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2009年08月22日
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     3

金色の野――
 昔アニメで見たような光景が保持の前に広がっていた。
 そのどこかから、女の子がすすり泣く声が聞こえる。
『たー君、行ってあげて』
 アイちゃんの声が聞こえる。心細さを隠し切れなかった保持は彼女の姿を探した。
『私はたー君に会いたいという“彼女”の願いをかなえてあげたいの。でも私はそこには入れないの。どうにか、たー君の腕輪を媒介にして会話だけは出来るけど、それも時間の問題。出力がかなり不安定になっているの』
「ここは……」
『高貴なる原野――サンクロバに伝わる聖域』

『彼女が望んだから。私はその願いをかなえる手助けをしただけ。でもそれが天意だと信じているわ』
「彼女……って?」
『それは……あ、もうダメ……接続が切れるわ……』
「え? エッ? ぼ、僕は、どうすれば……」
『行ってあげて! 彼女は――いえ、彼女もまた、あなたに会いたくて泣いているの』
「行ってあげればいいんだね?」
『そう。彼女はたー君の――』
 アイちゃんの声が消えていき、彼女が最後に何を言おうとしたのか、聞き取れなかった。
 保持は覚悟を決めて高貴なる原野とやらを声の聞こえる方に進んでいく。
 高貴なる原野は五色に光り輝く草花に覆われ、まるで保持を祝福するかのように囁き踊っている。
 そして彼女は丘の上の巨木の洞の中にいた。

 洞の中は結構広い空間で、一通り部屋を形成する家具が揃っている。そしてタンスには彼女の服が、本棚には絵本が乱雑に放り込まれていた。
「……どうしたの?」
 保持が声をかけると、彼女は泣くをやめて顔を上げた。
(うッ!)
 そういう趣味のない保持にさえも、保護欲をかき立てる愛くるしい容姿に、思わず保持は戸惑いを覚える。

 あまりの美しい雰囲気とかわいい容姿に、保持は言葉を無くしてしまった。
 そして彼女の顔が綻んだ。笑うともう、最強クラスの可愛さだ。
「パパ――ッ!」

     ◆

 敵の屍の山が築かれていく。ネリュートはその力の差を存分に見せつけていた。
「臆するな! 敵は女一人だ! 一人で相手するな!」
 囲んで攻撃する、その方法は正しい。相手がネリュートでなければ、十分な効果を発揮しただろう。
 ネリュートは囲まれても、すぐにその包囲を突き崩す。
 包囲を形成する誰か一人の懐まで移動し、神速で敵を排除。そして後は開いた穴から包囲の外にでれば済むだけの話だ。だがそれも個人戦闘力に差があればこその荒業ともいえる。
 何度も何度も包囲を崩していくうちに、アルバール兵の瞳に絶対的な恐怖が宿り始める。恐怖が身体を硬直させ、的確な反応を鈍らせていく。
 戦力差は時間の経過ごとに広がっていくばかりに思えた。しかしその優位性にも陰りが見え始める。
敵の総機鋼甲冑を斬るごとに落ちていく刀の切れ味だ。反りは伸びきり、刃こぼれで刀身はノコギリのようになり、もはや刀ではなくたがの金属棒のようになっている。もはや斬り裂くのではなく、挽き斬る状況になっている。
 そしてついに心地よい音を立て、刀が事切れた。
「今だ! 一気に取り押さえろ!」
 そしてアルバールの反撃が始まった……

     ◆

 九十九はオルトリンデに申告する。
「承認。マスター鈴鳴の拘束レベルを解除いたします」
 九十九の身体の各所から電流がスパークする。
 久しぶりの開放感、全身に羽が生えたかのような身の軽さに思わず戸惑ってしまうほどに……
「ま、まさか、その状態で……」
 捕縛用の電圧ネット――九十九はそれを自身に使用し、身体の自由を制限していた。
 捕縛用といってもいくつか種類があり、即死レベルのモノから、反抗しようとした時だけ作用するモノまで多種多様ある。九十九が使用していたのは常時身体の一定の自由を奪うものであり、急激な筋肉の動きに反応し拘束レベルが上がるものだ。
 そこまで制限して初めて、九十九の身体能力は一般人レベルに補正される。
「や、やれ! 一気に畳み掛けろ!」
 カリウスは即断した。隙があるとすれば、拘束から開放された直後、身体が状況になれる前しかないことを見抜いていたのだ。
 九十九の雰囲気が変化した事に気付き、即座に先制攻撃を放った――はずだったのに、総機鋼甲冑は何の役にも立たなかった。
 カリウスの両脇の兵の首が飛び、血飛沫で天井までもが紅く染まる。総機鋼甲冑の首部分はもっとも堅牢に出来ている。それを熱したナイフでバターでも斬るがごとく切断されれば、嫌でも力の差を感じずにはいられないだろう。
 その威力に愕然としながらも、カリウスとて八五の刀番を持つ猛者、すぐに戦意を取り戻し九十九に技を仕掛けてきた。
「奥義、燕舞――」
 空を飛ぶ燕のように、高速の斬撃が九十九を襲う。余談ではあるが、技の命名対象になった燕とは、ベルソード発祥の地サンクロバに生息する燕で、最高速度は音速の二倍を超える。
 しかし九十九はまるで攻撃のくる方向が分かっているかのように、鮮やかというしかない歩調でそれを避けきっていく。
 それはお互いの息のあった剣舞のように見えたことだろう。
「ベルソードの名の由来は、切り裂かれた甲冑が地面に落ちる音を、鐘に例えてのこと。時代は変われど、その極意に変わりはない。ベルソード流剣術とは剛の剣。その剛剣が燕舞のような速度重視の奥義を持つ事に疑問を抱いたことは無いか?」
 カリウスの燕舞を一通り避けきり、九十九は最も基本的な中段の構えを取った。
「死に際の土産に、ベルソードの真髄、真の奥義である、必殺の一撃というものをお見せしましょう」
「なにが真の奥義だ! その構えは初心中の初心の構えではないか! それぐらい分かるぞ!」
 九十九はため息と共に嘲笑をもらす。
「必殺とは字の通り、必ず殺すということです。小手先の技と、身体に染み付いた基本の技、どちらが必殺に成り得るか――その程度のことも分からないと言うのでしたら、その身で味わってください」
 風が起こる。刹那、カリウスの身体が浮き、左腕が肩から消えた。
「――ッ!」
 カリウスはそのまま後方に吹き飛び、壁に激突して止まった。
 そしてカリウスのいた場所に、九十九の姿があった。
 九十九の踏み込みで空気が前に押し出され、周囲に逃げるよりも早くそのまま前に、カリウスに向け移動し、それがカリウスに叩きつけられ、彼の身体を浮かせたのだ。
一度空中に浮いてしまっては、身体の踏ん張りが利かず、カリウスの機動力と防御力は格段に落ちる。それ以前に完全に虚を突いた結果となったので避けようもなく、そこに肉薄しての一撃が効かないはずがない。
「存分に味わっていただきたいので、簡単には殺しませんよ」
「ウワァァァァッ!」
 激痛と狂乱でカリウスが突進してくる。
 九十九が風を起こす度に、カリウスの身体が吹き飛び、どこかしらの部位がはじけ飛んでいく。しかし一般兵より高度な守護システムが即座にそれを機械的にカバーし、カリウスは突進を続け、そのスピードが衰えることはない。
 逃げる事は出来ない。もはや万に一つの可能性に賭け、九十九を殺すしか生き残る道はない。もはや帰る家も、愛する妻も、子供もいないのだろうから……ベルソードに生きたカリウスはその事を熟知していた。
「さすが――アルバールの守護システム、スプリガン。しかし――」
 中のカリウスの身体が持たない。
 もはや守護システムの総機鋼甲冑の補助機能がなければ、無様に床を這うしかない、そこまで切り刻まれている。
 ここまでやっても九十九に息の乱れはない。あるはずもない。
先程までの負傷も、息の乱れも身体の大半の機能が制限されていたからであって、全力を出せる今ならば、かすり傷程度のモノである。
そして九十九はとりたて特別の攻撃などしていないのだ。中段に構えた刀を振り上げ、振り下ろす――多少の変化はあるにしろ、その基本中の基本の型をこなしているだけだ。相手の身体を浮かす衝撃波も、攻撃のための鋭い踏み込みの副産物でしかない。毎日の鍛錬で何百回、何千回と繰り返すその基本動作。特別な事などありはしないのだ。
 九十九はカリウスばかりでなく、その場から逃げようとする兵も、背後からも厭わず斬り飛ばし、近くにいると言うだけで頭から両断し、気を失っていようとも首を跳ね止めをさした。
……この圧倒的な力の差は、もはやそれを虐殺と呼ぶしかない状況を作り上げていた。
「……そろそろ、限界でしょう。いい加減に殺していいですか?」
 九十九は残された――いやあえて最後まで残したカリウスに宣告する。
「ご安心ください。刈り損ねたあなたの部下も家族も、皆すぐに送り届けてあげますから」
 埋葬執行者なるもの、一度その任をうけたら、一切の情を捨てなければならない。ベルソードの精神に背けば、絶対的な絶望しかない事を見せしめなければならないのだ。





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最終更新日  2009年08月23日 20時49分25秒
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