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久しぶりにコスメの話。実はもう何ヶ月もコスメをわざわざ物色するようなことをしていない。いや、切らしたものだけは買った。(やっぱり)しかし、とりあえずこれまで買ってきたようなペースであれやこれやアンテナ張り巡らせて見回してみることはマジでやめたのだ。興味が薄れた、という部分もはあるかもしれない。とにかくできるだけ少しずつ身軽にしたいと思い始め、先週末くらいから、ここ何ヶ月・何年と使わなかった・しかし捨てる気にはなれなかった(いつかまた使うかもしれないと思った)コスメをいくつも捨てた。捨てる瞬間、もったいないと思う。ほとんどのものはもらいものではなくて自分で買ったものだ。たくさんのものを捨てるハメになったことは反省すべきことではある。しかし、それらはもう自分でサイフからお金を出して買ってしまったものではあるが、使わないのに持っていたところでそのお金が戻ってくるわけでもない。だから捨てることにした。今日捨てた最も衝撃的なコスメ。新品のルースパウダー。捨てたものの詳細を宣伝する行為がいいのかどうかわからないが、とりあえず。捨てたのはコレ。不名誉な内容で写真を出すと怒られるかもしれないが、失敗を防ぐ参考にもなるだろう。(ひとりよがり)去年かその前の年に、日本と行き来している航空機内で買ったと思う。機内誌を見ていたら、そのパウダーの宣伝にふと目を留めた。リキッドやクリームファンデを整えた上にはたくルースパウダーなのだが、なんとつけた瞬間からひんやりする効果があるという。そんな効果があるなら、夏場にはもってこいじゃないかと思って買ったのだが、イギリスの夏自体が短い。(爆)その上、買い置きしてあったパウダーが長い間なくならなかった。今朝やっと買い置き分を使い切ったことと、ここ数日の欧州内猛暑(私にとっては猛暑ではない)の気候だったら使えるんじゃないかと思って初めてこのパウダーのシールをはがしたのだ。リキッドファンデをつけた上に、パフにこのパウダーを取り、おそるおそる顔の上ではたいてみた。おお…本当にひんやりしてきた。ちょっと色が白いめのものだったので、全部つけ終わってまっちろだったらイヤだなと思っていたら、心配は別なところから出てきた。肌の上は確かにひんやりしているのだが、パフでなじませればなじませるほどに、どうも顔全体がやたら水っぽい感覚が漂ってきた。ひょっとするとこのパウダー、ただひんやりさせる効果があるだけじゃなくて、肌につけた瞬間に水分を放出するとかいう極端な商品なのではないか。パウダーをはたいた後のパフの表面に触ってみた。…濡れてる…やっぱり、このパウダーは肌に触れると本当に水分が滲み出すようなしくみになっていたんじゃないか。鏡を見ると、最初のパウダーのつけ方がいい加減だったことと(いつもの商品だったら塗っているうちになんとかごまかせるのだ)後から後から滲み出す水分のおかげで軌道修正が不可能だとわかるぼろぼろの肌になってしまった。くそーっ、こんなんじゃ会社へはいけない。いくら気の置けない同僚たちしかいないからといって、これはさすがにまずい。8割方仕上がった顔の土台メイクをしかたなく洗い落とす。腹が立つぞ。その上、買い置きのパウダーがなくなったらこれを使おうと、結構大事に取ってあった上に、それ以外の代替品の買い置きはまったくなく、携帯用のプレストパウダーしかないのでそれを使う。さて、このルースパウダーをどうしたものか。今日おろしたての新品ではある。このパウダーのクセを飲み込んで、使い方のコツを考えながら使うという方法もあるにはある。しかし、朝の忙しい時にそこまでの手間ヒマかけて、使い方の軌道に乗せられるかというとその自信はない。もったいないという気持ちもあったが、使わないと自分ではわかっているくせに、それを認めたがらないような気もする。もしかしたらいつか使うかもしれないという選択肢をわざわざどこかから探してきて、机の上に並べたがっているのではないかと自嘲する。よし、捨てよう。こうしているうちに、何かを買うことに次はもう少し慎重になれると思う。こんな年齢にならないとわからなかったのかと言われそうだが、わからなかったのだ。これからでも遅くはないと、自分ではそう思っている。
2006年07月21日
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突然、ご褒美のような夏日になって一人でうはうはしているのだが、昨日(土曜)はつらかった。こんな日に(しかも土曜に)出勤しなければいけないのか、と、会社の窓の外から眺める青空と、小さくまとまってゆっくり流れる雲をうらめしげに眺めながら定時までを過ごした。実はどうしても力仕事をしないといけなかったので、困った時のクマ頼み。クマイチが会社まで来てくれた。思っていたよりもその作業に時間がかかってしまったのが痛恨だが、ようやく作業が終わって、帰り道にスーパーに寄って買い物。駐車場はすごく暑かったのに、もしも店内が冷えていたらいけないと思って上着を手に持ってはいったら正解。中はすっごく冷え切っていてびっくり。今頃はイギリスはバーベキューのシーズンだから、店内にはバーベキュー用のハンバーグだとかソーセージだとか、おつまみ盛り合わせとか(サラミ・オリーブ・チーズ・豆のサラダ等)とにかく、皆さん、普段のこの時期なら端から端までショッピングカートに投げ込んでいくようなブツがたくさん用意されている時期だ。しかし、今年はぜんぜん売れなかったと思う。気温が低いだけならまだしも、ずーっと雨ばっかりだったし「バーベキュー?家の中でしたいんか?」みたいな気候が続いたので、こういった商品はもう今年は昨日か今日くらいしか売れないのではないかと余計な心配をしてみる。さて、バーベキューのシーズンになると、バーベキューソースやマリネソースもたくさん売られていて、そういうソースやドレッシングの種類は見ているだけでも楽しくなる。まあ、日本人だったが、本当に食べてみたいソースやドレッシングは、市販のものを買わずに作ったほうがいいという気持ちもあるが、いかんせん日本人でしかも素人の場合、一回だけはおいしい配合で作れたとしても、その時に別に意識してない場合も多く、次に同じものを作ろうと思っても、なんだか違うなという場合もある。そういう時、なんとなく「あそこのスーパーに出ていたあのソース(ドレッシング)がおいしいかも」と思い出し、一度買ってみればよかったなと後悔することもある。で、次は買ってみる。やっぱりまずかったりする。(笑)イギリスでHotとかSpicyとか言っているソースやドレッシングなんかでも、一瞬ピリッとしていても、後に控えたどよーんとした甘ったるさが次に口の中に蔓延してきたりして気持ち悪かったりすることも多いので、いろいろと出ているものを試したい気はあっても、一口目にまずかったら、一本を消費するのが修行のようになってしまう(爆)のでなかなか試せないという躊躇もある。だから、これなら、やっぱり多少は味の出来・不出来があっても自分が作ったやつのほうが、転落加減が少ないということを知る。さて、それなのにこの間からどうしても買いたかったソース、買ってみたかったソース。コレ。その名もなんと「Reggae reggae sauce」で、作った人がこの人。本当の名前はLevi(リーヴァイ)さんというのだが、BBCの「Dragon's Den」という番組で一躍有名になった私はそれを見ていないから知らないが、日本であった(らしい)「マネーの虎」をモチーフにイギリスでできたらしい「Dragon's Den」という番組があり、私はそれのファンだ。この番組では、出資を希望する出演者のプレゼンを5人の実業家が聞き、質疑応答の飛び交う中で、最終的にその出演者・会社に出資がされるかどうかが決まる番組だが、その中でこのLeviさんはにこにこしながらギターを抱えて出てきた時は結構びっくりした。この番組で投資を募る人たちは往々にして5人の実業家連中に厳しいことを言われるのが常で「(そんな売れもしない商品の開発を夢見ずに)今やっている普通の仕事をやめないことを勧めます」とか「出資をお願いしようとしているのに、その資金を何にどう使うかもぜんぜん説明できなくてやる気があるのか」とかいろいろ言われるため、出演者は固い顔で緊張しまくって登場する人が多いのだ。なのにこのLeviさんは本職(?)はレゲエ歌手らしく、ギター片手に「Put some music in your food」と歌いながら登場。なんとなく番組のビジネス・ビジネスした香りとまったく違う趣きの強烈なドレッドヘアの彼は、自分が家でこじんまり作っているソースをもっと市場に出すための出資を目論んでの出演。彼のそのホームメイドのソースは、8月の末にロンドンで繰り広げられるNotting Hill Carnivalの一角で売られていたそうだが、去年は4000本売れて結構評判がいいのだと彼は言う。言ってみれば露天サイズの場所で4000本売れるなら、この商品がもう少し「工場」的な規模で製造できれば売れるのではないかと彼は考えたらしい。最初にその彼の歌付き登場の場面を見て、こりゃダメだろうなと思っていたが、意外とその歌とキャラクターが投資家たちを刺激して好印象を与えた上に、そのソースに対しても「ひょっとしたらいけるのでは」と思った2人の投資家が出資を決定。その後、まもなくイギリスの某大手スーパーがイギリス内の600店舗でこのソースを専売することになったことが判明。かくして、このレゲレゲおじさんのレゲレゲソースは、昔からあるような老舗のHPやLea & Perrinsのソースたちの並びに置かれることになった。うちも前からちょっと辛いソースが好きなので、チキンやソーセージ、その他、肉でも魚料理でも、こちらのペリペリソースを10年近く愛用している。が、このレゲレゲおじさんのソースにはいたく心を惹かれてしまい、どうしてもイギリスにいる間に一度買って試したかったのだ。というようなわけで、昨日はメニューはもう日印カレーと決めていたにも関わらず、このソースを食してみたいがためにハンバーグとソーセージも買ってきた。なんか順番が違うとは思うが・・・ソースの登場は今晩あたりか?P.S.それで、昨日そのスーパーのレジで順番待ちをしている時にふっと後ろを向いたら、そこにセール中のDVDやCDが少し立て掛けてあるラックがあったが、そこにこのレゲレゲおじさんのシングルCDを発見!(買わなかった・・・おじさん、ごめんね)
2007年08月05日
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先日、浅田次郎の「蒼穹の昴」読了。平日に公休が取れたもので、その前日と一日半で読んだ。私の感想としては5点満点で3.4。(中途半端やな~~~)清代の中期から後期・・・というか、ほとんどの時代が後期に当たる設定だが、素封家の家系に生まれたけれども次男坊でみそっかす扱いされてきた梁文秀と、その文秀を兄とも慕う、ホンマもんの貧乏人一家の四男坊である李春雲が、それぞれの宿命の中で対峙する一大叙事詩・・・まあひとことで言えばこういうところだろうか。それにしても講●社文庫のフォントは嫌いだなぁ。文庫でこんな大きな字はかえってうっとうしく思ってしまう。かと言って単行本を買うだけの余裕もないので、この講●社文庫の4巻を買うしかなかったのだが、まず読み始めの感想。中国の話なので漢字が多い。(笑)地名から人名からモノの名前から、振ってあるルビ以外は全部、漢字だ。(当然だ)ルビ以外で最初に見つけたカタカナは「アホ」だったことに驚いた。人名の表記も、本名の他に通称や字(あざな)を多用してあるために、誰と誰が同一人物なのかを追いかけるのにしばし時間がかかる。この、漢字のとっつきにくさを最初に感じる人は多いはずだが、それをしばらく堪えて読み始めると、少しずつペースにはまっていく。慣れた頃に、かつて世界史の時間で習った中国の科挙制度の詳細がこれでもかと。いや、これには驚きました。科挙が隋・唐の時代から始まった官僚登用のための試験制度だということはうっすら覚えていたのと、そのトップの成績を収めた者が状元と呼ばれることだけはかろうじて覚えていたが、それ以外は本を読んでも思い出せなかった・・・というよりも、おそらく世界史でもそれ以上の記述がなかったような気がするが、私が忘れ切ってしまっていたのだろうか?いやいや、やっぱりそうではなく、ここまで詳しく科挙の中身を掘り下げて史実の物語に散りばめて書いた作家はこの浅田次郎が初めてなのではないかと思う。小説の中身としては、清代後期に、その政治手腕と悪女ぶりの両方が名高い西太后を奉る勢力のピラミッドをそれぞれ形成する官僚たちと宦官たちと軍属の駆け引きと謀略が、ある部分はフィクションで、ある部分は史実で紡いでいかれたもの。わさわさと飛び出してくる漢字にさえ一度慣れると、それはもうひたすらスピードに拍車がかかって読み進むことのできる壮大な小説・・・そう感じた瞬間、それこそ食事をしなくても先が読みたいと思ったのは確かだった。科挙に立ち向かう中国4億の中の精鋭たち、どのようにして宦官が「作られる」のか(いたそ~)という細部、そして西太后の拍子抜けするような人間的な側面・・・これはまあ実際に見たわけではないから、これが正しかったかどうかはわからないが・・・ページをめくるたびに感心も驚きもしてしまう。しかし、物事はいつも思ったように行くわけではない。せっかく、こりゃ近年稀に見る題材と筆致だと思って読み進めていくうちに、特に3巻あたりからは残念ながらかったるくなってしまった。この小説では、冒頭に名前を出した主人公、梁文秀と李春雲を最初に物語の軸に据えたのはよかったのだが、清代が崩壊して中華民国へと移行する直前までが描かれるうちに、作者の欲が出てきたものかそうでないのかはわからないが、実際の社会や思想の変遷を、この主人公たちよりも一段大きな視点に移して描こうとしたことで、焦点がだんだんぼけてしまってきたと私には思えた。もちろん、この時代は確かに、世界史でも習ったように西欧の列強や日本が虎視眈々と中国への侵攻を狙っていた時代ではあった。主人公2人とその周辺の人物だけを絡ませるより、その時代の中国の社会変化を世界の規模で考えるとどのくらい大きなものであったかをマクロに描いたもののほうが好きだと思う人もいるかも知れないが、これはあくまでも小説であって世界史の教科書ではないのだ。この「蒼穹の昴」では最初のほうに、実在したイエズス会の宣教師であり芸術家であった郎世寧(カスティリオーネ)の目を通じた清代が少々書かれていた。それが3巻・4巻目になってくると、すでに世を去った郎世寧の代わりとも言うべき語り部として、天津の外人居留区に巣食う各国のジャーナリストをわらわらと大量に登場させて清代の崩壊の様子を読者に伝えようとしている。そうなると、せっかく「主役の2人は果たしてどうなるのか」と読者に気を持たせる部分はだんだんなくなってしまい、結局、私の読後感は「はぁ、最後はそういうところですか・・・」という尻すぼみのもので終わってしまったのだ。久しぶりの超大作か?と意気込んで、前半は食事もしないで没頭したこの本は最後に向かうほどスケールを大きくしようとした小細工(浅田さん、すんません!)が裏目に出て、私の中ではひどく凡庸な一冊になってしまった。どうせなら、西欧の列強はこの際、外伝か何かにしてしまって、あくまでも主役の2人とその2人を直接取り巻く人々の物語に徹してもらったほうがおもしろかったように感じた。しかし、それにしても、中国一大叙事詩を描いた日本の作家の先達として読んだ井上 靖の「蒼き狼」と比べると、やはり情報の収集力では浅田氏は群を抜いていると言わざるを得ないのは確かだろう。いずれにしても、一介の読者とはうるさいものだ。自分が書けなくても、言いたいことは言いたいだけ言うものなのだ。(笑)
2005年06月28日
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