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2009年08月22日
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 第一章 人身売買

     1

「ばかだなぁ、だからやめておけと言ったんだ。あぁいう女はお高くとまっているものさ」
 親友の鐘剣九十九にバッサリ切り捨てられ、保持は自分が玉砕した事を痛感した。
 しかも何も言う前にふられたのだ。あの列が沙理菜への告白を待つ列であった事や、その他諸々の状況を考えれば、保持が告白するまでも無くきもちは伝わっているわけなのだが、決死の覚悟で特攻したのに敵艦に至らぬまま海に落ちて犬死……という状況は酷すぎる。更には自転車のサドルまで盗まれていては泣きっ面に蜂である。
 保持は基本的に運が悪い。要領が悪いというよりも、行動結果が裏目に出る、という特性を持っている。
 例えば水溜りを避けようとしたら側溝に足を突っ込むとか、お店で傘を盗まれないように手に持っていると、兄かに引っ掛けて傘を破ってしまう。冷やかしで受けた私立名門校に奇跡的に受かってしまい、行きたかった公立の入試を父親に受けさせてもらえなかったなど、結果的に見れば「何もしない方がマシだったかも」ということが、大小取り混ぜ、毎日のように襲ってくるのだ。
 それでもさすがに年齢=経験年数ともなれば、そんな状況にも慣れてくるというものだ。
そんなワケで自転車立ち漕ぎオンリーのフルダンシングで帰路を急いだ保持の心理状態としては、比較的安全な寮に早く帰りたい――と言うよりも、さっさと学校から逃げ出したかったのだ。

 そこで待っていたのは、ボロである事が存在意義であるかのような五木荘には似つかない、似合ってしまってはいけない九十九だったというわけだ。
 どうやら九十九はかなりここで待っていたようだが、アポなし訪問なので待たせた保持に落ち度は無い。それでも申し訳ない気分にさせられてしまう。だからなのか九十九に「遅かったな」と言われた返答に、ついつい、しどろもどろになった挙句に沙理菜に告白してきた事を正直に自白してしまったのだ。
「おまえには、もっといい子がいるさ。うちの妹とかどうだ?」
「確か山の手のお嬢様学校の中等部にいるという噂の? というか、僕、九十九の妹さんのこと全然知らないし……」
 何の取り柄も無い保持の親友であることが、学校の七不思議に取り上げられるほどに九十九は保持とは真逆の存在感を持つ。その代表的なものとして顔がいい。だから妹さんの顔もいいことは間違いなく断言出来るだろう。
兄妹とはいえ顔のつくりは微妙に違うとしても、同じ両親から産まれたのならば基本構造は同じだろう。中性的な美少年タイプである九十九の女の子版となれば、かなり期待できる。
「ただなぁ……紹介しようにも、妹は実家だしなぁ……」
「あぁ、遠いんだっけ?」
「ん――まぁ、かなりな」
「そういえば、九十九は春休みに実家に帰らないの?」
「だから言ったろ? かなり遠い、ってさ。下手すれば往復で休みがつぶれちまう」

「まぁな。それより保持は帰るのか?」
「一応ね」
「なんか歯切れが悪いな? 何かあったのか?」
「ほら、僕って五木荘だし……」
「この学校ってそれがおかしいんだよ! 全寮制をうたっているのに、成績下位の生徒は一般寮を退寮だなんてさ!」

「何で保持はそうも寛容かな? 五木荘の主とか言われて悔しくないのか? ここにいる限り、下級生にだって見くびられるんだぞ? だいたい、お前が最下位なのは……」
「……自業自得、だよ」
「……悪い……俺にそれを言う資格なんてなかったな」
「気にするなよ。友達だろ?」
「ありがとう。やっぱお前っていい奴だな」
「いや、あの、照れるから……やめて」
 褒められ慣れていない保持には、九十九の賛辞は非常にくすぐったいものだった。
「それよりも、何か用事があったんじゃないの?」
「あぁ、そうだった。えっと、あのな、もし何かあったら、俺を頼ってくれてもいいんだぞ。立場とか別にして、全力で保持の助けになるから」
「う、うん。ありがとう。でもそんなことを言うためにわざわざ?」
「いや、まぁ、目的は別にあったんだが、それはもういいんだ……。それよりも、いいか? どんな些細な事でもいいんだ。何かあったらオレに言えよ?」
「うん。分かったよ」
「マジにだ――ぞ、と、悪い。電話だ」
(しかし……九十九が氷室舞衣――アイドル曲の着メロ……意外だ……)
 電話に出た九十九は、何かあったのか、保持に背を向け、電話の先の相手と小声で話しこんでいる。邪魔するのも悪いので、保持はさっさと部屋に戻ると、帰郷の為の準備を始めた。
(電話が終わったら、勝手に入ってくるだろう)
 勝手も何も保持の部屋のドアは鍵などかからない。これで泥棒に入られないのが不思議だが、あからさまに貧乏そうな風貌の建物に、明らかに貧乏そうな学生が住んでいるのである。空き巣に入っても無駄と思われているに違いないし、空き巣に入ってもリスクのほうが大きいだろう。ハイリスクノーリターンというわけだ。
 五分ほどしてドアが開き、九十九が顔を覗かせた。
「わりぃ。急用が出来ちまったから、ちょいと行くわ。くれぐれもさっきの事、覚えておいてくれよ?」
「うん、分かったよ。しつこいなぁ」
「保持、どんな事でもいいんだ。むしろ俺からのお願いだ。頼むぞ?」
 そう言い残し去ろうとした九十九だったがドアを閉める直前に足を止めた。
「――何かを確実に成し遂げる秘訣は何だと思う?」
「え? あー……さぁ? 分かんない」
「それが成し遂げられるまで、絶対に諦めない事さ。以外に難しいことではあるけどな……」
 九十九は少し寂しそうな表情をしたが、直ぐに笑顔に戻ると、保持に念を押した。
「じゃぁな。また今晩にでも、お前の家にでも連絡するわ。その頃にはついているだろ?」
「あ、うん、そうだね。じゃ、またね。新学期に会おうね」
 九十九を玄関先で見送った保持は彼の格言から、九十九らしさを感じていた。
(諦めないことか……)
 もしかして、それは九十九なりのゴーサインだったのだろうか?





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最終更新日  2009年08月23日 20時56分13秒
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