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2009年08月22日
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     2 後

だがカリウスはそんなことなど顔に出さず、男を挑発する言葉を吐いた。
「なんだよ? よく出来ているじゃないか。そうか、お前、ベルソードの恥さらしか? 本家の血筋に生まれながら、魔女に寝返った、スケベ野郎! そうか。ならばここにいる辻褄が合うな! なんだよ、いまさら命乞いか? 同門のよしみで助けて~ってか?」
 仮面の男は陣羽織を脱ぐと、裏返し再び袖を通した。そしてメイドの差し出した一振りの刀を手に取ると抜刀した。
リィィィンと心地よい音色があたりに響き渡る。
 だがその心地よい音色は、狂わしいまでの殺気の塊でもあった。その気に当てられたのかカリウスの背後で隊員の幾人かが倒れる音がする。
 新兵には少々刺激が強すぎたようだ。しかし歴戦の勇士であるカリウスはこれ以上の狂気の中で生き残ってきたのだ。
仮面の男が刀を軽く中段に構えた。
「な、何だよ? 裏返したから、どうなる……」

「十……なんで廃番を貴様が……い、いや! 十? そ、そんな……」
 一から五は例外なので、廃番は上から六、八、十という順番になる。つまり黒き陣羽織に刻まれた刀番の意味に気付いたのだ。
「何故ベルソードには廃番があると思う? そしてその精神を覆す裏の番号を背負う我等がいるのは何故か? それは貴様の様な、力を振りかざすだけの外道の為。それを闇に屠る血塗られた刃もまたときには必要……」
「……埋葬執行者……」
 ベルソードの門下生なら、誰もが耳にする噂……
埋葬執行者……
 しかしそれは禁忌を犯さぬ為のデマだと思っていた。いや、存在するはずがない。いかなる者であろうが、いかなぬ状況であろうが、ベルソードの精神を汚した者を神出鬼没で死刑執行する者など……
「さすがに聞いた事はあるようだな。たった今貴様等全員の除籍と埋葬が決定した。そしてこの時点で貴様等の血縁全てへの処分も決定した。鬼となったベルソードは遺恨など残さぬ」
 静かな笑み――仮面の下のその表情さえ分かるような……そんな凄惨な雰囲気が辺りに漂っている。
「それがベルソードの意向であり、主のご意思。ここで貴様等全員の命を刈る」
 堰を切ったように兵達が襲い掛かっていく。

「ま、待てッ!」
 仮面の男は新兵達の一斉の一閃を避けきると刀を無造作に差し出した。兵は自身の猪突の勢いで自らの腹を切り裂かれる結果となった。
 ガーディアンが起動しないぐらい、それはあまりに自然な動作だった。
 被守護者の脈拍や筋肉の緊張などから、守護するべきか否かを判断するガーディアンは、こういった不覚の攻撃に弱い。しかし、そんな事など万に一つの事象だ。
だが同様なことが数回続き、瞬く間に深紅に染め上げられた通路には、腕や足といったパーツが転がっていた。

 その手品の仕掛けは、仮面の男の巧みな身のこなしによる部分が大きい。
 仮面の男の動作は、特別速いというわけじゃない。むしろ愚鈍な部類に入るだろう。しかし避ける動作と攻撃の動作に無駄がない事、そして全員兵の死角でそれを行う為、誰もが何が起きたのか、何が行われたのか、悟らせていない点だ。
 カリウスは戦慄を覚えた。カリウスは外野から観察していたから気付いたのであって、戦闘の最中でそれに気付けただろうか?
 それの恐怖が戦闘中の兵を後退させる機を潰し、結果的に兵の命を無駄に散せる事になった。
 仮面の男は刀に付着した血を振り払い、カリウスに向き直った。
「……本当に残念だ。貴様等が素直に罪を認め、四肢を切断されようとも、後悔と懺悔を誓うのなら、貴様等を殺す許可など下りず、貴様等の家族も命を散らすことも無かっただろうに……もはや貴様等に残され道はただ二つ。許しを請い安楽死するか、抵抗し壮絶な死を迎えるか……最後の慈悲としてそれぐらいの選択権を差し上げましょう」
しかし仮面の男がどんなに脅そうとも、恐怖を植え付けようとも、カリウスの戦意が消えることはなかった。
数の有利もあるが、カリウスはこの仮面の男の力量を見切っていたのだ。
「全員! 総機鋼甲冑を使用! 奴を生きて帰すな!」
「やれやれ。無駄な足掻きを……いいでしょう。待ちますよ。全員に生存の僅かな機会と希望を差し上げます。私も初めての執行ですので、手加減できるか分かりませんが」
「いい気になるなよ? 小僧!」
「しかし、実は少々心配していたのですよ」
「何がだ?」
 カリウスが会話に乗ったのは、兵達が準備を追え配置に付くまでの時間稼ぎだ。総機鋼甲冑とは、ガーディアンを直接着込むことである。本来守護システムに準じるものを攻撃に使用するのは禁止されており、防衛と生命維持に限り、その使用を許されている。
総機鋼鉄甲冑はその延長にあるとされ、鉄壁の防御力と動作補助が受けられ、軍事用の総機鉄甲冑にいたっては、全身に堅牢な装甲を覆うので死角がない。そして生身の数十倍の力を発揮できるが、あくまでもそれは自身の生命を守るため、とされているのである。
もとはガーディアンなので、装着は一瞬で終わるが、転送地点の不具合などが起きる可能性があり、お互いに距離をとっての転送が必要となる為、隊全体の準備にはそれなりに時間がかかる。
男もそれに気付いているはずだが、自身が不利になると分かっていながらそのまま会話を続けた。
「あなた方が今頃ベッドの下にもぐりこんでナニでも弄っているんじゃないかとね」
「……何が言いたい?」
「おや、野蛮人には揶揄が通じませんでしたか? つまり素手の非戦闘員、それも非力な女性しか相手に出来ない、見下げた腰抜け集団だとばかり思っていたので――と言えば通じますか?」
 さすがに頭に血が上るが、カリウスは堪えた。それが明確な挑発であると分かっていたからだ。
そうこうしているうちに全員が装着し終わり、それを確認した仮面の男も刀を構え終えていた。
「――執行開始」
 仮面の男は身体を深く沈ませると、床を蹴り先制攻撃の為に間合いを詰めてきた。
 それに釣られたのか右にいた兵一人が仮面の男に馳突する。仮面の男は身体を極限まで潜航させ、床に手を着き自らの軌道を変えると、突進してきた兵士の首の装甲の関節、装甲の薄い隙間に刀を合わせた。
 床で反射した勢いと、彼自身の突進の力により、刀は見事に首元に食い込み、総機鋼鉄甲冑が解除され兵が床に崩れ落ちた。
 総機鋼甲冑が強制解除される状況には、いくつかの原因があるが、最大のかつ簡潔な原因は使用者の生命反応が消えた時だ。
「散れ! 囲んで叩き伏せろッ!」
 一人を相手に固まっていても良い事などない。カリウスの号令に一斉に全員が散った。しかしそう広くない通路である。散るといっても限度がある。男をはさんだ反対側にまわれない限りは、結局一対一で戦うしかない。
 そういう場所を選んだ、という事がすでに仮面の男の策でもあったのだろう。
「はぁぁッ!」
 鬨の声をあげながら、数人が一斉に切りかかってきたが、二人が一斉に攻撃できる余裕はない。必然的に一人が速度を緩め先発の護衛に付いた。
 仮面の男は再び姿勢を崩し身体を低く構えると、突進した先頭の兵をやり過ごし、背後から膝関節を突き刺してから薙いで切断し、その背後で構えたままの兵に対峙した。しかし男の真後ろで膝を抱える同僚に躊躇したのか、剣を振りおろすタイミングがわずかに遅れた。
 仮面の男は一旦床ギリギリまで身体を沈ませると、背後にうずくまっていた負傷兵を刀で突き刺し引き寄せて盾にする。兵の刀が味方の甲冑に阻まれ――高に思えたが、仮面の男の突き刺した傷が致命傷となり、刃が肩に食い込む。それが兵に動揺を与え、それが仮面の男への攻撃の呼び水となった。
仮面の男が下方から突き出した切っ先が、胸の隙間を突き刺した。刃は心臓にまで至ったのだろう。すぐに甲冑が解除され、改めて仮面の男の刀は兵の胸部を切り裂いていた。
「――所詮は亜流か」
 ベルソード流には本流と分流、そして亜流が存在する。
本流とは当然カリウスも所属するベルソード一族が率いる正等な流派であり、分流はベルソード家に認められた門弟が開いた道場のことである。そして亜流とは、本流や分流などの門下生が、個人的に指南したり、見よう見まねでベルソード流を真似る連中であると同時に、本流や分流の不出来者に対する蔑称でもある。
本流のカリウスが率いているライジングベルは隊名に“ベル”を用いている事からも、正規のベルソード流剣士でのみで構成された部隊であり、その事を一種の誇りとしている。
必然的に男の侮蔑はカリウスを沸騰させた。
「俺がやる!」
 この男たった一人に一刀も入れられぬまま、率いてきた兵の半数を失ったのだ。これ以上の侮辱を受ける前に、カリウス自身が相手しカタをつけるしかない。
「つまり、貴様を殺せば、問題ないというわけだ」
「例え私を殺せた所で、一度埋葬承認された貴様の縁者はすべて処分済み、帰るところも無く貴様等は未来永劫埋葬執行者に追われることになるが……しばらくの猶予は出来るな」
「いや、その執行者に廃番を割り当てるって事は、十番は執行者のナンバー3を意味するんだよな? それがこの程度なら、高が知れている」
「……言ってくれますね」
 カリウスの姿が消え、次の瞬間には仮面の男に肉薄していた。
 仮面の男はカリウスの放った斬撃を刀で受けとめる事で精一杯だったようだ。
 仮面の男は数歩分後ろに吹き飛ぶと、そのまま動きが止まった。今の攻撃の衝撃で全身が硬直したのだろう。
「……さすが、二桁といったところですか……」
「この分だと、ベルソード家ってのは、たいしたことないんじゃないのか?」
 カリウスの更なる豪撃に、仮面の男の体が浮き、そしてそのまま壁に激突した。
 その隙を見逃さず、カリウスが追撃に入る。
「弱い! 弱い! この程度か!」
 仮面の男は必死にそれらを受け流し、ようやく体制を整えた。それが出来たのも、カリウスが余裕を見せつけ、途中で攻撃を止めたからだ。
「……あなたの力量を完全に見余っていました」
 仮面の男はそう断ってから、刀を構え直した。しかし動きに精彩がない。外傷は無いように見えるが、内に与えたダメージはかなりのものがある。
「強がり言うじゃないか。だからどうした」
「八千にも及ぶ門弟の中で、仮にも二桁の刀番を持つ事は、尋常なことではありませんでしたね……そんな単純なことすら失念していましたよ」
「今更気付いても遅いがな」
 カリウスの切っ先が仮面の男の首を薙ぐ。決まった――と確信したが、どうやらそれをかわしたようで、床を転がるように逃げ回っている。
 それを追い、カリウスは連撃を放つが、速度を変えての不規則な回転で逃げ回っているようで、何故かかすりこそすれ、致命打を入れられない。
 ベルソードの剣士として、あまりにその攻撃は様にならない。そんな矜持に囚われ、カリウスは攻撃を止め、仮面の男と間合いを取り、彼が起き上がるの待った。
 既に勝負は決まったようなものだ。仮面の男はカリウスの予測を超える事は無く、カリウスの実力を持ってすれば、警戒するにも及ばない。
 殺るなら、立ち技の一閃――カリウスはその光景を思い浮かべ、一人恍惚となっていた。
 しかしカリウスは仮面の男の異様なまでに冷静な態度に、言いようの無い不安も覚えていた。
 追い詰められているのに、何故こうも平静でいられるのか?
そして追い詰めているはずなのに、なぜこんなにも不安なのか?
「……ならば相応の礼節を持ってあなたに対峙いたしましょう。本当は後から色々面倒なので、あまりやりたくはなかったのですが……」
 仮面の男――ツクモ・ベルソードは刀を鞘に戻し静かに宣言した。
「拘束解除」






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最終更新日  2009年08月23日 20時50分18秒
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