土曜日の書斎 別室

土曜日の書斎 別室

January 20, 2026
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 琵琶湖畔に広がる冬の湿地帯は、薄氷と雪に覆われ、鉛色の空の下、凍てつく風が吹き荒れていた。
 かつて「旭将軍」と称えられ、京の都を席巻した 木曽義仲 の軍勢は、もはや存在しなかった。
源範頼・義経 率いる鎌倉の大軍に追われ、数万を誇った兵力は、京を落ちる頃には数百に、そして今、この粟津の地に辿り着いた時、義仲の傍らに残る者は、わずか数騎となっていた。
 その中には、最後まで義仲に付き従った乳兄弟であり、無二の忠臣、今井四郎兼平の姿があった。
 そして、勇猛な女武者として知られた 巴御前 もいたが、義仲は「最後の戦場に女を連れていたとあっては末代までの恥」として、涙ながらに彼女を落ち延びさせた。( 『平家物語』 の記述に基づく)
 残されたのは、義仲と兼平、主従二人のみ。
 周囲は、雲霞のごとく押し寄せる敵兵で埋め尽くされている。
 もはやこれまでか。
 死を覚悟した義仲は、兼平に言った。
 「日頃は何とも覚えぬ鎧が、今日は重うなったぞ」
 心身の極限の疲労を吐露する主君に対し、兼平は力強く励ました。
 「御身もまだ疲れ給わず、御馬も弱っておりませぬ。何が重かろうはずがございましょう。あれに見える松原こそ、御自害にふさわしい場所。あそこまで駆けてゆき、静かに御最期をお迎えなされませ。お供は、この兼平がつかまつります」
 兼平の言葉に、義仲は再び闘志の火を灯した。
 「ならば、最後まで共に戦おうぞ」
 二騎は、無数の敵陣の中へ、最後の突撃を開始した。
 阿修羅のごとく駆け回り、敵兵を蹴散らすその姿は、まさにかつての旭将軍の輝きそのものであった。
 しかし、運命の時は残酷に訪れる。
 松原を目指して馬を飛ばしていた義仲の乗馬が、薄氷の張った深田(泥深い田んぼ)に足を取られたのである。
 名馬といえども、冬の泥濘は深く、もがけばもがくほど馬体は沈んでいく。
 義仲は、後ろを気にかけた。
 「兼平は無事についてきているか」
 そう思い、泥に足を取られた馬上から、後方を振り返ったその一瞬であった。
 敵将・石田次郎為久(手塚光盛とする説もある)が放った強弓の矢が、義仲の面体を射抜いた。
 「あっ」
 短いうめき声とともに、旭将軍・木曽義仲は、馬の首にうつぶせに倒れ伏し、動かなくなった。
 享年31。
 あまりにも短く、激しい生涯の幕切れであった。
 その光景を、遠目から見ていた今井兼平。
 主君の壮絶な最期を悟った彼は、もはや戦う意味を失った。
 「これを見よ、東国の武士ども! 日本一の剛の者の自害する手本よ!」
 兼平はそう叫ぶと、太刀の切っ先を口にくわえ、馬から逆さまに飛び落ち、壮絶な自害を遂げた。
 ​冬の粟津の原。
 冷たい風が、主従二人の亡骸とあ、静まり返った戦場を吹き抜けていった。
 かつて日の出の勢いと言われた男の、儚くも潔い、最期の情景であった。





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Last updated  January 20, 2026 03:20:34 AM
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