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2013年9月22日の記事が昨日読まれていたのでその続きを書きたいと思った。今そのおばが住んでいるのは2016年に亡くなったおじが住んでいた家だ。おばはそのおじに飲ませるビール代まで借りに我が家にやってきたこともあった。2021年には別のおばが亡くなったが、そのおばのことで老人ホームに行ったりと面倒も見ていた。ややこしいのは、老人ホームに行く前はひとり暮らしをしていたが、その前は長男と同じ家に住んでいた。去年の8月におばと1対1で話をする機会があった。おじが亡くなった9日後に母にサインをもらいに家に来たときは、書類を私は見ていなかったので、そのことを聞いてみた。しかし、まるで覚えていないようで、「忙しいから」と言って充分に話を聞けず、「10月になれば」ということで約2か月後にまたおばの家に行った。そして、11月の祖母のちょうど命日におばが家に来たので、そのことを私が思い出して話したら本人はまったく認識していなかった。その後またおばの家に行った。まだ金融機関からおじ宛の郵便物が来ていて、通帳もおじがどこかに持って行ってると言っておじとおばふたりとも預貯金は把握していなかったので、自分が預貯金を調べてみると言ったら賛成してくれた。ということで、多くの必要な書類を得るために、郵便局と役所のあいだを何回か往復しなければならなかった。手続きが済み、おじの貯金が残っていることが判明したので、あとはおばともう一人の兄弟の実印とサインをもらうだけだった。報告を兼ねておばの家に行ったけれど、おばは何故かサインすることを拒んだ。そこで私はその書類を置いて家に帰った。家に帰ったらすぐにおばが来て、勝手に家に上がって寝ている母のところに行きその書類を突き返した。その書類にはまだ母の実印を押して住所が書いてあるのみで他の欄(払戻金を入金するため番号や名前を書く欄など)には何も書いていなかったのに。
2025年02月22日
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1964年2月7日早朝、ビートルズはロンドンのヒースロー空港にいた。空港は大混乱だった。イギリス全土から何千人ものファンが集まったために、警官の大群が長い鎖で腕をつないでいた。ジョンの妻シンシアも記者会見場に来ていたようだ。ジャーナリストから見つかりジョンと一緒に写っている写真を求められた。シンシアはそれにジョンが同意したことに驚いた。いつものジョンはジュリアンとシンシアが人目につかないように注意を払っていたからだ。シンシアは周りの勢いに流されジョンが同意したと思った。エプスタインとニール・アスピナル、マル・エヴァンス、そして数十人のジャーナリストや写真家も同乗したパンアメリカン航空のボ―イング707は午後1時20分にニューヨークのJFK空港に到着した。記者会見に臨んだが、この時点でまだ彼らをどう扱ったらいいかメディアはわからずにいた。 https://www.beatlesbible.com/1964/02/07/beatles-american-invasion-begins/https://www.udiscovermusic.jp/stories/the-beatles-landed
2025年02月07日
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