贅沢な昼寝

贅沢な昼寝

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Mar 18, 2007
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カテゴリ: 読書関連
最近購入または読んでいる本の著者が同年代であるという偶然が続いている。

40代もがんばっているなぁとまず単純に思うのである。
そして私も含めこの年代は、かつて「 新人類 」と呼ばれた世代であった。厳密に言うと1980年代前半に成人した人を指すので1960~1964年生まれということになるが。

「 拒否できない日本―アメリカの日本改造が進んでいる 」の著者、 関岡英之氏 は1961年生まれ。

これは多くの人に読んでいただきたい著書。 アメリカ大使館HP



「弄ばれるナショナリズム 日中が見ている幻影」 の 田島英一氏 はプロフィールに生年はないが大学卒業年から察するに60年代前半であろう。

とかくナショナリズムや愛国心を語るとき人は感情的になる。私にとって馴染みの薄い言葉であったこの言葉を昨今耳にする機会も多くなり、話題にものぼる。互いを叩きのめすのが目的かと思われるような「ホット」な議論ではなく、クールな頭で考えたくナショナリズム、愛国心をテーマとした著作を読み始めたのであるが、本書は中国ナショナリズムと日中関係に焦点を当てて論じている。



「満鉄全史 国策会社の全貌」 の 加藤聖文氏 は、巻末の著者紹介によれば1966年生まれ。証券会社勤務から研究者へという異色の経歴。

プロローグのこの部分で俄然興味が湧く。以下引用
「~政治の視点から国策会社満鉄の創立から消滅までの歴史をたどるなかで、近代日本が「国策」という名の下に推し進め、多くの民族の運命を翻弄していった満州支配とはいかなるものであったのかを描くことにより、満州支配の責任の所在の不明瞭さと戦後における加害責任の希薄化の遠因を探っていきたい。
そして、誰もが語れるが誰とも一致しない「国策」の曖昧さに翻弄された満鉄の歴史を鏡とするなかで、今日の日本で語られる安易な「国家戦略」論の危うさを考える機会となれば、本書の最終的な目的は達せられたといえるだろう」引用終わり



「百姓から見た戦国大名」 の 黒田基樹氏 は1965年生まれ。

妙高市にある斐太遺跡は古代・中世の重層的な遺跡群で、学芸員の話を聴く度に興味が深まる場所である。上杉の城跡もあり戦国時代が以前より身近に感じられる私なのであるが、本書は戦国大名権力が広大な領国で生きる人々から成った一つの社会システム(秩序や制度)として考え、その頂点に位置する大名は、その社会システムにおける器官(役割や機能)であるとして論を進めている。




「西太后」「貝と羊の中国人」  の 加藤徹氏 は1963年生まれ。

いづれも好著である。



「福沢諭吉の真実」 の 平山洋氏

まだ積読状態である。



「西洋音楽史 クラシックの黄昏」 の 岡田暁生氏 は1960年生まれ。

帯から。「18世紀後半から20世紀前半にいたる西洋音楽史は、芸術音楽と娯楽音楽の分裂のプロセスであった。この時期の音楽が一般に「クラシック音楽」と呼ばれている。
本書は「クラシック音楽」の歴史と、その前史である中世、ルネサンス、バロックで何が用意されたのか、そして、「クラシック音楽」には何がどう変質したのかを大胆に位置づける試みである。音楽史という大河を一望のもとに眺めわたす」
わくわくするではないか。 








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Last updated  Mar 18, 2007 04:43:03 PM
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