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カテゴリ: 五重塔関連
 京都伏見の醍醐寺(真言宗醍醐派総本山)国宝五重塔(京都最古)は、後醍醐天皇の菩提を弔い冥福を祈るため、第一皇子・朱雀天皇が承平六(936)年に着工し、第一皇子・村上天皇の天歴五(951)年に完成した。この醍醐寺五重塔は礎石・基檀・塔身(初重~五重)・相輪によって構成されている。礎石は目にふれることは無く、実際に見えるのは基檀から上部構造だけとなる。塔身部分の特徴は、平安古式に則ったもので、まず初重下に縁廻りや高欄が無く、長押や戸などの外廻りの装飾も一切無い。木組みは精微で、屋根も隅棟を二重にして稚児棟を設けるなど優美な建築そのものも技巧に長けてる。初層内部の壁画には両界曼荼羅や真言八祖が描かれて日本密教絵画の源流をなすものといわれている。

醍醐寺五重塔01
醍醐寺五重塔相輪

 相輪は全高37.5メートルの三分の一強、約13メートルもあるわりに、全体にどっしりとした安定感を与えている。塔全体のバランスは、この相輪によって左右されている。そして、相輪には別の、本来の意義付けがある。「舎利を奉安する場所」が塔本来の価値であり、相輪以外の何者もこの価値を満足させない。さらに言えば、相輪を構成している(伏鉢)のうち、舎利を奉安する意義を持つところは、覆鉢のみである。2500年前のインドで、釈尊の遺骨はお椀伏せたような形状の墓(伏鉢)に納められた。これをストゥーパと称した。ストゥーパは時代とともに拡張され、紀元前1世紀のシュンガ王朝の頃は基檀、ついでと、仏像を安置するや塔門が設けられた。このような変遷は、建築様式の変化ではなく、舎利尊崇の信仰形態の変化が生じたことを意味した。紀元前2世紀クシャーナ朝時代になると、奉安された「仏舎利」は基檀の下に沈む傾向が現れた。さらに、舎利ではなくブッタの教えを信奉する「法舎利(経巻)塔」も現れ、意義付けが多様化した。「法舎利」の概念は、仏像もこれに含まれるようになり、基檀回りの壁籠にあった仏像は塔内部に取り込まれた。中国に至って、基檀の下に木造楼閣が組み込まれ、重層化の端緒がつき日本の塔の原型が出来上がった。





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最終更新日  2007年06月21日 23時47分34秒
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