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2009年08月22日
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     4

 沙理菜が立ち止まった。しかしそこが終点でない事は明らかだった。
「棚加保持だな?」
 気付いた時はすでに黒服の集団に囲まれていた。彼らが沙理菜の関係者でない事は彼女の表情でも、保持の名前を出してきた事からでも分かる。何より殺気に似た気配を漂わせている。
「そう、ですけど……」
「あ、もう……馬鹿……」
 うっかり返事をしてしまい、沙理菜の失望を買ってしまった。
「ご同行願おうか。そこのお嬢さんも」
(つまりは有無を言わずに来い、という事か……。参ったな……州上さんは人質か……僕が逆らえば州上さんに危害を加える――そういうことか)

考えるまでもない。こういう場面で突きつけられるものは、決まっている。
「ぶ、武器を持ち込んだら駄目なんじゃ……」
「そうだな。貴様が逆らえば、困った事になるな。だが貴様さえ逆らわなければ、なんの問題も起きない」
「そ、そんな……」
「無駄よ。連中は武器を持ち込んだ事など、まるで悪びていないわ。そればかりか、その責任を棚加君に押し付けようっていうのよ。でもこいつらがなんと言おうと、悪いのはこの姑息な連中。棚加君に……」
「黙れ! 女!」
 男が沙理菜の頬を払った。身動きが出来ず睨み返す沙理菜の顎をつかむと、下種な笑みを漏らした。
「よく見ればイイ女じゃないか」
「おい、淫魔を抱く気か? 尻の毛まで抜かれるぞ」
 沙理菜の表情がますます険しくなっていく。
「わ、分かりました。行きます。行きますから」


     ◆

「解放同盟軍アルバール共和国第十五艦隊所属戦艦ウッズを預かるケネス・ロッカード大佐ダ」
(重厚な机にふんぞりかえる、カエルはそう言った……かえるにカエル……あまり面白くないか……)
彼を形容するのにカエルという単語は非常に便利なのだが、彼がカエルそのものというわけではなく、カエルに酷似しているという意味でだ。
(もしかしたら、カエル型なのかもしれないけど……人、と言われれば人にも見えるんだよな……)

「た、棚加保持です」
 保持は簡潔に自己紹介を済ましたが、ケネスガエルは何の反応も示さなかった。
(……そうか、僕には興味ないんだな……)
 それでも保持には男として守り通さなければならない矜持がある。
「州上さんは無事ですか?」
「あぁ、丁重に歓迎させてもらっているヨ。丁重にネ」
(嘘だな……苛立つ……でも僕に何が出来る?)
 出来たとしても高が知れている。どうやら保持には個人的には何の関心はないようだが、保持の存在は必要としているらしい。
(ネリュートさんといい、何で僕なんかを……)
「まぁ、君の返答しだい、ということもあるだろいうナ」
 ケネス艦長は含み笑いなのか、素の笑いなのか分からない、こもった声で笑うと、机に設置されていた機械か何かの端末に触れた。
 保持と艦長の間にディスプレイが起動し、そこに見慣れた美少年が映し出された。
「つ、九十九っ!」
 沙理菜はついでだったのだ。彼らは最初から九十九を人質にとって保持と交渉……いや、保持に強要しようとしていたのだ。
 卑怯者! と睨み付けたケネス艦長の表情に勝ち誇った余裕が見られる。そして……
「う、うわあ~あー。た、たすけてえ~え」
 九十九の声を聞いた保持は思わずズッコケそうになった。九十九の台詞からは緊張感のかけらも感じられない。大根役者どころか、役者と呼ぶことすらおこがましい。学芸会の幼稚園児の方がまだましな演技をするだろう。
「あ~えっと、なになに、あ~保持~たすけて、くれ~え。お前が彼らにきょう……へたくそな字だな。協力? 協力って書いてあるの? コレ? あ? まじめにやれ? あ~はいはい」
 九十九はカンペと思われる紙をポケットにしまうと、今度は名優張りの迫力演技で、保持が彼らに協力してくれないと、九十九ばかりか地球にいる家族も危ない状況にあることを、涙ながらにオーバーリアクションで訴えた――が、そこに何の説得力もなかった。
 なぜ九十九がそのようなことをしたのか分からないが、沙理菜の事もある。彼らに従うしかない。
「わ、分かりました」
「あ~、ゴホン! まぁ、なんだ、君は頭が良くて助かるヨ」
(心にもないことを……)
 彼が額面通りの言葉の数パーセントもそんなことを思っていないことは明らかだ。
(ボクの事を家畜か何かのようにしか思っていないくせに……)
 しかし沙理菜の身の安全には変えられない。
 いや、それ以前に保持が従ったからといって、連中が沙理菜を開放するとも思えない。
(でもそうしないと、間違いなく州上さんは……だったら道は一つしかないじゃないか……九十九は……大丈夫そうだけど……)
「しかし、君は我々に保護されて幸せだヨ。あの淫婦人形どものもとにいたら、何をされていた分からないかネ」
(そういえばさっきの兵隊さんも、同じようなこと言っていたっけ……でも、何か嫌だな)
 親近感で言えば、やはりネリュート達の方にあるのだが、それは美人さんだとか、接してきた時間だけではない。友達を悪く言われれば、保持だって不機嫌になる。
「やれやれ、あんまり、保持に変な知識を与えないでくださいな」
 保持が軟禁状態にあった艦長室のドアが開き、聴き慣れた声がした。
「つ、九十九……」
「な、なんだ貴様ハ! なんでここにいル?」
「正しい知識をきちんと教えないと、子供はまっすぐ育ちませんよ? 艦長?」
 九十九は「話は後」とでも言うかのように、保持に手で合図を送ると、艦長に忠告じみた言葉を吐いた。
「いったい、何の権限があっテ……」
「いやいや、貴方の独断専行が、僕の作戦の妨害になっているんですよ。あなたの指示通り、人質役もこなしたんですから、もう従う必要はないでしょう?」
「どんな作戦か知らんが、曹長風情がわしに指図するナ!」
「先程は他の兵の手前お聞きしませんでしたが、メビルスがこの港に停泊しているのをどうやって知ったのですか?」
 一瞬ではあるが、ケネスの表情に反応があった。
「私の情報収集能力をなめて貰ってはこまル!」
「任務の性格上、不用意に情報が漏れないようにしていたのですが……まぁ、いいでしょう。しかし困りましたね……あまり事を荒立てるつもりはないのですが……艦長、悪の美学にならえば卑怯というのは非常に重要な要素です。が、やりすぎると、ただ醜いだけですよ。貴方の容姿以上に、ね」
「貴様ッ!」
 ケネス艦長は銃を抜き九十九に構えた。
「やれやれ……」
 九十九もため息とともに銃を抜くと艦長に対峙した。そして保持はといえば、何も出来ず二人の間であたふたするだけだった。
「ふン! 無駄な事ヲ! 我が艦の内部では艦長特権があることを忘れているようだナ。おっと、曹長ごときではそのようなことも知らんカ」
「知っていますよ。特権行使圏内、つまりこの艦内では、上官への武力的反抗行為が規制され、また上官からの武力行為においては、守護システムも作動しないのですよね。とりわけあなたは部下の造反を恐れ、それを最大レベルで設定していることも知っていますよ」
「ならば虚勢か。若いというのは、無謀だな。そして命を無駄にしがちだ」
「まぁ、論より証拠です。撃ってみればいいじゃないですか。大佐殿。あぁ、分かりました。ではアナタが撃ちやすくして差し上げましょう」
 九十九はそう言い置いて、息を吸い上げるとケネスに向かって思い切り馬鹿にしたような口調で言い放った。
「やぁ~~い! お前のかぁちゃんカエル女~! デブ! ハゲ! 大佐殿、今日の夕食はハエですかぁ~?」
「×*¥&#%“д!」
 ケネスは声にならない奇声を上げながら、銃を連射し赤いレーザー光が九十九に伸びる。
「九十九―ッ!」
 しかしそれらの光は九十九の手前で四散した。
九十九の正面に出現したメイド服の美少女が、手に持った刀でレーザーをさえぎったのだ。
おそらくそれが守護システムというモノなので、そのもの自体は保持も渡された自動防御機構、アイちゃんと同じなのだろう。
「ば、馬鹿ナ……ヴァルキリーだト……? い、いヤ、こんな型は……軍でも……まさか、ワルキューレ? ワルキューレは……」
「分かっていただけましたか? と、いいますか、最高レベルの権限内でもこの結果になるということの意味を、申し訳ありませんが察していただけませんかね?」
「……わ、わかっ……い、いえ、了解しましタッ!」
「ついでに言うと、最高機密を見ちゃったからには……分かり、ますよね? 今度僕の邪魔をしたら、容赦なく潰しますから。そのおつもりで」
 がっくり膝を突き、蒼白な顔色で項垂れるケネスと優雅に微笑む九十九、その両者を見比べながら、保持はなんと声をかけていいものか悩んでいた。そして導き出した言葉が……
「あ、えっと、久しぶり……」





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最終更新日  2009年08月23日 20時54分27秒
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