打ちした。
(――)
 正直言えば気持ちが折れるほどこたえた。今すぐにも心臓が止まってしまうほどの衝撃を受けた。
 保持の事だけでなく、全ての事を忘れてしまっていたのなら……保持はここまで ダメージを受けなかっただろう。
「よ……よろ、しく……」
 どうにか声をひねり出し、保持は顔を伏せた。
「あ、あの……何か私、気に触る事でも……」
 保持は流れ落ちる涙をぬぐう事も出来ない。
(僕は――州上さんが好き……です……)
 もう二度と口にする事は無いだろう言葉……沙理菜との思い出が保持の心の中だけとなった今、沙理菜が何も覚えていない事が、保持と沙理菜を繋ぐ唯一の絆なのだ……

 後に宇宙最大の王権国家建国の礎を築いたとされる稀代の英雄、棚加保持――
その名が歴史に登場するのは……
まだ先の事である……


                                    了






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最終更新日  2009年08月23日 20時44分40秒 コメントを書く


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