もうり栄子(長野県議5期目)のかけある記
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国会議員を9期つとめ、社会進歩の実現のために獅子奮迅の奮闘をした林百郎さんがなくなって12年。あとを追うかのようにご子息の豊太郎弁護士も過労死裁判で奔走中に病に倒れ、若くしてなくなるというなかで、新しい時代に対応した開かれた事務所として再出発をと、名称変更のお披露目も兼ねた事務所主催の集会がカノラホールで開催されました。前半は元豊南短大教授でフォークシンガーの三浦久さんの歌とトーク。彼の歌は数年前、岡谷市主催の「家庭教育フォーラム」で聞いて以来、とりこに。特に、2001年山手線大久保駅で線路におちた日本人を助けようとして列車に惹かれ命をおとした韓国の留学生を偲んで歌った「カムサハム二ダ イ・スヒョン」は涙なしでは聞けません。日韓の架け橋になろうと頑張っていた青年の無念さがひたひたとつたわってきますが、三浦さんは「彼は26歳で生を閉じたが、精一杯生きた彼は彼なりに完結していたのではないか」とくくりました。後半はベトナム戦争の悲惨さを世界に伝えた諏訪市在住の報道写真家、石川文洋さんの豊富なスライドをつかってのお話。彼は最初に阪神大震災や災害で家も街も壊れてしまった映像を紹介しながら「震災でなくなった命も戦争でなくなった命も同じもの。戦争では沢山命を奪ったほうが賞賛の対象になる。なくなっていい命は一つもない」と。ベトナム、カンボジア、イラクと悲惨な戦争の状態をありのままにつたえながら、平和を守ることの尊さを静かな語り口のなかにも力強く訴えました。3時間近い集会でしたが、色々なことを考えさせられ、新たなエネルギーになりました。
2004年10月29日
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