PR
キーワードサーチ
カレンダー
コメント新着
フリーページ
それは、夏の日で。
とても、とても暑い日で。
前の日のテレビでは「明日は今年一番の暑さです。」とか何とか。
僕らは池袋の大きな公園に明け方の5時。
夏の夜明けはとても早くて、小鳥たちは待ちきれないように歌い始めていた。
帰る人、これから出かける人、自衛隊の勧誘員、正体不明の酔っぱらい、抱き合う男と女、または男と男。
たくさんの人達が、それぞれ、たくさんの時間を胸一杯に抱えて白みがかった空の下、誰に言われた訳でもないのに。
僕らはこ汚いベンチに座って、僕は缶コーヒー、君は確かコカコーラを飲んでいた。
話疲れた僕らの間に、僕のタバコの煙だけがユラユラと揺れている。
君はタバコを吸わなかったから、さぞ手持ちぶさただったろう。
君が夜の匂いを引き継いで僕に話す。
「本当に辞めちゃうんですか。」
僕は夏の朝の少し湿っぽい匂いを煙りと一緒に吸い込んで答える。
「うん。決めたんだ。」
「どうにか、ならないんですか。」
「どうにもならんね。」
電車は動き始めたばかりの気だるさで、朝の空気を切り裂いていく。
僕は入道雲を想っている。
そして、海に行こうかと考えてみる。
「・・・お願いします。辞めないで下さい。」
「僕は多分やっていけないです・・・。」
君の力ない言葉で僕の海はかき消される。
「君は十分やっていけるさ。」
「そして、3ヶ月もすれば、すっかり元通りさ。」
君は飲み干したコカコーラの缶を握りつぶし、噴水めがけて思いっきり投げた。
噴水に腰掛けて抱き合っていたカップルがこちらを睨み付ける。
君は大きな声で
「あなたは何も分かっていない。」
そして、バックを手にすると駅に向かって早足で歩いて行った。
残された僕は、今度は驚いてこちらを見る噴水のカップルに片手を上げて謝り、君の細い背中を見えなくなるまで眺めていた。
それから、タバコを一本取り出して火を付けた。
もう一度、海を想った。
真っ白で大きな入道雲と真っ青で透明な海を想った。
砂は熱く焼けていてサンダルがなければ歩けないくらいだ。
僕は真夏の太陽を、その海の匂いを何とか思い描こうとした。
でも、上手くいかなかった。
僕の海は永遠に消えてしまっていた。
炎はタバコの半分を染め上げ、その先端は蛍の光を思い起こさせた。
僕はタバコを蹴り上げる。
小さな火花が一瞬、夏の花火のように輝いて、瞬く間に消えていった。
しばらく、花火の消えた空間を見つめて、残りのコーヒーを飲み干すと、朝を急かす駅に向かって歩いて行った。
海のことをもう一度考えようかと思ったが、代わりに口笛を吹いてごまかした。
夏になると決まって夢に見るのです。
花屋モンタです。
暑いですから、みなさんお気をつけて!!