Danjoseの花歳時記(外国編)-秋のサンティアゴ巡礼街道(1)
サンティアゴ巡礼街道は実りの秋(大きな栗の木の下から始まった旅)
Mr&Mrs.Danjoseが再びスペインのサンティアゴ巡礼街道の旅をしました。
前回(3年前)は、春の巡礼街道でしたが(9回のシリーズで連載しています)、
今回は9/22~10/8の17日間、310kmの秋の巡礼街道の旅です。
前回同様、今回も徒歩で粗末な巡礼宿(アルベルゲ)に泊まる
巡礼者としての旅をしました。
前回、途中から列車に乗り、歩かなかったブルゴスからスタート。
ブルゴス(Burgos)は
中世にはカスティーヤ・レオン統一王朝の首都として栄えた都市。
人口20万弱の都市であるが、小さな町や村の続く巡礼街道沿いにあっては
際立った大都市のひとつである。
(ゴシック様式の代表的聖堂;ブルゴス大聖堂が天に伸びる)
この街を圧して聳えるブルゴス大聖堂は
13~14世紀に立てられたゴシック様式の大聖堂。
スペイン三大カテドラルのひとつである。
この街からいよいよ巡礼の旅のスタート。
晴天の心地よい秋の日、ブルゴスの街の公園には、
大きなマロニエの木。

(地面にもマロニエの実がいっぱい落ちています。
写真の女性・ミセス・ダンホセは、
6人のお孫さんのグランマとは、
とても見えない、
若々しく溌剌とした健脚の素敵な旅の道ずれ)
セイヨウトチノキの実

「セイヨウトチノキ」は「マロニエ」とも呼ばれている。
春になると若葉が茂り、街を欝蒼とした緑ににつつむ
そして、白いマロニエの花が天に向かって咲き乱れ
かぐわしい香りが地に満ちる。
ヨーロッパの街の街路樹や公園にしばしばみかける
マロニエの木。
パリのシャンゼリゼ通りのマロニエの並木道は、
映画や小説の舞台としてお馴染みである。
夏には、大きな葉を茂らせて、涼しい木陰を、
冬には落葉して、冬の柔らかな陽光を街に注ぎ込む。
ヨーロッパの人々の日常のなかに深くいりこんで
長い歴史を
共生してきたマロニエ。
「マロニエ」は
英語では「Horse-chesnut」(馬栗)
そして、イギリスではConker(トチの実遊び)という
子どもの遊びがあるという。
マロニエの実に糸を通してつるし、
二人でぶつけ合って相手の実を割る遊びである。
ダンホセの310kmに及ぶ
ブルゴスからコンポステラへの巡礼の旅は
かくして、「大きな栗の木の下」から始まりました。
秋の巡礼街道の
草花や木々は、どんな表情を見せてくれるでしょうか。
再びシリーズで掲載していきますのでお楽しみください。
《花の名一口メモ》
セイヨウトチノキ(マロニエ)![marronnier4[1].jpg](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/93/0000067193/51/imgc6910033z3vmeo.jpeg)
(マロニエの花:4,5月に咲く。
マロニエの並木道はこの白い花が天に向かって咲き乱れる)
学名:Aesculus hippocastanum
トチノキ科の落葉高木、25m~30mの大木になる。
別名「マロニエ」は、フランス語「marronnier]から由来している。
実は食べられない。
原産地はギリシャ北部、トルコ。
バルカン南部、トルコ、ブルガリア、アルバニアでは、
ブナや栗などの樹木と共生して森を作っている。
1590年代にヨーロッパの温暖な地域に、
街路樹や公園の植栽として導入された。
学名のhippocastanumは「馬栗」を意味し、英語名と同様に
その実を馬や家畜の飼料に使ったり、ウマの咳をなおす薬に用いたりした
ことからこのような名があるという説がある。
又、甘栗と区別するために、
大形で野卑なクリという意味を「馬栗」とした説もある。
種子からデンプンをとり、それを焙煎してコーヒーの代用としたり、
発酵させて、リキュールを造り飲んだり、
種子からタンニンやサポニンを除いて粉末にして、
小麦粉やライ麦と混ぜて焼いて食べたりした。
若芽はビール製造時のホップ代用として使われた。
などなど、日本の栃の木にもどこか似ている。
薬用としても古くから用いられたいる。
ドイツなどでは、痔や子宮の出血のための止血剤として使用された。
(マロニエの花の写真は、Champ Yves:Le site aux mille Champignonsからお借りしました)
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