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支援センターで行われた、豆まきに行きました。最初にアンパンマン体操や鬼のパンツの歌遊びをやって、 それから、親子で鬼のお面を作り、鬼の顔の豆枡を作りました。なーちはお面は嫌がってつけなかったけど、豆枡はとても気に入って、ハンドバッグのように持ち歩いていました 豆を持って、準備万端 鬼さん登場!! 「ぎぃやぁああ~!!!」開場中に響き渡る子ども達の悲鳴顔を真っ赤にして泣き叫ぶ子、あわてて逃げてお母さんを間違えちゃった子、泣きながらママの手を引いて、玄関から逃げようとする子、それはもう大騒ぎ。「鬼は外~!」なんて、豆まきが出来た子はいなかったかも。「おっかしゃん!おっかしゃ~ん!」 と、なーちもびっくりして母にしがみついてきました。 でも、涙はこぼさなかったよ そして、鬼が退場した後、「鬼さん行っちゃったねぇ~。」と余裕の発言をしていました
2008年01月30日

今日はDEW(ディズニーの英語システム)の週に1度のTE(テレフォンイングリッシュ)の日でしたネイティブの先生とで英語のレッスンが出来ます。正月休みがあったり、TEの時間帯となーちの機嫌のタイミングが合わなかったりで、約1ヶ月ぶりのTEとなりました。 今までは、まだおしゃべりが出来なかったので、先生の歌を聴くだけでしたが、 ここ3回ほどは「The ABC song」のソングレッスンをしています。1回目はちょっとだけ先生と一緒に歌えて、2回目は母にくっついてモジモジしてて歌えなくて、3回目(今日)はけっこう一緒に歌えました終わりに「なーち、とても上手に歌えたね!また来週も電話してね。バイバーイ!」と先生に言ってもらい(もちろん英語で。でも書けないから日本語で表記。)、またモジモジ恥ずかしがって「バイバイ」が言えませんでした。 で、電話を切ると・・・「もっかい。」「もっかい!」「もっかーい!!!!」 よぼど楽しかったのでしょうか。「また来週電話しようね。」とさとしても聞かず、泣き出したのでお父さんが親子電話を使い声色を替えて「ハローなーち!!アイ アム マーク!!」と先生のフリしてTEごっこをしました。 でも、何回やっても「もっかい!」としつこいので、「もう終わりだよ。また来週ね。」と電話を切ると、「もっかい~。」とべそをかきしまいには大号泣でした。 そして、母はいまだにTEの最初と最後に先生と英語で話すことに慣れず、緊張して汗をどっぷりかいてしまします・・・ハローとかサンキューくらいしか言えないんだけど
2008年01月29日

父と娘のギターセッションイエイエ、なーちが持っているのはウクレレですでも、いっちょ前に、ピックで弦をはじきながら、お父さんと一緒に「しゅまいるっ」とゆずの曲を歌っています。上手に歌っていたので、母は後ろのギターケースに厚紙で作ったおもちゃのコインを入れてあげましたよく人から「言葉が早いねぇ」と言われるなーちですが、歌の歌詞から言葉を取得している部分も多いと思います。窓からが積もっている様子を見ては「雪やこんこ、あったねぇ~」 音楽が大好きで、CDを聞かない日、歌を歌わない日はありません。の絵を見れば「キ~ラ キ~ラ ひかるぅ~ おしゃらのほしよぉ~」(お皿の)カエルのおもちゃを見れば「かぇる~ う~た~ うたは~」(うたって一つ多いけど・・・)絵本に蝶が出てくれば「ちょうちょうちょ~ ちょうちょうちょ~」(これまた、ちょう一つ多いけど・・・)隣のトトロの「さんぽ」は「さっかみちぃ~ トンネルぅ~ くしゃったわ~」 (トンネル腐ったわ 正しくは『草っぱら』です)と言うように、なーちの頭の中では物事と音楽がつねにリンクしているようです。 そして、「おっかしゃんも!!」と、必ず母も一緒に歌うことを強要します
2008年01月27日
2007年11月(1歳6ヶ月)ちょうど明日で1歳6ヶ月というときに、保育所で流行中の水疱瘡をなーちももらってくる。約2週間保育所をお休みすることになり、再びバァバにヘルプに来てもらう。バァバに手遊び歌を沢山教えてもらって、どんどん歌や言葉を覚える。この頃から母の呼び名が「たーたん」から「あーしゃん」へ変わり、父の呼び名は「とっとー」から、なぜか「とっとろー」に。2007年12月(1歳7ヶ月)12月の前半は何をするのも「イヤ!」が多くなる。椅子に座るのも「イヤ!」、エプロンつけるのも「イヤ!」、おむつ替えるのも「イヤ!」、歯磨きなんて「イヤ!イヤ!イヤ!」で母はぐったりの日々。一方、保育所では「イヤイヤ」を出すことが減ったらしく、連絡帳に「あんなに嫌がっていた目薬もすんなりやっています。外と家庭の使い分けが出来ているという成長の証ですね。」と先生が書いてくれている。12月の後半は言葉がものすごく発達した。スプーンに映った自分の顔を見て「見てぇ。なーち、いた!」と言ったり、父に向かって「お茶!ここに!(置け)」と言ったり、3語文や自分の意志を伝える言葉を話すようになる。でも、まだ大人の喋るイントーネーションだけを真似た意味のない言葉がたくさん。自分のことを「なーち」とか「なーちゃん」と一人称で呼ぶようになり、母のことは「おっかしゃん」、父のことは「おっとしゃん」と呼ぶようになる。12月22日に断乳する。2008年1月(1歳8ヶ月)母、再び専業主婦になる。なーちも保育所を退所し、家で母と過ごすようになる。今まで朝8時から夕方6時頃まで離れていた母と、ずっと一緒にいられるようになって落ち着いたのか、家での「イヤイヤ」の激しさがなくなり(多少はある)、自ら進んでとは行かないまでも、目薬や歯磨きなどを押さえつけないで出来るようになった。イントネーションだけを真似た意味のない言葉はほとんど言わなくなり、かなり意思の疎通が出来るようになってきた。母はなーちの言っていることの8~9割理解できる。長年幼児に携わる仕事をしてきた経験豊富なバァバ曰く、「なーちゃん大人の言うことほとんど分かっているよ。」とのことなので、何でも好きにやらせる時期は終わりと判断して、少ししつけを厳しくする。我を通そうとすると、今まで甘かったお父さんやじぃじにもがつんと怒られるようになり、今までイヤイヤが激しくてさせるのが大変だった「食事やおやつの時は椅子に座ってエプロンを着ける」が出来るようなり、「ごめんなさい」も言えるようになる。いつの間にか、歯磨きのブクブクうがいだけでなく、ガラガラうがいもマスターしてびっくり。だんだん「おかーしゃん」「おとーしゃん」と呼ぶことが出来るようになってきた。
2008年01月27日
忘れないうちに(いや、忘れてしまったけど)、日記をお休みしていた間にあった主な出来事を記録しておこうと思います。 2007年8月(1歳3ヶ月)母仕事復帰。なーち保育所に通う。10日目で泣かずに保育所に登所できるようになり、一月元気に通う。順調に卒乳に向かっていたが・・・。 2007年9月(1歳4ヶ月)なーち手術&入院。母も一緒に約2週間入院生活を送る。入院中、診察や注射などなーちにとって辛いことがたくさんあり、安心感を求めるようにおっぱいばかり飲むようになってしまって卒乳断念。入院中、「パイ、飲む~!」とはじめて2語文を話した。退院後もしばらく保育所を休み、バァバとお家で過ごす。家に帰っても1日4回の目薬と月に1度の通院。 2007年10月(1歳5ヶ月)なーち保育所に復帰。「ひよこ組さんはステージに上がるだけでいいので、大丈夫ですよ~。」と言われたので、復帰して2日後のお遊戯会にも出る。演目は「器楽:どんぐりころころ、キラキラ星」ただステージに上がっているだけでも可愛いひよこ組さん。鈴やマラカスを持たされて、小さないすにチョンとすわる子ども達を見て、みんな目を細めて笑っていた。そんな中、なんと、なーちはただ一人曲に合わせてタンバリンを叩き始めたちゃんとリズムもあっている「すごいなーち天才」と母とババ大興奮(にしっかり親バカな声も録音されていた)開場のお客さん達も、リズム感バッチリでタンバリンを叩くなーちを見て、どよめいていた。(ような気がする)
2008年01月26日

なーち、1歳8ヶ月になりました。家の前の駐車場の雪捨て場で遊ぶ。 色々あって、全然ブログ更新できなかったけど、またボチボチ書いていこうと思います。
2008年01月24日
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