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2009年08月22日
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 第五章 決別

     1

「気がついた?」
「あ……」
「あの後大変だったのよ? 棚加君は気を失うし、何か凄い衝撃がまた来たりして……」
「え? エッ!」
 保持はようやく自分が沙理菜の膝の上に頭を乗せている事に気がついた。
「ゴ、ゴメン!」
 慌てて頭を起こそうとして、強烈な眩暈を覚える。沙理菜はそんな保持の頭を捕獲すると再び自分の膝の上に誘った。

「……そういえば頭がズキズキする……」
「軽い脳震盪ね。詳しくは調べてみないと分からないけど、ちょっとぶつけて血が出ているだけみたい」
「血……」
「ママ、パパだいじょーぶ?」
「大丈夫よ」
「マ、ママ? って、あれ? この子は……」
「私も気付いたらここにいたの。密航……のはずないわよね。サンクロバの誇る最新鋭艦にこんな子供が忍び込むなんて無理な話しだし……」
「……」
 沙理菜をママと呼んだ女の子は、間違いなく保持が金色の野――サンクロバの聖域という、高貴なる原野で出会った少女だった。保持はこの子を夢で見たことを言うべきか迷った。
しかし根拠のない話であるし、それをしゃべったらアイちゃんの事にまで話が及ぶ。
(変な奴だと思われたらいやだな……説明も面倒だろうし、言わないでおこう)

「グホッ!」
 女の子が保持の腹の上に飛び込み、保持は息を詰まらせた。小柄とはいえ、かなりの衝撃がある。
「こ、こら、棚加君は怪我しているんだから、ダメでしょ」
「タナカ? パパはパパじゃないの?」
「あのね、棚加君はあなたのパパじゃないでしょ? 私もあなたのママじゃないの」

「……もしかして、棚加君ッ!」
「ち、違う……」
 保持の年でこの年齢の子供がいるということがおかしい。常識的にもありえないし、保持がそんな人間ではない事に思い至ったのだろう。
そもそも沙理菜も「ママ」と呼ばれているのだ。おそらく沙理菜にも身に覚えはないのだろうから、お互い様なのだということに気付いたのかもしれない。
「まぁ、いいわ。当面の問題は、ここがどこかって事なのよ」
「え? ここはさっきの倉庫じゃ……」
「そう、そうなんだけど……ここは私たちが逃げ込んだ倉庫の中、それは間違いないわ。でもメビルスの信号も消えているの……そして端末の情報からは、ここがメルビスではない事を示している。ほら、全機能が切断状態で、単独起動になっているもの」
 沙理菜が腕輪を示したので、保持も確認してみると、腕輪の自動防衛装置の信号が青から赤に変わっている。
「そ、それって、どういうこと?」
「……考えられるとすれば、私達が知らないうちに、別の所に転送された……この倉庫ごとね……床が少し斜めになっているでしょ? つまりこの区画ごと、別の場所に置かれている、ということが考えられるわね。棚加君、体とか精神とか、どこかおかしな所が無いか確かめてみて……重要な事なの」

     ◆

「どういうこと?」
 ひときわ巨大な振動に続く空気流出の警報と隔壁閉鎖、そしてそれに連動するかのように始まったアルバール軍の一斉撤退をうけ、ネリュートは艦橋に戻ったのだが、そこで驚愕の報告を受けることになった。
「保持さんと沙理菜軍曹は。艦の一部ごと、どこかに転送されてしまいました」
「な……で、二人は? 二人は生きているのッ?」
「そ、そこまでは……」
「最優先で調べなさいッ!」
「閣下。オルトリンデでアルバールの通信の一部を傍受しましたが、どうやら何かが“成功”したようですので、二人は生きていると考えられます。ただ殺すだけなら、こんなおかしな事をする必要はないのですから」
「……そう。そうね。ゴメン、取り乱したわ」
 ネリュートは取り合えず身体の力を抜き、席に腰を落とした。
「……中範囲強制転送……アルバールがペトレクルース禁止条約を守るとは思っていなかったけど、移動物体に対する諸問題を克服するのはもう少し先と予測していたのに……ノストラダムスといい、アルバールもなかなかやるわね」
 移動物体に対して転送を行う事は、技術が進んだ現在でも非常に危険なことである。だから艦単位での転送も完全停止してから行われる。
また生物への影響も大きい為、転送ミスなどを引き起こす可能性が高く、人格の入れ替わりや精神異常を引き起こす場合がある。その為艦の転送時には防御壁などで魂体を保護する必要があるのだ。それら魂体防御と乱用の禁止・抑制などをまとめたのがペトレクルース条約である。
 それをアルバールは移動中に、人体へのシールドもなしに行ったのだ。
「完全に出し抜かれました。まさか、こちらまで極秘裏に実用化していたとは……いや、もしかしたらこれが実用試験だったのかもしれません」
「ツクモンも知らなかったの? ってことはあの人も?」
「知っていればそれなりの対策はします。ましてペトレクルース条約にアルバールは賛同していないとはいえ、非人道行為に違いありません。それに今回は……」
「……でしょうね。イリーア、被害の状況は?」
「はい。切り取られた直径は三十メートル強、中心となった資材庫とその周辺、および外に流出した物資、非常用食料が五千食、支給用衣服、治療用薬品など……空気の流出が艦全体の四割を越しています。そして――」
「……保持君とサリーの信号も消えた……」
「……はい。転移中心となったと思われる資材庫で、消失直前まで確認されていました」
「二人は食堂に向かっていたはずよね。だったら、何か予定外の事、例えばすぐそばで交戦状態にでもなりそこに逃げ込んだのでしょうけど……」
(食堂で大勢の乗組員も一緒に、という状況よりはマシだけど……)
 不幸中の幸いというには、ネリュートにとっての不幸のふり幅が大きすぎる。
 一瞬風香と九十九を率いて近くの艦から順番に捜索しようかという衝動にも駆られる。しかしネリュートは自分の立場を思い出しそれを飲み込んだ。
「……これは保持君を狙った、と考えていいわね」
「でしょうが、やり方が強引ですね。まだ保持の利用目的も確定していないのに、不安定な新技術まで使って……」
「私には保持君の存在理由がちゃんとあるけど、それはアルバールでは無意味……保持君を狙ったのはついで、といった感じね。でもサリーが一緒となると、ちょっと事情が変わってくるわね」
「最悪、ウチの上司が全力で保護するでしょうが、あの方がこの事に気付かれるまでに、保持と姫さんが無事ならいいのですが……」
「連絡はつかないの?」
「……この状況では時間がかかりすぎます。最短で連絡が付いて明日……といった所でしょうか……」
「そう……転移先の予測は?」
「切り取った空間をそのまま格納できるとなると……大型の輸送艦って所でしょうか……たしか十五艦隊には超大型輸送艦のヴァルファールが一隻配備されていましたから、おそらくそれかと」
「転移先を精密に固定するのは、現技術でも困難だモノね、超大型輸送艦とはいえ、針に糸を通すような精密作業……それを移動物体に対して行うのは特にね。兵器利用を抑制させておいて良かったわ」
「転送兵器抑止条約ですね。しかしアルバールはおそらく今回の成功をふまえて、来期の国会でその条約脱退を決議しますよ?」
「……あら、そう。まぁ予想はしていたけど。それよりもヴァルファールの現在位置の特定はできた?」
「もう少々お待ち下さい――」
「わるいけど、ツクモン、行ってくれるわね? 私はここを動けないし、唯一アレと接続できるのはツクモンのオルトリンデだけだから」
「はい。それが自分が受けた任務ですから」
「――出ました! 敵の輸送艦発見!」





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最終更新日  2009年08月23日 20時48分53秒
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