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muMa @ 密やかな結晶 密やかな結晶、わたしも好きです。 小川…
たにたに@ ほ~ 「博士の愛した数式」って作風違うんだ。…
muMa @ おー! 奇遇だねぇー うちらは土曜日に行ったん…
さやか@ 奇遇! あら、私も日曜日上野公園にお花見にいっ…
muMa @ Re:なんかさー(01/26) なんでさー?

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April 12, 2007
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人に借りた本を読みました。

あはーん。
全編にわたり突っ込みどころ満載。
「にゃにゃにゃー」や「らじゃりました!」ていう女の子
人称に「僕」を使い少年のような喋り方をするジャージで巨乳の女の子
不必要に古典文豪の名や小説を出して話をする男の子
らが登場します。
あはーん。






人は誰かを失う時、一度に失うのではない。
徐々に失っていくんだ。
温もりを失い、匂いを失い、記憶を失う。
たぶん、そんなことだった気がする。
あーなるほどそうか。
お馬鹿さんな私はすぐに納得したのだ。そして思った。同じ家に住み、同じシャンプーを使い、同じ空気を吸って、同じ水を飲む2人は匂いが一緒になるから、最愛の誰かを失っても匂いを失うことがない。のではないか、と。そう思ったら不用意に安心してしまったのだ。私にとって匂いとは、記憶と密接に関係しいているものだから。匂いを求めることはその存在を、その存在の全てを求めることで、匂いが一緒になるということは存在が重なることに他ならない。それは最大の安心。
でも
それは、失う過程を失うことでしかないよ。
ある人にそう言われた。
匂いの同化は、失う過程を失うことでしかなく失うことに変わりはない。そういうことなんだろうか?今日一日それを考えていた。失う過程なしに失うということはそのもの自体の存在が無だったことになるのだろうか。それとも記憶を消されたかのように失うことだろうか。匂いの同化は幸せの終わりの始まりなのだろうか・・・。
でもやっぱり結論は。

そして喪失を無化させること。
だから、きっと
狭い部屋の空気が、枕カバーが、ドライヤーの風が、服の衿が、指先が、同じ匂いになることは喜ばしいことだ。



嗚呼、なんて、楽天的。
ネガティブにポジティブじゃないとやってけない。













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Last updated  April 13, 2007 12:47:49 AM
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