コスミックハートプロジェクトへようこそ!

コスミックハートプロジェクトへようこそ!

コスミックハート・プロジェクトでは、不死鳥の街、アリゾナ州フェニックスから、リアルエイジに向けてわくわくするアセンション時代の生き方を提案していきます。
http://www.mycosmicheart.com
2026年07月09日
XML

6 月のトウリーデイングワークショップ開催のために早朝、さあ空港へ向かおうと思っていた矢先、遅延2時間のお知らせが来た。ダラスの悪天候のため全般的に空のダイヤが乱れているとのこと。おぉー、そこからは予想以上の展開となっていったのです。遅れてダラスに着陸しても雨粒ひとつの形跡もない。途中も気流で揺れることもなかった。何これ?と思っていたら、羽田便はとうに出てしまっていた。へぇー、着陸は許さないのに離陸は許可したわけ?というわけでアメリカン航空は勝手に私のダラス一泊を予約し、翌日の羽田行きもアレンジされた。 JAL 便になったのは少なくともラッキー、と思ったけど、それでもこの一泊足止めは何か釈然としない。通常は遅延の原因が天気の場合、飛行機会社は Act of God (神の行為=自然災害などによる不可抗力)の免責事由としてホテル代は出さないはず。なのにミールクーポンまでくれた。どういうこと?と思いながら用意されたホテルに入り、せっかくだからダラスの友人に電話してみた。急だけどもしかして今晩会えないかなと思って。友人のジェイ、彼こそ私のクンブメーラの盟友、インドでのあの延べ7億人が集った一大イベントでの助っ人だ。彼、電話に出ない。そしたら後で折り返しかかってきた。

「いや~気がつかなくてすまない。ずっとワールドカップ
Japan 戦観てたんだ」という。私って FIFA って何?の人なので、まさか世の中総勢でワールドカップの日本―オランダ戦に釘付けになっていたとは知る由もなかった。「多分、空港付近も全面交通規制がかかっていて会いに行けないと思う。そうでなかったら家に来て妻のインド料理でも食べて欲しいところなんだが・・・」と申し訳なさそう。念のため抜け道があるか調べるから、ホテルの住所教えてくれというからそうした。でもまさしく規制エリアに入っていたどころか、ワールドカップ会場すぐ近くだという。残念!どおりで通りには青色ユニフォームみたいのを来た人々がたくさん歩いていたわけだ。この時、ちょうど天皇皇后両陛下もまたオランダ訪問中で日本チームを応援されていたということを後で知った。この FIFA こそがダラス上空航空規制のホントの理由だった?なんていう考えも浮かびましたよ。そんなわけで翌日 JAL 便で1日遅れの夕方羽田入り。その翌朝からクラスを教えるというハードスケジュールを余儀なくされたのでした。少なくとも1日のクッションがあっただけよかった、助かった~!

人生の答えはすべて足元にある!実際、そうなのです!今年もトウリーディングマジックが起こりました!

それから東京で初級、上級のクラスを開催、また大盛況だった夏至のイベントを無事に終えました。 今年はまた一段とディープに展開したように思います。例年より少人数だったこともあり、ぐんと個人的で密な開示がなされたので、ご参加いただいた方々全員にとっても、これもトウリーデイングなの?って驚かれたかもしれません。そうなんです。トウリーデイングは足指から入るものの、それはあくまでも人体全体のポータル(入口)に過ぎません。足には人生の足跡すべてが刻まれていますから、足に見て取れるホログラムから人生という壮大なストーリーを掘り起こすことができるのです。私がトウリーディングが素晴らしいと思う理由のひとつは、こうした 最大限の「自由と裁量」が施術者に許されているヒーリングアート だからです。

次回は 今年秋、 11 月の来日 が決まっていますので、今回ご参加いただけなかった方もどうぞ、秋においでくださいね。詳細は追ってアップいたしますね。

さらに京都を数日だけ訪れました。清水寺を訪れたのは修学旅行以来?半世紀ぶりってこと?驚きのため息・・・有名な清水の舞台から飛び降りたちょうどそのあたり?に「北天の雄」、アテルイとモレの慰霊碑が建っているのでした。ずっと気になりつつ行けていなかった場所。今回は特別な友らとお詣りをすることができ、ご奉納もさせていただけて少しホッとしました。

半世紀ぶりに清水の舞台に立った!ここから飛び降りたあたりのところにちょうど・・・

北天の雄、アテルイとモレの慰霊碑にお詣りとご奉納をさせていただきました。


そうそう、日本行きの前日、あの「 ディスクロージャー・デイ 」観ましたよ。公式には6月12日封切りとされてたけど、 11日には上映してた 。それにも意味アリアリなんでしょうね。なんというか、 あれもまた許可されたハリウッド映画なんだな ってとこです。(ネタバレ注意ってやつ?)それにしてもなぜ、日本だけは上映が10月まで延期されたんだろう?このあたりにも何かありそう・・・・だ。’

帰宅してまだ時差ってますが、気がつけば七夕祭りも過ぎていた。
去る7月4日は 米国建国
250 を祝う特別な祝日というわけで、全米でいろんな催しや花火が繰り広げられたようです。とりわけ首都ワシントン DC の花火はギネスブックにのる最大 85 万発が 40 分間にわたって夜空を彩ったらしい。やはり日本人として誇らしく思うのは、あのギネスものの花火もまた、他ならぬ伝統的日本の花火師らとその蓄積された技術なしには有り得ないということです。


私はといえば、娘の友人の招待による プライベート花火大会 を観る機会があって、そのあまりの迫力に度肝を抜かれたところでした!これまでは花火というものは対岸の上空とかに上がるのを、いわば 斜めに見上げて 楽しむものでした。ドーンという爆音は数秒遅れるわけ。ところで私、一度だけ大晦日にフェニックスへ戻る際、ラスベガス上空にさしかかった時にちょうどカウントダウンで、飛行機の窓から大きな花火が広がっているのを 見下ろした ことがありました。それもまたなかなかない視座からの花火体験でもちろん素晴らしいのですけど、音がしないわけ。ん~~。今回初めてプライベートの花火大会でびっくりしたのは、花火が斜めにではなく 真上に上がる こと。さらに耳をつんざくばかりの爆音に少しの遅れもないこと。さらに耳だけでなく体全体が容赦ない地響きと振動にさらされて心臓バクバクになること。ロックのライブコンサート並みに全身の細胞が揺すぶられる感じ。そして数秒遅れて黒色火薬?の小粒玉が上空から降ってきて体に当たるからびっくりすること!私は
3 回パチン とあたった。娘は 2 回、息子は 2 回だったらしい。カミちゃんは最初、あまりの爆音にびっくりして泣き出す始末。赤ちゃんは耳を塞いであげていたから大きな目をいっそう大きくして空を見上げていた。招待客はそうだな、 40 人くらいだったかな。午後少しずつ湖畔の別荘に集まり出して、それぞれの楽しみ方でゆっくりしている。湖で泳いだり、大型ボートを出して湖上クルーズしたり、芝生の上でゲームをしたり・・・子どもたち用のプールやゲームも用意されていて、カミちゃんたちは上機嫌で遊び回っていた。別荘のデッキでは BBQ 班の男性らが数人、食欲をそそる煙を上げていた。格式ばった挨拶も何もなし。みんな星条旗色の T シャツや水着とかジーパンでみんな自由勝手気ままにやっている感じ。やっぱ、アメリカ南部のパーティだ。でも皆んな優しい。これっていわゆる サザン・ホスピタリティ 、南部の人々が見せてくれる自由でおおらかな歓迎とおもてなしなんだと思う。やがて数多い副菜やらデザートやらとともに BBQ 夕食がずらりと並べられ、各自セルフで好きなだけ取り分けて好きなところで好きなようにいただく。これがまた、どれもとても美味しかった。肉ダメでも十分過ぎた。

USA250のお祝いパーティへ。みなおおらかなサザン・ホスピタリティを楽しんでいた。



このプライベート花火大会を数十年やってきている主催者の年長のおじいさんと少しお話をすることができた。娘の友人の祖父だ。 USA250 と染め抜かれたカジュアルな特製 T シャツを着ている。何でも彼は若い頃、 YKK の仕事で何度も日本に行ったという。そう、あのジッパーの会社だ。彼が言うには YKK は当時も今もナンバーワンだと。続けて言う。チャイナにもコリアにもタイにもベトナムにも何度か行ったことがあるけど、ジャパンは群を抜いてナンバーワンだと。人が違うんだと。成功者は分かっていらっしゃる。こうした花火大会をプライベートで何十年も開催するって、実はかなり大変なこと。まず先立つものがないと無理なのは明らか。それに大掛かりな打ち上げ花火は個人で勝手に上げるわけにはいかないから、許可を得た業者を数人雇っているに違いない。それに大きな湖という場所がなければ無理。この広大な湖畔の居住者らもみな、毎年この恒例花火大会を楽しみにしているようで、そうした人望、地元での人間関係と歴史を築いている。これってお金があるだけではできないことだ。こんな素敵な体験をさせていただけたことに感謝をお伝えしました。


                      湖畔でのプライベート花火、つんざく爆音と炸裂が 真上 で起こる!20数分間全身の細胞が揺れまくった!



さてさて、アルバニアからの旅は続きます。
バラト最終日、バス停近くにある立派めなホテルに立ち寄ってみました。実は散策に出かける前、ここに荷物だけ預かってもらえないかと思ってダメ元で聞いてみたのです。そしたら宿泊客でなければダメとまっとうなお答えをいただきました。ごもっとも。そのフロントの愛想のいいアルバニア人お兄さん、私がアメリカから来たと知ると、そこからいろんなおしゃべりが始まったのです。フロントには他に客もなくヒマで、私もバスを待つだけの時間つぶしの身だったから。彼はアメリカにとってアルバニアほど親密な国はないんじゃないかと言うんですよ。へぇ~!おもしろいことを言うなー。世界の平均的な人々はアルバニアという国がどこにあるか?どんな国なのかもわからないのが実情だと思っていたし、多分その通りなのだ。欧州の北朝鮮とか最貧国とも称されるアルバニアだが、彼らはアメリカ大好き、両国はごく緊密に結びついた友好国だというんです。おぉ~そうなんだ~。知らなかった。近年では中国があらゆる分野でこの国に投資を進め、販路を拡大していることもはっきりと見てとれるが、アメリカも好きなんだ~。彼の発言で一気に私の見方がシフトしました。

するとつい先日、アルバニアでは祖国を護るための大規模デモがあったことが大きく報道されてましたね。国民が一致団結してアメリカの大富豪(イヴァンカ・クシュナー)によるリゾート開発案に反対の声を上げたのです。凄いなあ!アルバニア人は熱い!黙っていない。権力に屈し、こっそりと札束を隠しながら国を切り売りしまくるだけの国とは大違いではないですか!

バラトからのバスの車窓に映るオレンジ路上販売のおじさんたち。


そのうちバス停へ。美しい田園風景を眺めながら、またバスを乗り降りする乗客たちのドラマを観察しながらの 2 時間ほどの旅の後、やがて首都ティラナの中央広場近くに降ろされた。この広大なスカンデルベグ広場エリアをじっくり徒歩で探索することにしました。

広大なスカンデルベグ広場には英雄、スカンデルベグの像が。

元核シェルターだったバンカート2の入口

入るやいきなり不穏なサイレンの音と犠牲者らの写真に見つめられる・・・

ティラナの観光といえばこの広場近辺で十分だし、その日の夜にはクロアチア共和国のドブロブニクへ飛ぶ予定で、空港行きのバスもこの広場から出るから安心だし。先ずは歩いてすぐのところにあるバンカート
2 Bunk’Art )。これは冷戦時代の負の歴史を紐解ける地下シェルター博物館です。バンカーとは地下核防御地シェルターなのですが、アルバニア国内にはこのバンカーが何と 70 万個!もあるのだそう。この国が置かれてきた壮絶な歴史を物語っていますね。それは悪名高き偏執狂(パラノイア)、妄想にとらわれた熱烈な共産主義者の首相、エンヴァル・ホッジャが、自国がいずれ核攻撃を受けて滅ぼされるという強迫観念を持っていたためらしい。ホッジャは世界大戦後のアルバニアを共産主義国にし、あらゆる宗教活動を禁じて無神論国家にし、独裁恐怖政治を強いたのだ。その間国内全域に急速に 70 万個のバンカーを建設させたわけ。で、もこれらはほとんど使われることなく、独裁者の死後は建設も中断し、今なお国中に埋もれているわけ。そこで近年、これらを活用しようという試みのひとつが 2014 年にオープンしたこのバンカート2なのです。私が持っていた最後の5ユーロがちょうどその入場チケットになりました。地下通路に入り込むところからして、不穏なサイレンが鳴り響き、当時市民が感じていたであろう不気味でリアルな恐怖感を臨場感たっぷりに味わわせてくれます。館内の展示物のすべてが没入型体験ができるようになっていて、いやはやヘビーです。恐るべし秘密警察シミグリによる国民の監視や反体制派への弾圧、拷問、密告の制度・・・とまさにアルバニアの負の遺産そのもの。だんだん息苦しくなってきて、出口を出たときはホッとしましたよ。


空港行きのバスでティラナ空港へ。クロアチアへ行くのに何とオーストリアのウィーンを経由しなくてはならないとは!しかもクロアチア行きのフライトが早朝のため、ウイーンの空港で一夜を明かさねばならない!そんなバカなことをする代わりに、ティラナからバスでドブロブニクを目指した方が早いのでは?とか、船での入国ルートもいろいろ調べたんですが、いや、やっぱりそのバカなルートのフライトの方が早いわけ。というわけでカンネンして、ライアンエアーに乗り込んだのです。ウィーンでの乗り継ぎ8時間、空港で一晩明かしたことになります。キッツーい。

翌朝、ウィーンを出た飛行機は朝 7 時半にはクロアチアのドブロブニク空港に到着。早朝だから予約していたホテルにチェックインするには早過ぎるけど、とにかく荷物を預けないことには動けないからと、先ずホテルに向かった。すると何と、もうチェックインしてもいいですよという。割増料金もなし。わー、なんてラッキー~!昨夜が空港泊だったからシャワーに入れるだけでも天国。しかも朝食も本来は明日朝の分を今朝いただけるということになって、美味しいコーヒーと温かい朝食に心が満たされた朝となりました。 11 月下旬、外は曇り空に時折り雨がちらつく悪天候だっただけに、ほっこり温まるハートは神様のプレゼント、どうもありがとうございます!

ドブロブニク観光できるのはこの日しかないと思って、曇り空のなか、市バスに乗って城壁を目指し、この世界遺産のなかをゆっくり歩いてみることにしました。またしてもラッキー!この日はなぜかクロアチアの特別な記念日とかで、普通なら 40 ユーロもする入場料が無料になっていた!こんなこともあるのね。ドブロブニク城壁は旧市街を取り囲む堅牢な石造りの壁で歩いて 2 キロほどあります。今では城壁上は散策路になっていて、とにかく美しい旧市街の町並みと城壁に波打つ蒼いアドリア海の絶景を見渡すことができます。WOW! 圧巻の見ものです。噂ではジブリの「魔女の宅急便」はここが舞台となったとかで、それも頷ける。この街並みの風景には、ほっこり、じっくりと心惹かれるものがあります。


晩秋のドブロブニク城壁、曇天でも圧巻の絶景!じっくり旧市街を探索できました。


悪天候ゆえに本来なら紺碧のアドリア海も蒼くないし、目を見張るばかりのテラコッタ赤レンガの家々も赤くないし・・・で写真が目的なら出直した方がいいのでしょうが、いやいや、曇天の晩秋のクロアチア南部はそれでも十分に WOW !な美しさでいっぱい、ため息のつき放題だったのでした。しかも無料で何時間もその、どこから眺めても絵になる絶景を堪能することができたなんて有り得ない。ゆうべはウィーン空港で一夜を明かしたことも忘れるくらい感激のハイテンション、至福のひとときを過ごさせていただいたのでした。感謝、感謝です。

クロアチア出国、モンテネグロ入国の手続きを。

翌日は早朝からバスでモンテネグロを訪れることにしました。最初はフェリーでコトールに行くつもりだった。でも時間がどうにも合わない。じゃあレンタカーは?自分で運転すれば自由時間を存分に楽しめるんだけど、悪天候で運転大変そうだし、出入国手続きや駐車のことを考えると・・・で、今回はバス!に決めた。朝から雨が降っていて傘の 1 日でした。ドブロブニクから南下してモンテネグロへ入国する前に、バスはトイレ休憩を兼ねてカフェに少し停まってくれた。乗客らはコーヒーとクロワッサンなどの朝食を。これが美味しくて小雨のなか、ホッとしましたね。やがて国境の検問所に差し掛かると、乗客らのパスポートがまとめて招集され、全員がクリアされるまでに 2 時間弱。ある乗客は、前には 5 時間も待たされたこともあったから、このくらい何ということない、と言っていた。全員にパスポートが戻され、バスはモンテネグロ、コトールへ向けて走る。モンテネグロも風景的にはクロアチアとほぼ似たような絶景が広がっている。それもそのはず。このあたり一帯はかつてユーゴスラビアという国だったわけだから。私は若き 20 代の頃にはこのあたり何度か通り過ぎているんだけど、もっとド田舎の牧歌的な風景だったな。

国境を越えて先ず最初に訪れたのはコトール湾沿いの小さな港町、ペラスト。まるでフィヨルドのような入江にそびえる山々、コトール湾内にはボートに乗り換えて、晴れていたら映えるであろう岩礁の聖母マリア教会も散策してみました。しっとりと小雨に煙る山々の美しいこと!のんびりと流れる空気感がいいですね。


ペラストからボートに乗り換えて、小雨に煙る岩礁の聖母マリア教会へ。

それからバスで世界遺産コトール旧市街へ。ここではたっぷり時間をかけて迷路のような市街地を散策するに限ります。路地裏のあちこちには心惹かれるお店もいっぱいあって楽しい。お土産店には中国製の商品もあるが、地元のおばあちゃんらが作っているぬいぐるみなどは、大量生産品にはない優しくてユニークなデザインのものが多くて、ほっこりします。あいにくの雨だったので城壁に登ることはやめました。晴れていたらあの急峻な山道を
2 時間かけて登って、コトール湾を見下ろす絶景を楽しんでいたことだろうが。せっかくだから旧市街内でランチというのもいいなということで、新鮮な海鮮料理が有名なお店を教えてもらった。まあ~!イカスミのリゾット。イカが新鮮だからナイフもフォークも要らないほど柔かくて、ほんとに美味しかった。これだけでもコトールに来た甲斐があるというものだ。

モンテネグロの世界遺産、コトールは美しい水の街だった。

旧市街をゆっくりと探索。後ろ手に見える山上まで登ればコトール全景が見下ろせるけど、今回は雨でやめました。

地元住民もお勧めのシーフードのレストランでイカスミのリゾットを。極上のお味でした!


クロアチア、モンテネグロでもあちこちの気になるスポットでアンダラと祈りのご奉納をができたことに感謝しています。数時間の世界遺産散策の後、またバスでクロアチアへ戻る。帰り、国境ではバスの乗客全員が下車させられ、一人ひとりパスポートチェックをされたからけっこう時間もかかった。雨に煙るドブロブニクに戻る頃にはすっかり日も暮れていた。明日かはボスニア・ヘルツゴビナのサラエボへ向かう予定です。続きは次回へ~!

7 月、何だかせわしなく過ぎていく夏です。ほぼ毎日のように雨が降り出しては止んでを繰り返しています。継続するばあちゃん行はやりがいがあり過ぎてしんどいことも多いなか、そのときどき、隙間の一瞬一瞬に無数の奇跡と祝福の瞬間が散りばめられていて、それはそれは新鮮な驚きと祈りの日々でもあります。さらに励みますね。

さてもうすぐ 14 日は新月です。どうぞグリッドに祈りを入れてくださいね。また黒シヴァを日本のご自宅や気になる場所へご奉納してくださる方を引き続き募集中です。今まさに破壊と創造の時代の真っ最中。このとき最もパワフルな振動を放っているのが黒シヴァたちです。どれも 1キロ超えの立派な5体のシヴァさんたちがすでに日本で待機し、新任地を待っている とところです。発送は日本国内の送料なので安心です。里親になってくださる方、興味がおありの方、どうぞ​ メール ​にてご連絡くださいませ。




梅雨明けももうすぐですね。本格的な暑さがやってくる前に心身ともに身軽にしておいてくださいね。水分補給もお忘れなく!どうぞ快適な夏をお過ごしくださいませ。
ナマステ~!






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026年07月10日 05時42分53秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: