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ころには夢がありました。それはむつがかつていたロンドンに行くこと。次にむつがロンドンに遊びにでも行くときは一緒に行くと勝手に決めていました。大切そうではないようなことでもころにとったら大切なこと。それが次に一緒に行くとしてもころの中で意味がないワケではないけど少し感じが変わります。一緒じゃないにしても決して行かないでというのではなく逆にいってらっしゃいというのがころなのだと思うのです。ただ今感じることは同じ夢を持つものではないと感じるのです。いつかは変わるものだけどそれが叶わないのだとしたら。そんな経験をしたことがある人がいるような気がしたので更新をしました。ちなみにむつところは一緒に行かないような文面ですが・・・気がついたら一緒に行っている二人なのです。前半は先日の話をしていたときに感じたことですけど。でもころはこの夢を無くしてしまえば自分自身が崩壊してまうことを知っているからこの夢だけは絶対に失くしません。ころが行きたいと思っているようにきっと誰かがそう思っているんだと信じています。また明日から仕事をがんばれる源ができました。そしてあと少し自分に強くなれるように進んで行きたいと思うのです。一度は失いそうでもまた発見できることはいいことだとこの更新をしていて感じました。夢を持ち続けることは大変かもしれないけど持っているのと持っていないのでは大きく違います。それをいかに現実化するかはその人次第なのかもしれませんけどね。
2008.11.24
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愛にはカタチはあるけどそれは見えるものでもないけど見えるものでもあると思う。愛をカタチにするという事実がカタチでもあってカタチなんかでもないのかもしれない。愛に変わる瞬間なんてもいつから始まるのかも分からない。その瞬間的なことは偶然なんかじゃなくてきっと必然なのかもしれない。カタチになっているものとかカタチになっていないものはピカピカしていて切なくて愛おしくて。今までの全てと引き換えに今一人なんかじゃなくて幸せに満ち溢れていて。ころがころであるようにこれが今のころの事実。
2008.11.23
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ころは不透明な部分が沢山ある。でもすべてが全て不透明な人ではないのです。けど髪の毛を切ったら一番初めに見せたいとか買ってきたお花が綺麗に咲いたら一番初めに見せたいとか毛布を新しく買ってきたら初めに見せたいとか。不透明ながらも一番初めに見せたいと思える人がいるのです。髪の毛なんてたかが切ってきただけだけど「どおかな?」って聞いたりできることがころにとっては幸せなことなのです。「このお花綺麗?」「この毛布お部屋にあっているかな?」自分で選んだものには自信を持っているけどやっぱり意見を一番初めに聞きたいと思う人がいる。この些細かもしれないけどその些細な事に幸せを感じることを忘れているような気がしたけど忘れることなく持っていることをまた発見できたと思う。小さな小さなことが積み重なって出来上がったのがころなのです。
2008.11.04
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透明人間ってなんだか小さい頃はそそられた。でも大人になってから過去の自分の中には透明人間がいることに今となって気がつく。例えば自分のことを話すときに他人にうそをついたとしたらその聞き手には自分が伝わっていないわけだから存在的には不透明、もしくは透明になっているということ。この話で言えばころも一部以外では透明人間のような存在であるのだと思う。小さい頃にそそられていた透明人間なんて・・・いいものなんかじゃないんですよね。実際にいたとしても見えないし何かしようとしてもきっと不便なことだらけな気がするし誰かに触れられることのない存在なのだから。それほど寂しいものはない。けどその透明人間にそそられるのは人間だけなのだとも思います。
2008.11.03
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