全日本インカレ


公式練習は2本、2m又は2m10です。
競技は2m05からです。
場所は国立競技場。
召集完了時間は10時20分で、丸付けはありません。
競技開始は11時からです。

自分の結果は、記録無しです。
優勝は2m21を飛んだ東海大学の比留間さんです。

4月24日の春季大会での左足首の捻挫はまだ完治していません。
そのため、練習では自分でテープを購入してテーピングを巻いている状況です。
試合ではリニアートのトレーナーさんにテーピングを巻いてもらいました。
7月1日から泊り込みで自分らのコンディション調整を行ってくれました。
自分は1日から左足首に合計で7回くらいテーピングを巻いてもらいました。
7回も練習をしたというのではなく、テーピングの巻き方に注文とつけて、「もっとこうして欲しい。」と言っていたらこの回数になりました。
キネシオテープを1日で1.5本使った日もありました。
何度も何度も巻くことで、トレーナーさんも自分の足の特徴や、どう巻いて欲しいのかなどを知り、試合当日には1発でしっかりテーピングを巻くことが出来ました。


試合当日の流れを書いていきます。

6時30分   起床
        朝食
7時00分   出発
8時30分   国立競技場に到着
        テーピングを巻いてもらう。
9時00分   アップ(ジョグ&ストレッチ)
9時30分   流し&ドリル
9時45分   ポップアップ(実践に近い跳躍ドリル)
10時00分  一旦ベンチへ戻る(徒歩1分)
10時10分  召集所で召集を受ける。
10時20分  高飛びピットへ移動する。
10時30分  助走練習を始める。
        公式練習
11時00分  試合開始(本当は11時過ぎに試合が始まった)

体調が万全なら、もっとアップの時間は長くていいと思います。
今回は左の膝に疲労が溜まっていたことと、怪我による練習不足から、アップ時間を1時間に短縮しました。

試合中は、いつでも飛べるように、ちょっと動いたら休んで、ちょっと動いたら休んでの繰り返しをしていました。
常にどのように助走して、どのように踏み切って、どのように体がバーを越えていくのかというイメージを持ち続けていました。
短期決戦だったから出来たことかもしれませんが、今回は純粋に高飛びを楽しめました。
ただ、「目の前のバーを越えたい!飛びたい!」と思えたのは久しぶりかもしれません。
1年生の時にように、大きな大会だからビビッて飛べないということもなければ、この間の関東インカレのように、怪我が気になって跳躍できないということもありませんでした。
ただ純粋に「飛ぼう!」と思えました。

実は、関東インカレから全日本インカレまでの間は、あまりいい生活をしていたとは言えないような状況でした。
日記を毎日読んでいる人ならわかると思いますが、起床時間もばらばらなら、睡眠時間もばらばら、食事も節制できていませんでした。
本当に最低限のことしかできませんでした。

ここまでの怪我をしたのも始めてでしたし、あれだけ自信があったのに成し遂げられなかったのも初めてでした。
今シーズンは2m、2m10、2m10と来て、関東インカレだったので、当然2m10以上を飛べると信じていました。
しかし結果が記録無し。
天狗だったのかもしれませんが、ショックは大きかったです。

関東インカレの記録無しの原因は怪我と、怪我の診断を下した医者のせいだと思っています。
医者にはこの捻挫がそれほどひどいものだとは言われませんでした。
「捻挫はしているが、痛いけど我慢すれば飛べるよ」という感じでした。
しかし現実には、「試合に出場するなら、足首を完全に固定しないと駄目だ。選手生命に関わる怪我だ。」と言われました。
こう言ってくれた人はリニアートで仕事をしている、長野オリンピックの日本代表の公式トレーナーの人です。
この人は元高飛びの選手で、この捻挫の経験もあるし、いろいろな選手の捻挫も見てきました。
その人に大会前日の夜に「テーピングを巻かないと試合には出ちゃ駄目。」と言われたのです。
当時、テーピングが嫌いで、テーピングは巻かないで試合に出場しようと決めていた自分にはショッキングな通告でした。
何度も「テーピング無しで出場したい。」と食い下がりましたが、却下されてしまいました。
今思えば当然で、2ヶ月以上たった今でも治っていないのに、関東インカレの時点でテーピングを巻かないで試合に出場することは自殺行為です。
リニアートのトレーナーさんには選手生命を救われました。


話しがずいぶんそれてしまいましたが、また全日本インカレに話題を戻し、ここからは試合中のことについて書きたいと思います。

助走は最後の1週間で作ったとはとても思えないほど良い助走が出来ました。
リラックスして走り出して、徐々にスピードに乗り、踏み切りでリズムアップ。
現時点での最高だったと思います。(←こう思っていたからここまでだったのだ)
ただ、後傾と沈み込み動作がうまく出来ませんでした。
そのため、上昇角度が調節できず、踏み切ったら吹っ飛ばされる、どこに飛んでいくのかわからないという状況でした。

助走練習は5本くらいやりました。
最初は踏み切るだけでしたが、3本はバーの無い状態ながら背面飛びに近い踏み切りをしました。
この時もうまくリフトが出来ませんでしたが、気にしませんでした。(←これ以上は直らないと判断して)

公式練習は2mで2本飛び、2本とも成功しました。
他の選手が失敗している中、2本とも成功させたのには意味があると思います。
芝生からのスタートも気になりませんでした。
しかし、2本とも右の腰がかすっていました。
頂点があっていないことなど、助走スピードをうまく跳躍につなげられていませんでした。

競技が開始して、2m05の1本目。
自分では飛べたと思った。
しかし、失敗していた。
自分の感覚と動きが一致していなかった。
助走も踏み切りも良かった。
ただ、後傾と沈み込み動作が出来なかった。
先生には「少し突っ込んだ」と言われた。

2本目は足で引っ掛けて落とした。
それでも右腰はかすっていた。
飛ぶという気持ちが強すぎて、バーの上で反りすぎてしまったのだ。
先生には「最後のリズムを上げろ!」(踏み切りの1歩か2歩のこと)と言われた。

3本目も飛べたと思ったが飛べなかった。
また右腰があたってしまい、競技終了。
もっと上に上がれたのに、上昇角度が調節出来ずに上がっていけなかった。
3歩前くらいでもっとリズムよく助走出来たのに、考える時間があった。


がっかりだ。

みんなからの期待にも、自分の期待にも答えられない自分にがっかりです。

収穫もあったが、課題も見つかった。
これからの目標はただ1つ。
国民体育大会に出場すること。
まずは怪我を治して、落ちたパワーを取り戻して、パワーアップして、次の段階に進む技術と手に入れて、2m16という全日本インカレのA標準を目標にしていきます。


【 試合後の先生からのアドバイス 】
1本目は少し右肩に力が入ってしまって、少し突っ込んだ。
試合が始まって少し力んだ。
これからの練習方法は、7月から8月の中旬で筋力を取り戻す。
9月の国体予選で2m10以上を飛ぶ。
7月から8月では跳躍練習が出来るなら跳躍練習をする。
走る練習は、50mから120mの距離でやる。
スピードよりリズム。
走る形を意識してやる。
100mは助走のスピードだと14秒ペース。

ウエイトは、スナッチ、クリーン、スクワット、そしてバーベルを担いで足を踏み出すやつ。踏み出した時に股関節伸ばしみたいな形になるやつをやるように言われた。

基本的には、重いのは回数少な目で1回とか3回とか、軽いのは10回3セットくらいで切り返しを速くやる。
重さは、スナッチが70キロと30キロ。
クリーンが、60キロと30キロ。
スクワットが、280キロと120キロ。

重いのと軽いのをやる日を作る。
重いのとボックスジャンプをやる日を作る。

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