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出産レポ最後の記事です
ボウがNICUに連れていかれ、その後分娩室で私は会陰部の縫合をしてもらいました。
麻酔はするものの、中の方までは効かないので
出産よりも縫合の方が痛い!!と周りからよく聞いていたので覚悟をしていましたが
分娩時の痛みが壮絶すぎて全然我慢できました。
ボウの事が心配で、痛いとか言葉にならず、ただただ静かに天井を見上げていました。
無理やりボウを出したので、かなり中が裂けているとのことでたくさん縫っていたそうです。
どうりで・・・産後に助産師さんがビックリするくらいの腫れで、歩くのも寝返りも打てなかったはずだ・・・。
その後、NICUで検査をして問題がなければ部屋にボウを連れてくるとのことだったので私とチョチョ、母は検査結果を待ちました。
既に21時過ぎ。
待っている間、心配してくれていた姉や弟から母に出産の進み具合はどうかの電話がありましたが、母は気丈にも 「無事に生まれたよ、二人とも元気だよ。」
あとから母は私にこう言いました。
「赤ちゃんがNICUに入ったことと、呼吸が不安定だったこと、今検査中ということを姉や弟にはまだ話したくない、嫌なことを考えたくないし、信じて待ってる状態だから・・・きっと大丈夫だから、それから話すよ。」
胸がジーンとしました。
23時には検査の返事がもらえるとのことでしたが、途中、遅れていて1時近くになりますと言われました。
長くなればなるほど不安は募っていきました。
そして0時50分、赤ちゃんの両親だけNICUに来てくださいとの連絡が入りました。
私は、極度の貧血で倒れかけたので車いすでNICUまで行きました。
案内された保育器をみると、すでに目を開けてバタバタと手足を動かしているボウが居ました。
よかった・・・
それしか言葉になりませんでした。
医師からの説明では
・分娩によるストレスがかかり、一時的に呼吸ができない状態になりましたが酸素投与で今は落ち着いてきました。ただ、酸素をしながらなので、これからも注意してみていく必要があります。
・呼吸が不安定になっている原因は何かを探るため胸部レントゲンを撮りましたが、どうやら肺のふくらみが悪かったようです。
なぜ肺のふくらみが悪かったか、感染症や肺炎、先天性のものなどの可能性も考え、採血をしました。週明けに結果が出ます。
・感染症があった場合、結果が出てから抗生剤などの投与を行うと既に治療が間に合わず、重篤になる可能性もあるので、今の時点でもう抗生剤治療を開始します。
結果が出て問題がなければ、すぐに中止します。
・肺のふくらみが悪いことと、ろっ骨の下あたりがペコペコと凹んでいて、気になるのが肺の障害(後遺症)か、腸に問題があるかもしれないということ。
しばらくは消化もうまくできないかもしれないので、点滴で栄養を送ります。問題なければ少しずつ、お鼻からミルクを足していきます。
とのことでした。
ボウには、点滴と酸素飽和度を測る機械、心電図、鼻の管がついていました。
バタバタと動くボウをみて、わたしとチョチョはしばらく言葉が出てきませんでしたが
きっとボウなら大丈夫だよね、と願い医師に託しました。
病室に戻り母に話すとすこし安心はしていましたが、やはりとても心配そうでした。
ボウの姿を見ていないのでひとりで待っている間はとても不安だったと思います。
その日の夜は、痛みでなかなか寝れませんでした。
安心したような、まだ不安なような・・・産まれてきてくれたことに感謝しつつごめんね、と思っていたり。
次の日からは、チョチョと面会に行き徐々に状態も安定していることを知り保育器の中で少しだけ手を触ったり話しかけたり。
とても楽しい時間でした。
周りには、とても小さな子がママのおっぱいをもらっていて抱かれていて
その姿をみると、早く私もボウを抱いておっぱいあげたいなあと思っていました。
お母さんはできるだけ、搾乳をしてNICUに届けてくださいと言われたので
がんばって絞ってみるものの、ほとんど出ません。
一滴・一滴と出る母乳を小さな注射器にうけ
それを届けることがママの最初の仕事でした。
何十分もかかってしぼりだした初乳。

わずか 0.6ml
(初乳は栄養たっぷりで、黄色くドロドロいているみたいです。)
肩も首もこりまくりました(笑)
入院中、だんだんと酸素がはずれたり鼻の管がはずれて一回に5ccのミルクを飲み始めたりすこしずつ変化がありました。
嬉しかったなー。
生後4日目に黄疸が出て光線療法もしましたが、それ以外はすべての検査の結果、何も問題なかったと説明があり、黄疸が落ち着いたら早ければママと一緒に15日に退院できますよ、といわれました。
説明があった翌日の14日、面会に行こうと準備していると突然助産師さんが
「モコさん、いまから赤ちゃんここに来ますよ。授乳面会といって、お部屋でおっぱいをあげれるんです。面会時間いっぱいつかって、お子様との時間を過ごしてください。面会時間が終わるころにまたNICUに連れて行きますね。」
とボウを連れてきてくれました。
突然の展開にチョチョとびっくりしつつ、2時間ちょっとの短い時間でしたが
おっぱいをあげたりオムツを変えたり抱っこしたり写真を撮ったり。
笑った笑った、しゃべった!とか二人ではしゃいでいました。
初めてのおっぱいは、わずか32cc(体重で管理)。
それでもうれしくて、一生懸命飲んでくれるボウを抱いた手のぬくもりが忘れられませんでした。
その日の夜、ボウをやっと自分の手で抱っこして
この子は生きているんだ、と実感して昼間に撮った写真をみながら
「苦しかったけどがんばって産まれてきてくれてありがとう。ママに会いに来てくれてありがとう」
と思ったら涙が止まらなくて、夜中何時間もボウに会えた嬉しさでいっぱいでずっと泣いていました。
その日が産後初めてたくさん涙を流し
我が子に会えた実感がわいた日でした。
それまでは、すごくすごく気が張っていたから・・・。
黄疸の結果は15日(私の退院日)の朝採血して問題なければボウも退院という流れだったので
15日はどうなるか朝方からソワソワでした。
そして、私の退院手続きが済み9時半過ぎに助産師さんがきて
「お子様、退院できますよ!」 とボウを連れてきてくれました。
それからはバタバタで、沐浴指導を受けたり手続きをしたり・・・家に帰ったのは昼の2時でした。
お義母さん、お義兄さん、お義姉さんが既に私の家で待っていてくれ
みんなで食事をしてボウを抱っこしたり写真を撮ったりしてあっというまに夜になっていました。
いろいろあったお産でしたが、妊娠して無事に出産することは、あたりまえではないということ
ボウに会えたのは本当にいろいろな奇跡が重なっての事だと思っています。
あの日のことは、これからもずっとずっと忘れないでしょう。
いつかボウにもあの時のパパとママの気持ち、おばあちゃんの気持ち
話してあげたいです。
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