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2009年08月22日
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 第4章 始まり

     1 後


 所詮、人とはエゴの塊であり、その塊の集合体である国家とは、難しい言葉とシステムで武装しているだけで、中身はどうしようもない幼稚な原理で動いているのかもしれない。保持はそんな風に感じた。
(でも、それはちょっと悲しいな……)
 例えそれが理想論であっても、国という組織にもっと高尚な何かを求めずにはいられないのだ。
「で、話を戻すと、アルバールはその計画の重要な部位を埋めるモノを発明した、というわけなのね」
「一度はエインで成功しているとはいえ、研究機関の発足から約七十年近くもかかっての事ですから、そりゃもう色々あったみたいですよ」
「あら、七十年というと、戦争が始まった辺り?」
「ですね。その辺の関係はよく調べてはいないのですが、なんらかの因果関係ぐらいはあるでしょう。まぁ、今となってはその理由はあまり重要ではないというのが、ウチの上司の見解ですが――具体的に何を開発、発明、発見したのか、そこまでは……ただ、軍内部でもかなりの機密らしく、関知しているのは極一部の幹部と当事者ぐらいでしょうね。計画の中心人物は第一王族のオサリベーント卿ですので、かなり厳重な戒厳令が敷かれています」

「……他に計画の内容を知っているとすれば、エインソーフですね……」
 九十九の言葉に全員が無言になった。真意は分からないが、保持は何か嫌な予感を覚えていた。孫悟空の逸話のように、所詮エインソーフの手のひらの上で踊っているだけなのではないかという……そんな不安だ。
「つまり、この状況すら、エインは予見している……でも、確かにそうでしょうね……可能性は高いわね。でも、そうでなくては、エインである意味は無い……か」
「しかし、ならば、何故エインソーフはそのことを告げてくれないのでしょう?」
 沙理菜の疑問は保持も感じていた。アルバールがエインソーフを脅かそうというのなら、防御行為に出るものではないのか?
「その答えはあなたも分かっているだろうし、さっき九十九君も言っていたでしょ? それに……」
「それに?」
「私達が彼等を打破し逃亡するにしろ、死ぬにしろ、それもエインの意思なのかもしれないわね……」
「でも、まだ活路はあります。何で敵――って僕が言うのも不思議な感じですが――アルバールはなんで撃ってこないんでしょう? こちらの位置が分かっているのなら、待ち伏せするより奇襲を仕掛けた方がいいと思いませんか? しかる後に足を止めれば、こんな大規模な捕り物が展開されるはずがない」
「つまり、ツクモンのいうようなモノをアルバールが使用していたという前提で考えれば、敵の予報はこちらの位置を割り出しているというより、通過するであろうだいたいの場所の特定に特化した設定になっている、と?」
「えぇ、全てを予見できるはずはありません。エインソーフですら現状の理論上では無理なのですから。ですから、何か一つ、それに集中していると考えた方がいいですね」

「少し時間がかかる分、少し先の事がわかる探索機と考えた方がよさそうですね」
 沙理菜の捕捉で、どうにか保持にも理解できた。それが保持の為だったのかどうかはわからないが、九十九と沙理菜のフォローがなければ、保持にはちんぷんかんぷんであった事は間違いない。
「具体的にどうなのかは、僕も分かりません。とにかくこちらの出方までは予報していないのではないかと思うのです。ですので――」
「司令、改めて考えると、彼の言論には誘導的疑惑を感じます。彼の言葉の全てを信用していいものかどうか疑問に感じます」
「サリーの言ももっともだけど、それはサリーの偏見じゃないかな? 私は彼が嘘をついていないと思うのよね」

そしてこちらから見えると言う事は、ネリュートからも見えると言う事で、ネリュートは保持に見えること前提で故意に足を組んだ事は間違いない。
なんとなく後ろめたく感じ、保持は沙理菜を盗み見ると、その事には気付いていないようで、少し落胆したように表情を曇らせていた。
「……司令がそうおっしゃるのでしたら……最終決定権は司令にあるのですから!」
「棘があるわね……まぁいいわ」
 ネリュートは席を立つと、艦橋の全員に向けて号を発した。
「艦停止! この位置で待機!」
「艦停止! この位置で待機!」
『了解! 艦停止! この位置で待機!』
 ネリュート、ナーシャ、各専任と復唱が繰り返される。
「敵がどのような策を練ろうとも、せっかく穴熊ビリーが巣穴を出たのよ! 総員全力で奴の息の根を止めるのよ!」
 敵がこちらの通路を予見しているのなら、動かなければこれ以上予見する事は不可能――ではないかもしれないが、時間稼ぎにはなる可能性が高い。
「なるほど。アルバールの動向を試す、というわけですね。アルバールがどう動くかによって、どこまで見通されているのかが分かる、と。なるほどなるほど。フムフム」
「そういうこと。ツクモンを信用していないわけじゃないんだけど、物的な証拠が欲しいの」
「わかりますよ。私自身も具体的にどういったものなのか、見てみたいですから。ノストラダムスの完成度によっては……」
「聖典(バイブル)ね……」
「――ッ! 突撃艦ですッ! 艦後方、七時、突撃艦ッ!」
「クッ! 振り払いなさいッ! いきなり出てくるなんて、こちらの手すらも予言していたと言うことなのッ?」
「間に合いませんッ!」
 振動が艦を揺らす。衝撃を制御している為なのだろう。保持はエレベーターに乗っているような不快感を覚えた。
 そしてメビルスの乗組員の対処も空しく、事態は刻一刻と悪化していく。
「進入されました! イ8番区域ですッ!」
「総員白兵戦用意! 戦闘員は非戦闘員は食堂に!」
「早……敵にイ8番区域を占拠されました! 続いてイ9番区域! 止まりません!」
「――ッ! 撤退! 戦線を引き戻して! ロ5番まで誘いこんでたたくのよ!」
「間に合いません! ロ1……2……3……5番まで占拠されました!」
「非戦闘員を食堂に急いで! みんなは非戦闘員の避難の援護を優先! ナーシャ、後を頼むわよ」
「し、司令――司令は」
 何食わぬ顔で通路へと向かうネリュートに、最高指揮官がこの状況でどこに行こうというのだろうか? と、ナーシャが問答する。
「オイタが過ぎる彼らに、ちょ~っとお灸を据えにね」
「お一人では危険です! せめて一個小隊でも護衛に――」
「ん~、悪いけど遠慮しておくわ。かわりにツクモンお願いね。お駄賃あげるから」
「ならば、喜んでお供いたしましょう」
 当然という感じで九十九がネリュートに続く。ナーシャがそれでも必死に止めようとするが、イリーアたちに指示を請われ、渋々ながらネリュートを見送った。
「司令ッ! 無茶だけはしないでくださいね! 司令のお体にもし何かあったら……」
「はいはい。分かっているわよ。ちょっと撹乱してくるだけだから、心配しないで。すぐ戻るわ。もし傷物になったら、保持君……責任……」
「――とりませんッ!」
「ん、もう、なんでサリーが返事するのよぉ! ま、いっか。んじゃ、いってくるわ~ん」
 ヒラヒラと手を振りながら歩き行くネリュートの背中に、保持は奇妙な既視感を覚えた。
「…しかし……そう……そういう……失念……わ」
「……先入観……怖……です……」
 なにやら小声でしゃべりながら遠ざかっていく二人の背中を見送り、保持はただ呆然としていた。もしかしたら二人を見送っていはいけなかったのではないか? 止めた方が良かったのではないか? 言いようのない不安が保持の頭の中を駆け巡る。
「さ、棚加君、食堂に行きましょう」
「僕に、僕に何か出来ること無いかな?」
「……強いて言うなら食堂に避難する事ね。ここにいたらみんなの邪魔になるわ」
 それは遠まわしな拒絶だった。この緊急事態に保持に出来る事などないのだ。そして保持は彼らに怯え安全な所で震えているしかないのだ。
 保持は心から悔しいと思った。
(力が欲しい――)
 それはささやかな欲望だった。
その小さな流れが、後の世に大きな意味を持つ事になるのだが、今はその時ではない。
しかし大河に続く流れは確実に始まっていたのだ。
「行きましょう。敵の侵攻速度は尋常じゃないわ。早くしないと身動きが取れなくなるわ」
 沙理菜に背中を叩かれ走り出した保持だった。しかし沙理菜の言葉はすぐに予言となった。
 食堂への道の途中で敵と遭遇したのだ。





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最終更新日  2009年08月23日 20時51分14秒
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