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大晦日です。でも今年は注連縄とか鏡餅とかそういうご用意は何もせずただ大掃除的な何かをしただけでした。いつもなら名古屋の実家で迎える年末年始は今年から金沢の自分ちで過ごすことになります。一年前、何の予兆もなかったのに。もっと言えばバレンタインの時だってホワイトデーのお返しありがとうの電話の時だって全く普段どおりで元気なおやっさんで。まあ、しょうがなんだけどね。今更どうもしようがない。それでも思い出してしまうのは去年こっぷとウキ抜きでの帰省。早々に休んだだんなさまを置き去りにいいだけ飲んでから一旦眠ったおやっさんが夜半起きてきて紅白見てる私に「おう、蕎麦食うか」って言うから「うん」って返事しててっきりおやっさんも一緒に食べるのかと思ったら私の分だけ作って、そんでまた寝てしまった。海老天を買ってきてくれていて。かまぼこ切ってくれて。おやっさんにとって、私はもう50なのに、まだ世話しないといけない娘で。それが無性に嬉しかった。そんなちょうど一年前の今日。悲しいことなんて何も起こらないと思っていた大晦日。この先、楽しいことも嬉しいこともいっぱいあるだろう。でもやはり悲しいお別れは必ずやってくるのだ。だから忘れないで生きていこう。今ここにいるひと。一緒に今いるひと。大切なひとびと。ありがとう。一年一緒にいてくれて、ありがとう。そしてまた新しい一年も一緒にいてくれますように。一分でも一秒でも一緒にいられますように。皆様、どうぞ良いお年を。
2021/12/31
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転寝から目を覚ましたら枕元にプレゼント!!気付けばブランケットまで掛けてくれていた。ウキ、ありがとう。一緒に過ごす最後のクリスマス。まさか娘がサンタさんになってくれるとは!
2021/12/25
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今年、25年ぶりに喪中ハガキを出して思ったことがある。 これで来年から音信不通になるな。 しかしながら絆が強くて続けざるを得ない相手というのもまぁまぁいらっしゃいましてね。 その一人が中学時代からの友人、Hちゃんなわけである。 高校は別の学校だったが、時々帰り道にふっと寄って駄弁って帰る、みたいなことをしながら結局高校を出る頃には年賀状の付き合いだけになってしまった。 それから幾年月。 お互い結婚して子どもができて慌ただしい日々に押し流されていって、今年彼女から来たのもまた喪中ハガキであった。 御母堂を亡くされたとのこと。確か彼女のお父上も若くして亡くなっていたはず。 私たちは同じみなしごになってしまった。そう思ったら居ても立ってもいられず私は手紙を書いた。 だって年賀状には住所しか書いてないんだもん。 そう、振り返ってみればお互いの携帯電話の番号もメールアドレスも知らなかった。 そして昨日、返事が来た。 中学時代、毎日手渡ししてた(授業中にも回して送ってた)懐かしいHちゃんの文字に胸がぐっとなる。 毎年定型分のように「会いたいね」と書いていた文字は感情を伴って目に映る。 友達、だもんな。もうずっとずっと30年以上も。 これからも。
2021/12/14
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若い頃、それこそ母が生きてた頃なんかは自分のしたいことではなく周り(っつーか母)から見て受け入れてもらえる自分になるべく努力していたように思う。 髪は黒。 親からもらった体を自ら傷つけるようなピアスはしない。 化粧は最小限。 小ざっぱりした身なり。 それが崩れたのはやはり母が亡くなってからだった。 ロブへ一個ずつ開けたピアス。 でもまだそれ止まりで、長年培った地味生活は覆せんねと思って数十年。 そして50を超えた今、ロブにはもう一つ穴が開き髪のインナーは金髪と青緑に染めている(表面はさすがに医療職なんで大人しいけどねw)。 ライブハウスに頻繁に出入りするようになってバンTは当然、バンドプロデュースのアウターも増えて図らずも派手になった。 そう、人生の終点がもう見えてきてしまったのに、これ以上何を我慢しなければいけないのか。 ずっと憧れていた。 宝島で見かけるような楽しそうにライブハウスへ通う女子に。 ハイトーンの髪色でラバーソウルを履いて鋲の打たれたジャケットに短いスカートの。 自己分析の結果短いスカートは公私共々害悪なのでやめておくとして 髪の色や着たいもの身につけたいものを我慢することなんてないんだと。 ウキは中学生の頃から着たいものは着るし着たくないものは買ってもらっても絶対に着なかった。 高校生になって化粧に興味を示し始めて、100均で買ったそれをメイク動画で使いこなし始めて今では私よりも上手にメイクするようになった。 だから私もウキに色々と教えてもらいながら化粧に向かい始めたのだ。 コンシーラーからアイシャドウ、アイライナー、ティント。 休日に二人で出掛けてコスメショップであれこれ選ぶのがやたら楽しい。 自分の生きたいように生きること。 内面も大事なのは重々承知だが外見から変わる影響力の大きさもまた見過ごせないのだ。 今一番ワクワクしていることは 来年になったらヘリックスに開けること。 命が尽きるまで、色んなことに挑戦してやる。 人生80年ならまだ30年もあるからな。
2021/12/12
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ネコのおしっこ攻撃で目覚めた今朝はびびりながら掛け布団を洗濯機にぶっ込むところから始まった。だんなさまは遠出。ウキは友達と出かけると言って朝6時に家を出ていった。ネコどもと私一人の時間が滔々と流れる。ほんの3年前には想像もつかなかった事態だ。5年前には10年前には20年前には全くこんな生活、一筋だって考えもしなかった今が日常。こっぷは来年の春から東京で社会人になる。ウキは来年の春から私の故郷で大学生だ。そうだな……。17年前の今頃はどんな日だったかというと。2004年12月12日の日記がありましたよ。さすが楽天ブログ。(興味がおありでしたら探してみてちょ)ウキ1歳と半年、盛大にリバースという記事でしたwこっぷは5歳。ネコはいない。意思疎通が図れるようなできないような、そんな二人とのにぎやかな毎日のヒトコマだ。ワシも34歳だ。わっかーい!!当時は未来なんて考えもしなかった。毎日騒がしく、手のかかる子どもたちと一緒にいて息を切らして。過ぎたから楽しかった、輝いていたと言える部分も多々あろう。でもやはり、過去はかけがえのない時間であり大切な記憶なのだ。赤ちゃんとの日々、幼児との日々。ここからまた小学生の子どもたち、中学生、高校生とランクアップしていってそれぞれあらゆる思うところがあったわけだが過ぎてしまえば何もかもが思い出。この先は、となんとなく考えてみる。が。悲しい出来事がオンパレードで来そうで、やっぱり考えるのはやめておこう。父の死がまだ色鮮やか過ぎて続くことを考えるのは辛いからな。膝で丸くなって寝ているコネコの背中をなでながらもう少し、今しか見ないで生きていこう。掛け布団は乾いてほしいけど。
2021/12/11
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先日、ウキ宛に届いた速達郵便。亡き父と母とじいちゃんばあちゃんの写真の前に置かれたそれには「合格通知」の文字。そう、おかげさまで推薦入試で大学に合格しました。今年の春、まだ元気だった父が姉にこそりと「おい……ウキはどうした。なにか聞いとるか?」と心配そうに言い、姉が「何言っとるのー!来年だって。今年はまだ高3だに」という会話を交わしたというほど案じていたウキの進学先。今年の正月は新型コロナの影響でウキは留守番だったのだが高2の頃からウキは「名古屋の大学に行くからね!」と父に宣言していたので父の中では気が逸ってしまったのだろう。加えてそこまで楽しみにしてくれていたということもある。石川での愛知県の大学の知名度というのはかなり低く、名古屋大学くらいしか皆さんご存知ない。だから希望大学の話をするとウキの周りからはわりと否定的な雰囲気だったらしいが名古屋勢にとっては「全っっ然最高」な学校である。父が生きていたら。詮無いことだがどうしても思ってしまう。ウキもまた報告しながら泣けてしまったと言っていた。4年前の今頃、こっぷのいない暮らしが想像つかなかったように今またウキのいない暮らしが予想できない。しかし4月を待たずまた彼女もいなくなってしまうのだろう。その船出がまた幸福なものでありますように。見守ってくれてる存在がたくさんいるから、大丈夫。
2021/12/05
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その犬を飼い始めたのは小学5年の頃だった。…と思っていたのだが先日実家の遺品整理で発見した犬の血統書を見て違ったわーと気付いた。そこに書かれていた彼の誕生日は昭和55年1月6日。生後一年未満で譲渡に出されると考えれば私が小学4年の頃だ。あの頃はあまり可愛がっていなかった気がする。散歩がとにかく苦痛であった。早朝6時と夕方5時の散歩は誰も代わりになってくれず、私が訥々とこなさねばならなかった。足枷、と思ったこともある。けれどその分、彼は私の心の拠り所であり生きる相棒でもあったのだ。晩年の彼は夜になると鳴き続けて、外へ連れ出さないといけなかった。寒い夜に辛さもあったが、嫌ではなかった。犬との深夜の外出は少し楽しかった。でも、いつまで続くんだろうなぁ。それに終止符が打たれたのはある日突然のことだった。忘れたことはない。12月4日。もう、飼っていた期間よりも失ってしまった日々の方が倍以上長くなってしまった。実は私は死にたいと思ったことがない。嫌なこと、辛いことがあってもそこに至ることは考えたことがない。それは彼との約束なのだ。亡くなる前日、12年の中で初めて彼が私を噛んだ。指先に血豆ができる程度の咬傷だったそれが「自分の向かう先に絶対に追って来るな」という意味に思えたからだ。その代わり、いつかその日が来たら迎えにきてくれると信じている。だから生きられる。何もかも嫌になって苦しくなっても。それまでは毎年こうしてこの日には泣くと思うけど。
2021/12/04
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