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ユニフォームがホーム・ビジターともに来季から変わる。問題はどんなデザインになるかだが、ほぼ内容が明らかになってきた。すでに先月に全選手の採寸を終え、発注済み。来春キャンプ中に発表会が行われる予定。ホーム用のタテジマは今年まで白地に黒のラインを縫いこんだ刺繍タイプ。実は、選手には「ビジター用に比べて重たい」と不評だったそうだ。そこで、07年型は白地に黒線を鮮明にプリントした一体型になる。デザイン的には白黒モノトーンにアクセントとしてイエローを追加。首回りや袖などに黄色をあしらい、胸の「Tigers」のロゴの周囲に黄色の縁取りが入り、帽子のつばも黄色になり、ヘルメットも黄色が入ったツートーンになるらしい。イメージとしては70年代のユニに近いものかな?◎タイガース検定応援メールマガジン Vol.2【第1回】“阪神タイガース”の変遷1935年12月10日、前年末の大日本東京野球倶楽部(東京ジャイアンツ/現読売ジャイアンツ)設立を受け、阪神電気鉄道が職業野球団を設立することになる。これが「株式会社大阪野球倶楽部」、そう、今の「阪神タイガース」のスタートである。1934年にベーブ・ルース、ルー・ゲーリックなど錚々たるメンバーが来日、一大ブームを巻き起こした大リーグ・オールスター。その時の対戦相手として結成された全日本チームが、「大日本東京野球倶楽部」として職業野球団の創立を宣言する。その恰好の対戦相手として、大阪近郊に甲子園球場という日本最大の球場を持っていた阪神電気鉄道が球団を設立することになったのである。 資本金は20万円初代主要役員は松方正雄(取締役会長/JOBK役員)富樫興一(専務取締役/阪神事業課係長)田中義一(常務取締役/関大野球倶楽部理事長)など。日本運動協会・天勝野球団・大日本東京野球倶楽部に続く、日本で4番目のプロ野球チームであった。 また、阪神電気鉄道は球団創設の計画を内密にしていたこともあり、あえて「阪神」の名は表に出さず、「大阪野球倶楽部」という名での球団を立上げ、ニックネームも阪神電鉄社員全体から募集している。折しもデトロイト・タイガースがワールドチャンピオンになった翌年であったことから、設立1ヵ月後の1936年1月10日、「大阪野球倶楽部」の愛称は、社員からの票が最も多かった「タイガース」に決定した。なお、大阪タイガースの記念すべき契約第1号選手として入団したのは、門前眞佐人捕手(背番号17/元広島カープ監督)強肩捕手として活躍し、通算280本もの長打を放っている。また「地震・雷・火事・門前」と怖がられるほどの熱血漢としても有名な選手であった。1940年には、戦争のため敵性語が使えなくなり、「タイガース」の愛称が消えてしまった阪神(大阪野球倶楽部)であったが、戦後は「大阪タイガース」として復活し、1961年4月1日に、現在名である「阪神タイガース」に社名を変更した。実に、球団設立から四半世紀が経過した時である。
2006年11月03日
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05年高校生ドラフト・4巡目指名の前田大和内野手が、来季の登録名を「大和」に変更することになった。ローマ字表記は「YAMATO」だろう。大和=波動砲だけど、トラの大和はショック・カノンかな?それより、大和=ワープってことで、その類稀なる守備能力に期待したい。2007年、ヤマト発進! となりますように!★藤川球児投手が、倉敷秋季キャンプに参加するため、岡山市内の宿舎に入った。右肩などのメディカルチェックを受けるため、10月25日に福岡県内の病院に入院していたが、この日に移動。今季はフル稼働してチームを支えたが、シーズン終盤は右肩の慢性疲労に悩まされていた。今秋キャンプでも右肩の治療に専念。回復を図りながら、来季に向けて準備を進める。
2006年11月02日
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シツテム・ダウン、転出超過、公取委調査・・・ソフトバンクさん、ごくろうさん。★金沢投手が3日にもキャッチボールを開始する。フェニックスリーグ中に右肩の違和感を訴え倉敷での秋季キャンプを回避し、今日も鳴尾浜でランニング、ノックなどのメニューを消化した。★右手首痛のため鳴尾浜で調整している赤松は、早ければ8日にも秋季キャンプに再合流する。■秋季キャンプ情報■4日目杉山投手はフリー打撃での投球でも実戦スタイルにこだわった。狩野、大橋という若手打者に対して遠慮なく内角への厳しい球を投げ込んだ。先発ローテーションを期待されながら今季4勝に止まったが、優勝争いを繰り広げた8月以降を4連勝で終えた好感触を、秋季キャンプで深めていく。林は秋季キャンプで守備力を徹底強化する。第1クールは初日の10月29日に、シートノックで中堅の守備をこなした。連日のように一塁の特守も受けるなど、体を鍛え抜いている。もともと打撃には非凡な力がある。出場機会を少しでも増やすためにも、総合的にレベルアップを図る。希望枠ルーキーの岩田稔投手と2年ぶりの復活を目指す三東投手がそろって1日のフリー打撃に登板。山本昌ばりのセットポジションで約60球を打者に投じた。メジャー移籍に前進したエース井川投手の後継者レースは、キャンプ組では筒井投手と中村泰投手が一歩抜け出している状況。後を追う2人は、ライバル球団のベテラン左腕のエキスを吸収する。桜井広大外野手が、岡田監督ら首脳陣から打撃フォームに緊急メスを入れられた。ここ数年は伸び悩み、5年間で1軍昇格はない。下半身を生かした力強い打法に改良させる方針で、この日は約300スイングを超える猛練習を課した。右の代打が手薄なだけに、来季の戦力として期待する意味でも、急成長を促す。
2006年11月01日
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