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ちゃと・まっし~ぐ~ら~!
(また)バンコクのTさん
ある年の1月、急に休みが取れたので、またバンコクに行くことにした。
できればタイ航空がよかったが、その時取れたのはJAL。
DC-10の機材は座席の配列が2-5-2になっているので、「5」のど真ん中なんかはいやだろうななどと思っていたが、運良く窓際のAが取れた。
ここで、通路側に座る人によって、旅の出だしが疲れるものになるかどうかが違ってくる。
私がすでに納まってしまった後で、一人の男性が軽く私に会釈して通路側の席につく。
直感的に、この人に迷惑させられそうなことは有り得ないという気がする。
特に話しかけてもこないだろうし、がばがばお酒を注文するタイプにも見えないし、がさがさ自席で落ち着きなく動く人でもなさそうだ。
しかし、この人を見た時から、たった一つの深い疑問が湧き出始め、それが飛行中ずっと私の心を悩ませ続けることになったのである。
それは「彼はいったい何人なのだろうか?」という疑問だったのだ。
30代後半くらいで、東洋人であることは間違いないのだが、顔や姿からは日本人なのか、タイ人なのか、はたまた中国人その他なのか、見かけからはおよそ察しがつかなかったからである。
私は男女を問わず、飛行機の中で人に自分から話しかけることは皆無だ。
時々、荷物を上にあげるのに手こずっている人がいたりすると手伝ってあげることはあっても、結構黙って手伝い、向こうがお礼を言っても「いえいえ」という程度で、その後も話をすることがないのは、話しかけた後で自分と世界を異にする人だと後の時間がつらいし、そのリスクを負いたくないからだ。
当然、隣りの彼も私には話しかけてこないが、だからといって愛想が悪そうだったり、傍若無人そうな様子はこれっぽっちも感じられない。
スチュワーデスが飲み物のサービス等で話しかけた時の彼の答えに耳の神経を集中していると、そこにタイ人スチュワーデスがやってくる。
彼は二言三言、タイ語で何か言ってビールをもらったのだ。
ああ、やっぱりそうだったのかと少し納得し、後は本を読んだり、音楽を聴いたりしているうちに当然トイレにも行きたくなる。
通路側の彼にとりあえず「すみません」と言って通らせてもらっても、彼は少々会釈を返してそれきりだ。
彼がおもむろに手荷物から小さいカセットレコーダーを取り出した。
何気なくそのカセットレコーダーを凝視し、あることに気づく。
このカセットレコーダーは絶対に日本のものじゃないぞ、と思う。
当時の規格からしても、やたらでかくて不恰好なシロモノで、日本でここ数年で売られているような形式でないことは一目でわかる。
そして、自分の中で彼がタイ人であることのピースがすべてはまり、最初に感じたフラストレーションのようなものはそのまま消えて行った。
イヤホンを耳に差し込み、何かを聴いている様子の彼。
私も、そのまま本を読んだり、音楽を聴いたりしているうちに眠ってしまったと思う。
突然、彼が私に話しかけてきたのはバンコクに到着する1時間半ほど前だっただろうか?
「ご旅行ですか?」と日本語で話しかけられ、そこで初めてお互いの顔を直視する瞬間。
やっぱり彼の風貌はちょっと日本人のそれとは違っているのは確かだが、日本語だ。
「あ、そうです。5日間なんですけど、バンコクの観光に行くんです。」と答えると、彼は「そうですか。私は仕事で行ったり来たりしているんですが、観光はしないもので・・・」と言う。
やっぱり、彼はなまっている・・・が、受け答えに何か日本的なものを感じてしまい、そこで2回目の疑問が一気に噴出する。
ううぅ、がまんできない・・・この疑問はどうしても解消したい・・・
意を決した私は、正面から彼に聞いた。
「あのー、大変、たいへん失礼なんですが・・・お国はどちらですか?」
驚くべき答えが返ってきた。
「熊本です。」
ひえ~、この人、日本人だったのか・・・驚天動地である。
私ははっきり言った。
「本当にお恥ずかしい質問でごめんなさい。さっき乗務員の方とタイ語で話しておられましたし、お持ちのカセットレコーダーを見て、てっきりタイの方だと思っていたんです」
彼は笑いながら「これは一応タイ語の練習用なんですよ」名刺を出してくれた。
彼はTさんと言って、自動車のH社の技術者で、年に半分くらいはタイで仕事をしていることを独特の訥々とした語り口で説明し始めた。
「だから、タイにはもう何度来たかわからないんですが、行ったり来たりしていますが、バンコクの名所なんてところにもほとんど行ったことがなくて、あなたのように旅行されている方のほうが当然いろいろご存知なんでしょうね。」
そのTさんは自分がいつも定宿にしているバンコクのホテルの電話番号を教えてくれながら「もしも時間ができたら、電話して下さい。一緒に食事でもしましょう」と言った。
さして予定が詰まっているわけでもない一人旅の身なので、3日後にTさんのホテルに電話してみたら、Tさんは次の日の夕方、ホテルに迎えに来てくれることになった。
翌日、Tさんは会社の先輩である、年配のMさんという気さくな男性と2人でホテルに来てくれ、我々3人はTさんとMさんの行きつけのシーフードレストランに向かう。
TさんとMさんから聞く、タイでの仕事の話は私にとっては未知の世界で非常におもしろい。
M「タイ人はね、朝はものすごく早く出社するんですよ。9時に仕事が始まるのに、朝の6時に家を出てくる人がいましてね、この時間に家を出ると会社に着くのは6時40分くらいなんですが、これが6時15分に家を出ると、もう渋滞で9時には会社に着かなくなってしまうからなんです」
私「でも、だからと言ってそんなに早く出社していたら、体が持たなくなるんじゃないですか?」
M「そこはうまくしたもので、タイ人は会社に来てから床に新聞紙敷いて9時まで寝ているわけですわ。」
T「例えば、会社の敷地に材料搬入の通路を作る時、設計図と施工図で10センチ違っているとするでしょ?これは大きな問題なわけですよ。それでタイ人に『おい、これ設計図と施工図が違うだろ?』ときくと『そうですね』って言うんです。それだけですよ、それだけ。だからどうするんだってところがまるきりないわけです。
事務所のどこかの電球が切れているから、部下に『あそこの電球切れてるからつけかえといて』って言うと、部下は『はい』と答えるんですが、その後どうしたかというと、そのまた部下に『電球とりかえろ』と言っただけ。その部下はまた誰かに頼むだけ・・・で気がついてもまだ電球は切れたままだから『つけかえろって言っただろ?』と言うと『私も○○に頼んだのに』という言い訳が延々続くだけなので、最後は自分でやってます」
こんな話の後、TさんとMさんはバンコクの歓楽街で有名なタニヤ通りのクラブに私を連れて行ってくれる。
なかなか一人でそういうところへは足を踏み入れられないのでいい機会だ。
キレイなお姉さんたちがいっぱいいてお客にまとわりついてはくるが、この通りのクラブにはあまりいかがわしさはない。
いかがわしいのはなんといっても一本隣のパッポン通りだ。
Mさんが言う。
「私らがね、タイ語を覚えるのはこういう飲み屋が多いんですよ。ここらの気楽なねえちゃんたちと話している中で少しずつ教えてもらったりね」
1時くらいまでTさんとMさんと一緒にそこにいた後、ホテルまで送ってもらったが、人の縁というのはおもしろいものだと思った。
その次の2月、急にまた休みが取れることになった私は、また迷わずバンコクに向かう。
バンコクでまた2~3日うろうろしていたが、Tさんが「日本にいる時もありますが、もしもまたバンコクに来たら電話してみて下さい」と言ってくれていたので、またTさんに電話してみる。
Tさんに連絡が着いたら、今度は私がご馳走しなければと思っていたからだ。
「あれ、またもう来ちゃったんですか」と笑いながら、Tさんは言い、また次の日に約束し、今度はドイツレストランに行った。
相変わらずTさんの話は訥々としながらも、日本人がタイで仕事をする中でのエピソードをあれこれ披露してもらい、また楽しいひとときが過ぎ、体に気をつけて下さいねとTさんに挨拶をして別れた。
その後、忙しくなってバンコクに行く機会がなかなか見つからず、Tさんに再会は果たせずにいるののだが、今も元気に励んでおられることをひたすら願っている。
Tさんは私のことを心のどこかで覚えてくれているだろうか・・・?
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