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050作品「大連の春節」森田孝明|「放哉」南郷庵友の会
※本文は上記リンク先をお読みください。
ここでは、この文章を書くに至ったお話を書いています。
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「入れものがない両手で受ける」
中学生の時、この「俳句」に出会って衝撃を受けた。
季語もない。575でもない。潔い。分かりやすい。
かっこ良いなぁと思った。
大学生になり、この句を詠んだ尾崎放哉が、東大経済学部の大先達であることを知った。
エリートであったこと、酒におぼれたこと、家族を捨てたこと、仕事を捨てたこと、兵庫の須磨寺で修業をしたこと…。
尾崎と言えば「豊」だった時代、「少なくとも校舎の窓は割らないよ」と嘯きながら、もっと破滅的だった「放哉」に憧れた。
尾崎放哉句集 (岩波文庫 緑178-1) [ 尾崎 放哉 ]
昨年、小豆島に行く機会があり、憧れだった南郷庵を訪れた。
ちょうど、春にお墓が立て直されたそうで、墓の裏へも回ってみた。
死後100年経ち、放哉の見た景色と全く同じでは、もちろんない。
暮れ切る海を見ることは出来なかったし、花火の音を聞くこともなかった。
しかし、何かひとつ、宿題を終えたような安堵感を得ることが出来た。

さて、偶々、尾崎放哉について調べていると、 「尾崎放哉散文文学賞」 なるものに出会った。
今年が初めての募集とのこと。
「自由律俳句」はハードルが高いが、散文で良いのなら、何か書いてみたいと思った。
「咳をしても一人」が今年のテーマである。
何をしても上手くいかず、友はおれど、立派な同僚・先輩はおれど、独り相撲で、「漬物桶に塩ふれと母は産んだか」と呟きながら仕事をしていた時期のことを思い出し、文章を練った。
blogでも、FBでも、暗い話はしないように心がけているが、今回は、少し、放哉の句に心を支えてもらっていたあの頃に踏み込んで文章を書いてみた。
私にとっての「心が動いてから止まるまで」の一綴。
決して明るい話ではない。共感頂ける話なのかも分からない。
読んで頂ければ幸いだし、評価として♡を押して頂ければ、なお有難いと思う。
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