さるのちえ

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2010年03月02日
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 来月、4月の歌舞伎座では、「さよなら歌舞伎座興行」がある。その興行の最後は、團十郎の「助六」である。どうしても「助六」のことを書きたいと思い、過去の日記から、何回かに分けて「助六」について再現したいと思う。

 とにもかくにも「助六由縁江戸桜」(すけろくゆかりのえどざくら)をごいっしょに観ましょう。この狂言は、十八番のうちでも珍しい世話物の要素をもつ。「江戸」という名はついているが、上方の味が残っているという不思議なものでもある。助六の母からもらう「紙衣」(かみこ)でも、また、揚巻が裲襠(うちかけ)のなかに助六を隠すというようなところは、どう見ても世話物である。
二代目團十郎(1688~1758)は、初代から継承した芸を洗練させたほか、『助六』『矢の根』『毛抜』など、のちの歌舞伎十八番に含まれることになる新しい荒事芸も創始、いわゆる家の芸を確立した。その後、幾多の変遷を経て、「助六」はこんにち上演されている台本が定本となっていく。

 さて、いよいよ「助六由縁江戸桜」(以下「助六」)の幕開きとなる。忠臣蔵の『口上人形』と助六の口上は歌舞伎狂言でも貴重なものである。下手から、口上役の役者が、鉞銀杏(まさかりいちょう)の髷(まげ)に、市川家の家の紋(三升)をつけた柿裃(かきのかみしも)といういでたちで出てきて、助六劇の由来を述べる。それを11代市川海老蔵がする。「その助六を12代市川團十郎が相勤めまする。なにぶん古風な狂言でござりますので、ゆるゆるとご見物のほどを‥」と口上を述べた後、舞台正面の格子内に居並ぶ河東節(かとうぶし)連中に向かって「河東節ご連中様、どうぞお始めくださりましょう」と挨拶をして引っ込む。始まる前からドキドキさせる憎い演出である。十八番の助六ならではである。

 舞台は桜満開の江戸いちばんの廓(くるわ)、吉原の三浦屋の前である。「闇の夜も吉原ばかりの月夜かな」と詠われるように、不夜城の遊郭、吉原に数人の傾城(けいせい)が並び、太夫(たいゆ)揚巻の登場を待つ。格子の御簾(みす)越しに灯りが入り、河東節の演奏が始まる。

『春霞(はるがすみ)たてるやいづこ三芳野(みよしの」の、山口三浦うらうらと、うら若草や初花(はつはな)に、和らぐ土手を誰がいうて、日本めでたき国の名の、豊芦原や吉原に、根ごして植えし江戸桜、匂う夕べの風につれ、鐘は上野か浅草か』

 いよいよ、揚巻の道中である。若い者の肩に手をおき、ゆらりゆらりと八の字を踏む。伊達兵庫(だてひょうご)という鬢(びん)、18本の簪(かんざし)、3枚の櫛(くし)。衣裳は黒繻子(くろじゅす)へ松竹梅や注連飾り(しめかざり)など正月模様を金糸銀糸で彩り、前に垂れた帯は鯉の滝登りを現わす図柄。黒塗りの高下駄で八文字を踏む。
 出迎えの傾城たちが「揚巻さんの道中は、どうやら船に揺らるるようじゃぞえ。さっき松屋で逢うた時から、よほどめれん(ひどく酔う)に見えたぞえ。どこでそんなに酔わんしたぞえ」と聞くと、「これはこれは、お歴々、お揃いなされてお待ち受けとは、ありがたい。どこでそのように酔ったと思し召す。恥ずかしながら、仲ノ町の門並みで、あそこからもここからも揚巻さん、揚巻さんとさあ、呼びかけられて、お盃(さかずき)の数々‥いかな上戸(じょうご)も私を見ては、御免御免(ごめんごめん)と逃げて行くじゃ、ホホ‥‥‥。慮外(りょがい)ながら三浦屋の揚巻は酔わぬじゃて」と揚巻は答える。ここは揚巻役の役者の見せどころである。亡くなった中村歌右衛門丈の揚巻はそれはそれは見事な揚巻であった。
 口ではきっぱりと言うが足元が危うい。それを見た禿(かむろ)が「花魁(おいらん)危のうござんす」と言う。揚巻は「これは大きな奴(やっこ)さんのご意見。近ごろありがたい。誓文酔わぬぞえ(神に誓って酔いません)」と答える。禿は「酒のさめる薬」を勧める。「なんじゃ、袖の梅じゃ。誰が袖(たがそで)ふれし袖の梅、とはよう詠んだ歌じゃのお」と、実際に流行っていた薬の名をあげる。今でいうならコマーシャルである。こうして、揚巻は本舞台に進む。



 そこで揚巻とのやり取りがある。意休は助六のことを「盗人」とののしるに及んで、揚巻は悪態(あくたい)をつく。一つの見せ場である。「慮外ながら揚巻でござんす。男を立てる助六が深間(ふかま)、鬼の女房にゃ鬼神(きじん)とか。さあ、これからは揚巻の悪態の初音(はつね)」と、清掻き(すががき)の合方(あいかた)にのって名台詞が始まる。
『もし、意休さん、お前と助六さん、こう並べて見るときは、こっちは立派な男振り、こっちは意地の悪そうな、たとえて言わば雪と墨(すみ)、硯(すずり)の海も鳴門(なると)の海も、海という字は一つでも、深いと浅いは客と間夫(まぶ)、暗がりで見ても、お前と助六さん、取り違えてよいのもかいなあ。ホホ、ホホ、、、、』と、実に小気味のいい啖呵をまくし立てる。揚巻はキセルと指をうまく使って、両者の良し悪しをたとえる。これが『揚巻の悪態の初音』である。

 ここで意休は「助六のところへ、失しゃあがれ」と言い放つ。待ってましたとばかりに揚巻は立ち上がり、禿を連れて花道を揚幕のほうへ行こうとする。そこで、朋輩(ほうばい)の白玉が止める。仲良しの白玉の言葉を聞き入れて揚巻は戻るが「お前には、もう逢わぬぞえ」と愛想づかしを言って、白玉と共に引っ込む。すると、揚幕のほうから尺八(しゃくはち)の音が聞こえる。並び傾城が「アレ虚無僧が来やんした」「いや、虚無僧じゃない、地回りの衆じゃわいなあ」と噂話をかわし揚幕のほうを見る。一瞬、舞台は静寂になる。いよぴよ、われらが助六の出である。





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最終更新日  2010年03月02日 19時46分37秒
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