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2009年08月22日
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   2 前

「こっち!」
 沙理菜に手を引かれ、道を一旦戻り、倉庫として使用している部屋に隠れた。ここで敵をやり過ごそうというのだ。
 だがそれは苦肉の策に思えた。やり過ごせる可能性は低い。例えやり過ごした所で、このドアの向こうが敵の占領下にあるのなら、逃げ場を失ってしまう。
「……」
 廊下の方から戦闘の音が聞こえ始めた。どうやら敵は侵攻を一旦止め、倉庫を挟むような布陣で膠着状態となったようだ。これで二人は部屋から出るに出られなくなった。
「た、助けは呼べないの?」
 艦内連絡用の受話器を操作していた沙理菜に、邪魔になるかもしれないと言うのに、保持は耐え切れず聞いてしまった。
「通信妨害されているわ。艦の通信に介入しているみたい……」

「ダメね……敵に傍受される危険があるわ。外が戦闘状態にある限り、この状況じゃ下手に外と連絡や行動を起こすのは危険よ」
「そ、そんな……」
「大丈夫。ここは無敵艦メビルスよ。初期の混乱さえ収まれば、すぐに敵を押し返すわ」
「……そ、そうだね」
 保持がそう言って納得しようとしたのは、沙理菜を信用したからではない。そうでも考えないと、自分が押し潰される事を知っていたからだ。
 その後、戦闘が断続的に行われ、保持は暗闇の中でその恐怖に怯えるしかなかった。
どちらが優勢なのか……それすら把握できない。
ここに沙理菜がいなければ、泣き喚いていたかもしれない。だが、それも時間の問題に思えた。保持は自分の息と鼓動が荒くなっていくのを、人事のように感じていた。
 どこかで爆発が起こり艦が大きく揺れた。艦の衝撃緩和を超えて、ここまで大きく揺れるということは、余程大きな衝撃か、その緩和装置自体が破壊されたのか……
その揺れで保持は投げ出され、壁か床か天井か――とにかく何かにぶつかり意識を失った。

     ◆


 メルビスの白を基調とした廊下を、濃紺の軍服を着た男達が疾駆する。
「突入隊の状況はどうなっている?」
「現在、先鋒がこの三つ先のブロックで交戦……中……あ!」
「どうした?」
「第八突入小隊の通信が――途絶えました。! 一四、三……次々と!」

 一陣の風が吹き抜けた。
 ゴン――とロボットのような姿で具現化した守護システムのガーディアンが崩れ落ち、血飛沫が舞う。
そして風の――ネリュートの全身を深紅に染め上げた。
「私の艦を……」
 ネリュートは刀を返し、最先端にいる兵に向けた。
「その穢れた軍靴で踏みにじる事は許さないわ」
 突然の事にアルバール兵に混乱に似た動揺が走った。
「ガ、ガーディアンを……」
一般兵の持つ最低ランクのガーディアンとはいえ、軍用に開発された守護システムであるので対人戦では鉄壁の護りを誇る。本来的のガーディアンを押さえ込むには、同格以上の自動防衛機構をぶつけて相殺するしかない。
それを生身の女性が刀で斬り伏せるなど、本来想定されていないのだ。無論そういった訓練も受けていない。その為に彼らはどう動けばいいのか見失ってしまったのだ。
しかし隊長の一言で、全員が正気に戻る。
「敵は一人だ!」
 敵は一人、味方は大勢。その事で兵達に余裕が生まれ、それが連携となって現れた。 アルバール兵は巧みな連携でネリュートを包囲しようとする。実際に包囲は完成された。しかしネリュートの刀が翻る度に、その包囲は見事に崩されていく。
 ネリュートが包囲の手薄な部分を的確に狙い、一刀で斬り伏せる。そして二刀目には崩れた包囲の穴を確実に広げてくる。
 アルバール兵の群れが割れた。引き波のように兵が後退を始めると、後続部隊が遠距離からの銃撃に切り替え援護射撃を始める。
近接戦闘での不利を悟り、間接攻撃へと切り替えたのだが、ネリュートは臆することなく馳突した。自動防衛機構を発動させるまでもない。銃撃全てを避けきりながら、ネリュートは銃兵に肉薄した。
 彼らの守護システムなど機能させない。ネリュートの刀はそれすらも両断し、敵を屠る。
 兵達の目に恐怖が踊った。
異能の妖でも見るかのようなその視線に、ネリュートは恍惚となっていく。
 刀が鋼を両断し肉を裂く――その感触に言いようのない快感すら覚える。
(でも、深追いは禁物……)
 それでも冷静さを忘れないネリュートは、頃合を見計らって後退し元の場所に戻った。
 アルバールが突入艦の使用でメルビス襲撃の橋頭堡を得たように、ネリュートは自身の突撃で反撃の突破口を開いたのだ。
「アレは敵の司令官、ネリュートだ!」
 司令官で王女、最大級の手柄を目の前にし、アルバール兵の間に混乱が生じていた。
 隣の同僚が命を預ける友から、手柄を競う敵への変化したのだ。
ネリュートが単身で突撃したのはそういった狙いもあった。だが最大の理由は、ネリュートこそがメルビスの最強剣士であり、条件すら揃えば、単身で一個艦隊を全滅させる事すら可能だからだ。
名誉と出世……そして命
その千載一遇の機会と希薄となった連携、そして強烈に植えつけられた恐怖……あらゆる状況が、兵達の判断力を狂わせる。
 真っ先に飛び出れば斬殺されるだろう。しかし先に出なければ手柄を奪われる。必然的に動きは受動的となり、彼らはネリュートにとってはただの的と成り果てる。
「殺してあげるから、いらっしゃい」
 ネリュートの惨殺は続く……

     ◆

 アルバール軍第十五艦隊突入白兵部隊“ライジングベル”を統括するカリウス・ドンラーフは、斥候件露払いに出した先発部隊との連絡が取れなくなったことにより、状況把握のために部下を引き連れ前線へと足を向けていた。
 しかしその彼の行く手を塞ぐ優男がいた。
体格から男であることは明白だが、全身を覆うようなゆったりとした服装なので、本当に男なのかどうか確信が持てない。
何より顔を白銀の仮面で隠し半歩後ろにメイド姿の女性を連れているので、そちらに意識が集中し、他の特徴を薄くしているのだ。
「要請」
『マスターの要請申告を受理。現在送信中。送信完了。現在照合中……』
 メイド姿の女性が守護システムであり、浪費としか思えない具現したままという奇怪な行動、そして仮面の人物の声色から男であろうという判別を下し、カリウスは一瞥し口の端をつりあげ蔑笑した。
「ずいぶんと個性的なお人形さんだな」
『しばらくお待ち下さい。現在審査中です』
 何を審査中なのかは知らないが、機を逃すほどカリウスは平和ボケしていない。カリウスの合図で、背後前列の二人が仮面の男を狙い抜刀した。
銃を使わないのは、趣味丸出しとはいえ、仮にも守護システムを起動したままであるので、実弾を完全防御する可能性が高い事、そして彼ら自身が艦内に偏向粒子を散布し、粒子放射型の銃器の使用を無効化し狙撃対策をしているからだ。
 それはライジングベルが刃物による白兵に特化した部隊であり、銃を使うよりも自身の得意な得物のほうが殺傷能力が高いからでもある。
しかし仮面の男は、本来彼を護るべき守護システムを庇い、二人の剣を何かで弾き飛ばした。どうやら手元が見えないぐらいに膨らんだ袖の中に、短刀を隠し持っていたようだ。
出鼻を挫かれた二人の兵は、一度後退しカリウスの両端に付き再度隙を窺うが、仮面の男は隙だらけのようで、付け入る隙間がない。
服が大きすぎて、足先から攻撃の軌道を読むことも、手元の獲物の種類や長さを知る事も出来ない。この仮面の男がさっきと同じ担当を再度使用するという確証もないのだ。先程の事もあるので、不用意に攻め込むのは危険度が高い。
 カリウスでさえ、仮面の男と息を合わせられず、攻撃の一手を出せないのでいるのだ。カリウス自身が幾多の隊員候補の中から選別し、鍛え上げたライジングベルの隊員は、その程度もわきまえないぐらい無能ではない。
やむなくカリウスは方法を変えた。
「おいおい、余程そのお人形がお気に入りのようだな? アレか? 夜のお相手も可能なようにできているのか? ん?」
 カリウスの下品な笑いにつられるように配下の者たちも嘲笑する。これで敵が激昂すればよし、しなくても時間稼ぎにはなる。
 仮面の男はカリウスの挑発を無視し問うた。
「刀番八五、カリウス・ドンラーフ、その他第十五艦隊突入白兵部隊ライジングベルの隊員一同。貴官らの行動は、ベルソードの精神に背く。そのことを理解しているか?」
「ん? いっちょ前に説教か? そういうのは自分のお人形さんにしてな」
「……もう一度問う。貴官らの行いはベルソードの精神に背く。その事を自認しているのか?」
 カリウスはすぐに仮面の男が言わんとしている事に気付いた。それはサンクロバの領星で行われた作戦の事であり、軍内部の勢力からも抗議の対象にされている。
「それがどうした? 戦場とは常に混沌が支配する。そして混沌は力によって支配される。力のある者が、無い者を蹂躙して何が悪い?」
「……なるほど。ならば、七十年もの時間をかけ、ようやく融和の道を歩み出さんとしたアルバール、サンクロバ両国の関係をを悪化させたサンクロバの惑星サレベルンでの先月未明に行われた作戦……貴官らは部隊の指揮を取り、彼の惑星において虐殺と姦淫、そして強盗を働いた。それに相違ないな?」
「虐殺? 姦淫? 強盗? 何の事だか分からないな」
「……身に覚えがないと?」
「尻尾のない猿をいくら殺し犯そうと、何の問題があるんだ? 連中は猿だ! いやそれ以下の下等生物だ! 身体を遺伝子操作で弄り回したマウスに等しい! そんな奴らが生きている資格なんてあるか? ないだろう? そんな奴らを殺し犯すことに何の罪がある? むしろ俺達はあいつらに女の喜びと人権の尊さってものを教えてやったんだぞ? 感謝こそされ、憎まれる筋合いはない!」
 カリウスは言っていて無性に腹が立ってきた。何故あの程度の事を今更蒸し返されなければならない? 何故このようなわけも分からぬ者に、文句を言われなければならない?
「いや、感謝されることすらおぞましい!」
 相手を怒らせ油断を誘うつもりが、カリウスが激昂しては意味がないが、一度昂ぶった感情を無理に押さえ込む必要性を感じなかったのだ。
 ――それはカリウスの慢心と油断であった。
 しかし彼のエゴ剥き出しの言葉を、仮面の男は無言で受け止めた。
「……なるほど。つまり、あの行為を恥じてもいないし、何の後悔もしていない、ということでよろしいか?」
「はぁ? さっきからお前何を言っているんだ?」
「……言いたい事はそれだけか?」
「あん?」
「言い残すことはそれだけか? もっとも……承認された時点で、言い残す者など存在させないが……」
 仮面の男の気迫に、カリウスは一瞬たじろいでしまう。だがすぐにカリウスはそれを払拭すると、すぐに臨戦態勢に入った。この一瞬でカリウスの油断も消え去った。
 この優男が真に強敵である事を見抜いたのだ。
 この緊張を破ったのは、守護システムの丸っこい声だった。
『承認申請を受理しました。マスター鈴鳴を認定。武装を転送します』
「んだ? 総機鋼甲冑でも転送するのか? 武装を転送? そのお人形には総機鋼甲冑の機能も無いのか?」
「そんなモノ……必要ないからに決まっているでしょう?」
 仮面の男に武装が転送された。
 ――純白の陣羽織。
 それはベルソードの礼装だった。そしてカリウスの脳裏にある光景が過ぎる。
――そういえば、新賀の席でベルソードの当主が今の彼のような格好をしていなかったか? と――





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最終更新日  2009年08月23日 20時50分35秒
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