全765件 (765件中 1-50件目)
ライブドアぶろぐに、お引っ越ししました。 とはいえ、過去テキストは移しません。いろいろ悩んだのですが、記憶にがっちりとどめたいテキストはサイトにも置いていますから。ただ、ブログに気軽にアップしたもののサイトに載せていない歴史人テキストはいくつかありまして、その整理をやる方が優先度高いです。 それでも簡単に移転ができるなら、といろいろ調べていたのですが・・・ fc2ブログは、データすべてお引っ越ししてくれるサービスがあります。しかしそれはつまりパスワードなどをすべて伝えるということ。楽天の場合、楽天市場での購入情報も同じID管理ですから、そんな恐ろしいこと、できませんね。 そもそもfc2は、どこの誰が管理しているということが不明瞭ですから。 国内企業の、安定したトコロということで、ライブドアにしました。 アメブロは、ワタシっぽくない(苦笑)。 やはり、堀江さんが作った環境は素晴らしいと思います。 ということで、ナカジノート@ライブドアをよろしくお願いします。
2012/01/21
楽天からどこかに(笑)、お引っ越しします。 お引っ越し先、大検討中。 楽天ブログの機能がいろいろ変わるのですが、中でも、"ブログ内プロフィール機能がなくなり、楽天プロフィールを作成し、ブログとリンクさせる必要がある"ということに不満だから。 その楽天プロフィールは、twitterやFBと連携していたりするのですが、つい最近、twitterのアカウントを削除したばかり。ワタシにはウザイ機能になります(苦笑)。 ブログの書き込み、プロフィールへのつぶやき、それを並行して、どうすんの?と思ったりします。 そんな随時つぶやこうと思わないし、運行情報以外でつぶやきが役立つとは思えないし、そのつぶやきでさえ人によって温度差が激しいので結局は自分判断だし、誰かのナウなんて気にしないし、twitterにアクセスする時間がないから削除したわけで・・・ワタシにとっては真逆なスタイルになる楽天は去ることにしました~。
2012/01/18
誕生日だってのに、全然良くない一日でしたorz まあ、超個人的イベントでしかないので、他人にとってはどうでもいいことですし、偶然にそうなったとしても仕方がないことなのですが。 自分が誰かに、状況を変化させる、新しい動きをさせるきっかけを与えることって、物事の好転につながることでしたらいいですが、そうでない場合、負の感情をいだきます。 好転か好転ではないかは、立場によっても違う。 ワタシがいる立場では、それが好転なのかそうではないのか、判定が微妙。 なるべくしてなったとも言えるし、一方で、それには時期尚早だったという見方もある。派生する影響が読み切れない分、やっかいな状況になったともいう。 ・・・つまり、面倒なことになっただけじゃないか! あーーーーー、イラつく。
2012/01/17
日経新聞主催のこのイベントに当選し、行ってきました! 初めての日経ホール。 さすが日経を読む多数派の体型をつかんだ椅子。 ちょっと大きめ、ゆったりめ。 さらに机までついていて。この机の重たさも、日経を読む多数派の体型にはちょうど良いのですかね。 最も驚いたのは、席番が刺繍されていること。これはお金かかってます。 ホールなので、対話形式にはあまり期待せずに行ったのですが、活発に意見が出され、ちょっと驚きました。 ビジネススクールで体験しているタイプの「対話」なので、自分が発言できるかどうか、だけなのですよね、、、発言できず、ちょっと残念でしたが、大きな後悔には至っていません。 サンデル先生はとてもわかりやすく、ゆっくりめに英語を話してくれます。 いかんせん、経済・社会保障に関する単語(や意味、背景)を日本語レベルでさえ知らなすぎな(ピンとこない)ワタシには、同時通訳がないとやっぱりつらいのでした。。。 ワタシが最もピンときたのは、本質とは違う部分かと思いますが、(昔は6人で1人を支えていたが今や2.8人で1人を支えるようになる、という話の流れで) 「大事なのは数字ではなく、その背景に事実があるということ」ということ。 会計と同じです。 数字が事実なのではなく、その背景にある泥くさい事実こそを修正、改善していくのが大切なのです。 なので、2.8人になった背景にはどういった理由があり、だからどういう手立てを打っていくべきなのか等を議論することが大事となります。 いろーんな意見が出ましたが、こういう対話をしていくことが大事なのだ、とサンデル先生は締めてしました。。。。。。 日本人のファリシリテーターによる、こういう規模の対話集会が、定期的に行われればいいのに、と思います。 それは、政治(政党)と絡んだ動きでしか日本では行われないでしょうか。 リベラルなんて人はいないでしょうけれど、いろいろな立場な人がファリシテーターをつとめ、会社・家族・地域といった枠組みを超えた人たちが集まれる集会が定期的に行われて、サンデル先生の対話的に行われるといいなー、と思います。 さて。 この申込にあたり、「あなたが考える平等な社会保障・税とはどういうものですか」的なコメントを300字以内で書かされたのですが・・・ 平等ってそもそも何さ?とか、どの段階の平等?とか、誰にとっての平等?とか思うのです。ちなみに、ワタシは機会の平等はあるべきと思う派です。 現状、例えば消費税でいえば非課税業者が設定されているから益税になってしまい、消費者が納めたはずのものが納税されないで停滞することは平等といえるのか? また、週5日働いている人よりも生活保護を受けている人の方が収入が高いという勤労意欲をそぐことが平等か? すべての人にとって平等ということは、ありえない。誰にとっても幸せ、なんてこともありえない。どこを切ってどこをすくってゆくか(救う、じゃないです)、ホントに考え抜いてほしいなぁ。 みたいなことを書いた記憶が。 ということを前提に、会場でそれなりに驚いたことは、1.消費税増税賛成派が大多数だったこと。2.働く世代と退職世代との不公平感による対立を感じている人が多いこと。3.退職世代の人たちは、社会保障は契約・約束だと思っていること。 1.については、ワタシは反対です。増税の前に、すべての人が消費に際して納めているものがすべて納税される仕組みにすべきだと。現状では売上が1000万円以下の場合には免税事業者となります。消費者が払った税金が国庫に入らず、その事業者の所得になる「益税」について、不透明なまま、どうして増税していいのかがわかりません。 2.については、深く考えたことがありませんでした(汗)。今、70代以上で年金をもらっている人たちは一番裕福だよなーと思ってはいますが、そこを一気に減らすとか無くすなんて、現実的ではないでしょう。そして、やっぱり、その世代でも十分にもらえていない人はいるわけで、ワタシは世代間の対立よりも、各世代間内での格差の方が気になります。 3.誰がそんな約束事にしたの?そうなの?みたいな(苦笑)。だとしたら、時代の移り変わりとともに、再検討すべきでしょ、と。人口増加・景気上向きの時代の約束事が、不変にずっと続けられるわけはないですよねぇ。その上で、保険料納付している人を優先に、きちんと再配分される仕組みを考えてくれ、と。 人口が減少していくばかりな現代、人口が増えないのなら労働人口を増やすことを考えていかないといけないのではないですかねぇ。 先日、看護士として日本で働いてもらうために受験生として東南アジアから若い人を受け入れていましたが、もっと緩く受け入れる方法はないのでしょうか。ポーズとしてやっているようにしかみえません。 また、第3号保険をやめて、働ける人は働いて、働いているすべての人から平等に、賃金に応じた負担をしてもらうのも、one ideaなのでは?
2012/01/16
知る人ぞ知る(=誰も知らない)、ワタクシ、実は『源氏物語』大好き、です。 「なのにぃっ?」というお話です。 王朝文化の華やかさ、それとは反した権力闘争の激しさ、呪った呪わない云々な現象等、ワタシはとても好きな分野であるわけです。 歌で気持ちをやりとりすることにもとても憧れて、そんなことを現代でやっている人いないかな、歌で返すとかやってみたいな♪と思っていました。 これまで、さまざまなタイプの「源氏物語」を開いては閉じ、開いては閉じ、していました。ムダにいろいろな1巻ばかりあった時期も(苦笑)。 最近、なぜか思いたって、陽にあせ、古めいた文庫を改めて手にしてみたのですが。 田辺聖子著『新源氏物語』 原文とはかけはなれていない、けれど、原文の行間を埋めてくれている、とても艶っぽい現代語訳だと気づかされました。こんなお話が1000年以上前に文字化されていたことに、改めて驚きます。 光源氏の女性に対する辛口な評価や、妄想かきたてられるちょっと艶めいたシーンなど、バブル期のドラマ的な様相です。 儒教や仏教が入ってくる前のこの時代って、ナンでもアリなのねぇ~、と思わせるほのぼの感というか、男性次第なのねぇ~。 基本、浮気男の勝手言い訳女性遍歴物語ですが・・・だから、昔は読み進めることができなかったのかもしれません(苦笑)。 恋焦がれていた帝の奥さん(藤壺)を抱き、妊娠させ、その間、藤壺似の少女(藤壺の兄の娘=叔母姪関係)を将来のお嫁さんとして奪ってしまう、なんていう、絡まったすごいストーリー。 正妻である葵の上が物の怪による病に臥せ、そうすることでようやく夫婦らしく言葉を交わせるようになった二人。回復のきざしを見せたのは一瞬で、葵の上は急変により亡くなってしまいます。 もう、とてもあわれ。 そうよね。物語だからね。と自分を納得させる(苦笑)。 源氏の父親である桐壺帝は、亡き桐壺の更衣の面影を、藤壺にみる。 源氏は、(父親の妻だけど)最愛の藤壺の宮の面影を、紫の上にみる。 藤壺の宮は、(帝から)代理で愛されていることをわかるから、いつしか自分に素直な愛を向けてくれる源氏に惹かれる。 誰も彼も本当に好きな人とどうにもなれない。 スムーズにいかないさまは、人生ってそういうもんよね、と思ってしまった。 イロイロ人生経験してくるとですね、、、おもしろみがわかるのかもしれません。 遅ればせながら『あさきゆめみし』も改めて手にしています。これも、昔は1巻すら読めなかったのが嘘みたい。 で、映画をやっているのですが。 女性デーに観に行きたいのに、タイミングが全く合わないのでした。
2012/01/15
でも、とてもいかったテンションで帰宅。 「社会人としてそれはダメな行動でしょ」に遭遇し、数ヶ月前の同じような状況の折、なぜ厳重注意をしておかなかったんだ!と思いました。 これはあんまりだし、ちょっとフォローしとかないとね(怒)、と伝えたことから出された結論に呆れ、その結論で円満解決すると思う発想力に首をかしげざるを得ない。 狡猾なことをやろうとしているのに詰めが甘いというか、甘いどころではなく全く詰められていなく、狡猾さが全くない。それでは人を傷つけるだけ。 そういうことが理解できない理由なんか知ったところでどうなるわけではないし、どうでもいいのですが、「理解しろ」と言いたい。 ところで、気慨があれば、(犯罪は別にして)どんなこともできる。 周囲の状況がどんなふうに変化しても、柔軟に対応できるスタンスを取れる方が強いし、自分が、あるいは家族が食べていくためならいろいろな方法を選択できるという融通のきき加減が、生きていく上で必要だと思う。 そのマイナスの状況を誰のせいにしたところで状況が改善するわけではないし、何か行動をとれば変わる。何かおかしいと感じた時に安全策を取ることができるのも生きる術。 なんか、もう、とても残念というか・・・適切な表現が見当たらない気持ちをいだいてる。
2012/01/13
いつもお世話になっていて、いろいろ気にしてくださる、ビリヤードのお友達Cさん。 大先輩なのでお友達と言うには申し訳ないのですが、でも、感覚としては「お友達」と言いたい雰囲気の方。コインと家紋のビスケットをくださったのはこのCさんで、こちらの情報を拾ってくださるのです。 だんなさまもビリヤードをやっています。 撞き始めの日、実家の方で買ってきたお菓子をお年賀として、いつものお礼で差し上げたのですが。 帰り際、だんなさまからもお礼を言われ、ビックリしてしまいました。 「ナカジさんからお年賀としてお菓子もらったの(=あなたからもお礼言っておいてね)」的な会話があったことが推測でき、年下だしビリヤード的にも明らかに格下なワタシに、あげられたトスをちゃんとアタックするだんなさまで、お二人の関係って素晴らしい!!!!ステキッ!!!!と思ってしまいました。 当たり前のことかもしれませんけどね。 言葉だけ"お年賀"なだけで^^;、のしをつけていないですし、そんな大層なものを差し上げたわけではないので、かえって恐縮するワタクシでした、、、(゚д゚≡゚д゚)
2012/01/05
1、2日と実家に帰り、揚げ膳据え膳を堪能し、時間があればひたすら眠り、いかに日常がハードかということでもあるのですが(苦笑)、気を緩めたせいか、身体が重いですorz 3日、ビリヤードの練習会があり、撞き始めとなったわけですが、全く思うようにいかず、意気消沈。練習試合が苦痛状態。一人練習しようにも、大事な練習用メニューファイルを忘れてしまい(←忘れること自体が、もう、、、、、)、練習もできず。 だから普段一緒になかなかできないメンバーとやらないとッとやってみれば、やっぱりダメで。 最低な撞き始めとなりました。 ビリヤードの記録サイトを更新する気がおきません!!! っつーか、試合に出る予定でしたが、試合はキャンセル。 練習する気すらなくなりますが、しないとしょーがない。するしかないのだ・・・。 そんな中、ときどきお目にかかるプロの方から「ストロークがきれいになった」と言われました。言われている本人はよくわかっていないのですが(汗)、そのプロが褒めること、ストロークがきれいと言われることの大事さ(言われただけで新年最初の収穫)等、チームメンバーから解説を受けました。それでも今イチ"ストロークがきれい"ということの意味がわからないのではありますが、言ってくださったプロの方に気のきいた反応ができなかったことは申し訳ないなぁ、と思うのです。 とりあえず、ブログに備忘。
2012/01/03

その年の無事を祈って、年神さまと食すお節。 いろいろなご縁で2種類のお節が! こんなことはそうそうないですよね。 白い器の方は、弟の取引先の小料理屋のもの。黒い器の方は、セブンイレブンの2段重。 注目すべきは、小料理屋さんの方に、赤こんにゃくが入っていたこと!!!! 赤こんにゃくは、近江八幡の名物でして、派手好きな殿が赤くすることを命じたとも言われている食べ物です。 食品添加物の鉄で着色されているそうです。 滋賀県ではお漬物としてたくさん売られていますが、普通の方にとってはだいぶ違和感あるようで^^;、ウチの家族も不思議がってました(苦笑)。 2種類のお節をいただけるなんて、贅沢ですね。 燗のお酒が、若干甘い"けんちん巻き"と合う! 「これも真澄・・・?」 「これは、手取川って言って、いただいたものなのよ」 「手取川なのぉーーーー!!!!」 殿が上杉謙信に戦いのめされた、手取川の戦いが超有名。 能登に侵略しようとした上杉軍に対抗した領主が七尾城に籠城、殿に助けを求め、殿は援軍を出したものの、大負けしました。 実は殿と謙信が対峙した際、既に領主への謀反(内部争い)で七尾城は堕ちていたため、殿は負け損?! こんな戦いがあったからワタシも取り寄せたことあるのよ~と、プチ戦国講座してみました。 取り寄せておいてよかった!(笑)アンテナ張っておくのは大事です!! 割と、瀬戸内・四国の名産をいただく機会があり・・・「媛まどんな」 ホント、ゼリーみたいな、やわらかいオレンジみかん。掛け合わせの掛け合わせでこんなのができちゃうのねー、と感心。 超おいしかったです!!! りんごの木のフルーツロール。 とっても切り分けにくい(苦笑)ロールケーキですが、そこはワタシ、うま~く切りわけました。 初めて生ケーキを食べましたが、コクはあるのにくどくはなくて、甘さ控えめで、おいしかったです。ここのクッキーなどをお年賀用にいくつか購入。 今や大ブランドとなってしまた市田柿や、自家製干し柿、知人宅自家製干し柿など、干し柿イロイロ。 この時期のおいしいドライフルーツ♪ 食べ物に不自由しない元日がある。 それだけでありがたいことだなー、幸せなことだなー、と思います。
2012/01/01

神奈川芸術劇場に行く前に、中華街で夜ご飯。 ここの名物、辛い麻婆豆腐が入っているコース料理を注文しました。 前菜、野菜や海鮮の炒め物、蒸し物などを楽しみ、最後に麻婆豆腐、チャーハン、フカヒレスープが揃うといういい流れができてます。 初めて食べたと思いますが、麻婆豆腐に使われている四川料理特有の(?)胡椒の香りが好きです~。 味が全体的にとても濃い・しょっぱいのですが、最後の最後、杏仁豆腐がまろやかにしてくれました。 中華街の雰囲気は孔明先生っぽいし(←違う)、『彩雲国物語』っぽいし、ときどきウロウロしたい街です。
2011/12/30
第三舞台の解散・・・ワタシくらい、あるいはワタシより上の世代で演劇に携わっていた人には、衝撃だったのではないでしょうか。 とはいえ、ワタシは第三舞台の芝居をすべて観ているわけではありません。高校で演劇部に入り、最初にやった台本が鴻上さんの台本でした。当時、ほとんど理解できず、『難しい・・・ストーリー性はなくて、言いたいことをたくさんくっつけたもの???でもメッセージはあるハズ』という感覚だったのを覚えています。 よくは消化できなかったけど、一定期間取り組んだものだし、セリフが印象的であって、鴻上さんがワタシの中に植わったような感じ。以前はテレビに出演されることもけっこうありましたからそうした場合にはやはり観てしまうし、エッセイ等目に入れば必ず読みました。 客入れで、鴻上さんは入口に立っていらっしゃいましたが、『そうよ、これこそ小劇場演劇よね!』と思いました(笑)。 入場者の表情(世相?)を眺めているかのようなお姿を初めて拝見して、ちょっと感動しました。想像よりきれいな方でして(苦笑)、もっと雑な雰囲気を持った方かと思っていたので(汗)。 前に観劇した際にも見かけてはいたのでしょうけれど、なにぶん、覚えていなく・・・。 当パンには鴻上さんの手書きご挨拶文がはさみこまされていまして、本開場前にロビーで読みました。 いたく感動。 最近の自分に起こっていた感情とか、思っていることがテキスト化されていて、しかもこんなにきれいに表現されることを悔しく思うと同時に、さすが!と思い、こういう鴻上さんの感覚や思想がワタシは好きだったし共感していたんだ!と再発見し、今このテキストを読めたことに感謝の気持ちが湧き起こりました。 この気持ち(お礼)を、ロビーに立つ鴻上さんにお伝えしました。 感極まって何言ってるのかよくわからない感じだったかもしれませんが^^;、鴻上さんが手を差し出してくださって、とても嬉しかったです。 昔のワタシだったら、こういうチャンスを生かせませんでした。そしてひどく後悔するというね。 プラスの感情や自分の感謝の気持ちについてはちゃんと人に伝えていこうと、すぐに行動に移すようになったのは、やはり3.11の影響が強いかもしれません。 お友達含め多くの人は3.11で変わったと言うけれど、ワタシは(手術・入院した際に大きく変わったけれど)何も大きく変わってはいないなぁ、と漠然と思っていたのですが、そんなことはなかったことにも今さらながら気づかされました。 劇中のダンス、演武、わずかな暗転中に全員が立ち位置についていて明転すると舞台ができている感じ、役者さんの台本なのかアドリブなのかよくわからない掛け合い(←楽しい)、デカい音楽、派手な照明、最近の技術駆使した映像etc...久しく観ていなかったので忘れかけていましたが、(会場こそ大きいし規模感は全然違うけれど)小劇場演劇だよ!!!、これだよ!!!と、とても満たされた気持ちにさせてもらいました。 ものすごく笑って観ている自分がいました。 演劇ってスゴイじゃないか、と改めて思うのでした。
2011/12/30

30ヶ所(!)すべて訪れないといけない、大変なスタンプラリー(苦笑)。 成した方、いらっしゃるのでしょうか?!
2011/12/29

ビリヤードのお友達から、いただきました♪ そういえばワタクシ、経理の人なんだわさ。 歴史好きで経理の人の必須おやつ、コインのビスケット。 永楽通宝。 いわずもがな、殿の旗印です。 室町幕府は銭を鋳造しなかったので、明の国から大量の銭を輸入して流通させていました。中でも信頼のあったのが永楽通宝でした。 「永楽」は殿の思想にも通じるから旗印にしちゃった、といったところでしょうか。 最も古い貨幣は「和同開珎」とワタシの時代には習いましたが、平成10年に奈良で発見された「富本銭」が、和同開珎が作られた708年(和銅元年)よりも古いことが明らかになっています。天武天皇の治世で作られているようです。 ロマンですね~。 エース家紋の方は、まだ食べてないよw
2011/12/28
ワタクシの小さいながらも大きな(って、どういう意味だよ、と突っ込まないでください)ライフワークであるオタク道において、ちょっとビックリした、でも予想はしていた、しかしながら脅威すら感じる出会いがありました。 すっげぇ、共通の知人に話したい(苦笑)。 年末にボーともしていられないのですが、あまりに衝撃すぎて、ちょっと立ち止まってしまった・・・。 ワタシのテリトリーとはだいぶ重ならなく、重ならなくて良かった・・・!とヘンなところで見栄っ張りさ炸裂&安堵。←ダメぢゃんッ このところオタク道を神棚の上に上げていたのですが、「それじゃあかんわ」と思い始めました。。。 うん、まあ、もっと自信持っていいんじゃね?ということでもあるのですが。 ワタシって、つくづくフツーの人だわー、、、、、、。
2011/12/27
お勤めを始めてから、毎年思っていました。 「クリスマスケーキを販売するアルバイトをやりたいな...」と。 というのは、あの赤い衣装を着たいからっ! お金がほしいとか、そういうことでは全くなくて。2,3日のバイトだし、ケーキ販売だけだし、機会があればやりたいな~と思っていました。 あるところで、「24日は(サンタの)帽子があるから、それをかぶってね~」と言われていまして、かぶりものが好きなワタシは楽しみにしていました。 24日、そこに行ってみると、「ナカジさん、これ、着る?」と手渡されたのが、サンタの衣装!!!! 上下ではなく上だけでしたが、白いボンボン、白い襟、白い袖口の赤い衣装。 赤いスカートはないけれど、ウン十年生きてきて初めての経験に、『ジーン』。 早速着て、鏡の前に立ったワタクシ。 ・・・ワタシのメガネがこの衣装には合わないッ!!! 小姓の衣装でもメガネをつけているワタクシ。(プロフィール写真参照) やはりコンタクトも使えないとヲタとしてはダメ?と思うのですが、コンタクトは怖くてねぇ・・・。 「帽子は無理してかぶらなくてもいいよ」と言われ・・・そこからもわかるとおり、他の方はクリスマス仕様なエプロンや衣装をイヤがっていました(苦笑)。ワタシはメガネの合わなさ加減にちょっと悲しさを感じ、帽子はかぶらなかったのですが・・・かぶっておけばよかった・・・と後悔。 そして、写真を撮っておけなかったことも、ちょっと後悔。
2011/12/25
いつもお邪魔している税理士さんのブログで、くめ納豆がミツカンに買収されていたことを知りました。しかも、2009年! もう2年も前だ! どうりで、「あ、CMやってる。もうかってんの・・・?」と思ったわけです。 納豆好きなワタシが最も嫌う納豆が「金の粒」「におわなっとう」シリーズ。 粘りがヘンだし、納豆を食べている気がまったくしない。ゼリー状のたれについては、ゼリーが完全には液体化しないので、味がまばらに。豆から発生する粘る糸でゼリーを分解したいのでしょうけれど、そこまで粘らないし。 そんな会社に、ザ・納豆の会社が買収されるだなんて・・・。 ついでに、「なっとういち」の旭松も、ミツカンに納豆事業を譲渡していた・・・! ミツカンが、「金の粒」、「味道楽」、「なっとういち」を同時並行に販売するんですよ、、、。くめ納豆となっとういちが、同じミツカンの枠内で扱われるのですよ、、、。 くめの負債額が110億円。 旭松の譲渡額が14億円。 ミツカンにはそれだけの財力があるし、危うい会社の危機を救い、雇用を守ったという点では素晴らしいことなのかもしれないけれど、どこか不具合感が^^; そもそもの買収理由は、(小売店での)過剰な価格競争によって利益を出すことができなくなり、業界全体が苦しくなったことによるらしい。そうですよね、最近では3個パック58円なんて値段もあって・・・規模の経済が働いて価格が安くなる相当金額ならいいのですが、モノとしての価値を認められていないような破格な安さは、ヒトの気持ちを鈍感にさせていく気がします。「安いからいいわ!」ではないんですよ・・・。 ミツカンによる納豆市場寡占が進行していくのは、ちょっとイヤです。 全国各所に、一種類の納豆だけを作り、毎年の納豆品評会で高評価を得ている中小の会社は全国にたくさんあるけれど、頑張って作り続けてほしいと思います。 そういえば、食べた納豆で日本地図を描こう(=47都道府県分のパッケージ集め)なんていうアホな計画をたてたまま、全く進んでいません>_
2011/12/18
二つの試験前後からドーーーーと勢いで過ごしてきました。 気持ち的にイロイロいっぱいで、それをテキスト化できないココロの状態というのは、あまりよろしくありません。 ようやく、一人で落ち着くことができて、だいぶ嬉しい年末。ちょっと生活を立て直したり、身体を整えたりしないと、です。 身体がおかしくて、まず一ヶ所、検査に行ったのですが、たぶん、大丈夫そう。ということはもう一つが原因か?ともう一ヶ所で検査すべきなのですが、腰が重い・・・。 地元のお祭り(4月)の委員会が始まりました。 ビリヤードチーム戦の、リニューアルチームができそう。 決算だ。 例年のごとく、年明けから決算が終わる6月まで、またドーーーーっと過ごさないといけなくなりますからね。 ワタシのキャリア設計をちょっと変更しようかな、と思っていたり。
2011/12/17
先週に引き続き、受験。 マンション管理士の勉強に注力していたので、過去問一回し、契約・規約部分を二回し、しかやっていないワタシの感想です。 仕訳までの最初の16問くらいは、だいぶ易しかったのではないでしょうか。細部をつつくというよりも、概論的な、おおまかな正誤を問うような、一般常識でも対応できるかもしれない的な問題でした。 その後からですよ、ワタシが困ったのは^^; 一通り終わって、ざっと(マークシートの)解答用紙を眺めて、「2が続きすぎてるな、この辺、見直さないとだめかも」とか「だいぶ3がないな」とか(滝汗)、もう、資格試験を受けている人の勘的な部分で救われたり(苦笑)。 わからなくて悩んだものは、問題の言葉使いや、数字の使い方で判断したり(汗)。あるのですよ、妙に断定的な文章は×とか、数字が出ている選択肢は一つしかないからこの問題の流れからすれば○だ、とか(苦笑)。 一番悩まされたのは、問39。どっちだ???と悩んで捨てた方が正解っぽいorz 仕訳問題について、マン管と主任者は質が違いすぎです。なぜにこれほど難易度が違うか!と思います。 マン管の方が、仕訳は面倒です。修正仕訳を求めているはずなのに正しい仕訳が正解だったりして、けっこうやっかい。修正を求めているのか、修正後の正しい仕訳を求めているのか、問題文がわかりづらい。「それ、修正仕訳ぢゃねーよっ!」と怒ったことが何回か^^; 主任者の仕訳は普通に企業会計と同じなので、勘定科目にさえ注意すれば問題ありません。 マンションの管理組合の会計のことをやっているわけだから、立場がマン管だろうが主任者だろうが、同じだと思うのですがね。 おそらく、合格しないでしょう。 まあ、4か月でがんばったところです。時間を費やしただけ報われる試験なので、そういう意味では完全に勉強不足です。物理的に日数が足りないし。 終わった後で、予備校が配っていた予想論点直前チェック等の配布物を眺めたのですが、L社の論点(点検や検査に関すること)、全く出ていなかったですね。D社の区分所有法については出ていましたね。 直前はいろいろなものに手を広げたらダメで、自分が信じているものしか見ないのが基本です。だから終わった後に楽しむのです。 マンション管理士、管理業務主任者ともに、ワタシの日常で必要な情報なので、毎年新しい知識を得るのもいいではないか!といった気構えで、来年、また受験しようと思います。
2011/12/04
*「基本的に過去問しかやっていなく、予備校の"仕上げコース"を受けた」というスタイルで勉強してきたワタシの感想、です。ちなみに、一年間、管理組合理事長をやっていまして、この試験の存在を知り、集大成として受けてみることを決めたのでした。 より実戦的だったのはないかと、思います。 知識だけ持っていても、使いこなせないと意味がないのはどんなツール(資格)でも同じことです。たとえば、「こういう劣化症状が出ています」と発言するだけでは管理士としてはダメで、「それにはこういう対処方法があります」といったことを提案できないといけない。 そういう応用部分、一歩先の能力が要求される内容だったのではないかと思います。 団地関係がいくつあるか、という図から求めさせる問題。 これは、新しかったですね~。 けれど、より、実戦的です。→間違えた。これについては解説が欲しい! 団地、苦手でやってたんですが、苦手なものはやはり応用が効かないorz 貯水槽水道についても、一歩踏み込んだものでしたね。→合ってた。 東日本大震災については予備校でもチェックが入っていました。 他に、マンション(住まい)に関することで今年の大きなできごとは・・・と一年を振り返ってみると、「そういえば節電があったではないか!」と。けれど、手を回せず・・・出ましたね、節電に関することが。 でも、これについては、マンション管理という観点でこれを正解肢として置いてしまうのはどうなの?と思います。 ベランダはいざという時の逃げ場になるため共用部分です。涼を得るためには相当数育てないと効果はありません。そうすると、いざという時、ゴーヤが邪魔で(笑)逃げ場になりえないですよね。 ベランダ菜園は実はトラブルが多いです。排水管がつまったり、葉が隣に散ったり。例えば芝生を敷くには、コンクリートを傷めないために耐根処理とか水を浸透させない処理をしないといけないですが、そういったことがどれくらいなされているか・・・。 ということで、この選択肢を正解肢として置くのは微妙な気がするのです。 東日本大震災の影響がある問題は随所にあり、それがいろいろな論点に組み合わさっていました。被災区分所有法で、あるいは円滑化法で、といった一つの論点だけで出たわけではなかったのが、ちょっと困難さを感じました。 技術的なことよりも、民法の観点(法律家としての観点)が問われる質でしたので、過去問だけではつらい部分ですね。→いろいろ、、、 設備は、過去問で対応可能な感じでした。 適正化法部分は正答率高いでしょうね。→全問正解。 今までの試験は、民法、区分所有法、規約etc.といった論点ごとに割と分類されている問題の在り方でしたが、今年は、ダラダラと民法&区分所有法が続く、みたいな印象でした。だから、読み込ませる問題が多く、短文のものが少なく、時間とりました。。。 自信がないものが合っていたり、自信あったものが間違っていたり、終了5分前に直したものが合っていたり^^;、これだけ合ってるんだから合格してほぢい~というのが正直なところ。 半端にできている方が、再勉強は大変なのですよ。
2011/11/28
予備校の解答速報と照らしてみると・・・ 微妙な(推定)得点で、合否の可能性が全くわからないっ!!!!! 全然ダメで落ち込むか次に進むかの自分しか想像していなかったのでちょっとビックリ(滝汗)。 いや~~ッ、合格発表までドキドキで過ごさないといけないぢゃんよー!!!!! えっと。 割と自分的予想通りの問題でした。 ワタクシ、けっこう運がいい方で(資格試験は運も大事なのです)、直前に見ていたものが出るとか、苦手で繰り返していた論点が出るとか、あるのです。 そして、苦手で30分前まで繰り返し見ていた論点がトップに出て、ラッキーとは思えても、その論点をちゃんと消化しきれていなく、危うく、やっぱり落としているという・・・(汗)。 また、その角度で来たかっ!みたいな、試験中についニヤけてしまった問題もあります。 そういうのは、間違っていたり、合っていたり。 今回は、過去問からちょっとひねられた問題が多かったし、読み込ませるある程度長い文章のものが多かった気がします。なので、過去問だけでは、ちょっとキツイですね。これらの論点がレギュラーコースで扱われていたのかが、興味深いです。 ワタシの試験教室だけかもしれませんが、40才以上男性率高ッ、でした。 120人くらいの中で女性は10人くらい? 監督官による説明がひととおり終わって、間もなく解答用紙が配られるという段階(以降基本的に試験終了まで離席不可)になってトイレに立った15,6人はほぼ50才以上で、男性のみ。女性はイザって時にはドンと座っていられるものです(笑)。 そして、「この人たちは、この試験、何のために受けるんだろう?」と眺めていました。 国家試験なのにこの資格でないとできないコトってないですし、これで再就職できるとも思えないし、、、ナゾです。ワタシが知らないだけ? まだ、一つ、試験があります。
2011/11/27
立場の異なるA、Bという二つの国家資格をとろうとしていたのですが、Bを切り捨て。 受験料がもったいないので、たぶん、Aの試験後に一週間即席で勉強して、Bも受験するとは思いますが。だって、Aの合格率は数%だけど、Bは20%くらいあるから(苦笑)。 予備校の講義はA、B共通で行われています。けれど、AとBとでは立場が違うから出題される問題の質も違うわけで、Bの過去問をまーーーーーったくやっていなかったワタクシは、Bの初めての答練で全然ダメだったわけです。 Aでなければできない業務はないという意味で国家資格としてのAの存在感の微妙さ、Bでなければできない業務がある、という観点から、最初はBをメインにしようと思っていました。けれど、もともと受験しようと思ったきっかけはAだったし、ワタシが勉強しているのはBの試験対策にはなっていないということがわかり、Aに注力しよう、と。 なので、Bの全国模試は棄権。模試を受けているよりAのための勉強をした方が効果的だと思ったから。 そのAのための勉強ですが、勉強量が全然足りないことは痛感しています。いや、勉強量が足りないというよりも、知らないことがまだまだある、ということ。 ほぼ独学なので、予備校でイチから勉強している人とは持っている知識の質にだいぶ差があります。テキストを読んでいるだけではわからない枝葉を直前期に知る、というのは、もちろん知らないよりは良いけれど、もっと前から知ってたかった!と強く思います。 予備校はダテじゃない(苦笑)。
2011/11/21
中学生のとき、記憶に関して、はじめからおわりまで5回繰り返すと覚える、という自分の特性を把握しました。 記憶させる行為限定ですし、この回数は人によって全然違うでしょう。 なので、試験で記憶しないといけないことに関しては、1冊まるまる5回音読することが基本なわけです。 ところが、この試験について、テキストを5回読んでも身体に入った感がない^^; 記憶がきちんと問題と結びついているものもあれば、『どっちだったっけ・・・?』と曖昧になることも多く。年をとったから記憶力が劣ったという感じは持っていないのですが。 そうして受けた答練1回目は23点。 それからかなり力を入れたこととこれまでの積み重ねの効果か、答練2回目は31点。30点を超えて、ようやく土俵に乗れた感じ。 2回目では、25問解くのに試験時間の半分を消費しました。最初の25問は内容的にボリューミーということもあるのですが、戸惑っても、一般常識も併せてじっくり考え、○なら○、×なら×の根拠を作り出していたせいかと思います。半分の試験問題を試験時間の半分を使ってしまっても後半で見返す時間はあったので、試験時にはじっくり取り組もうと思いました。 根拠が作れる解答は強い。だから、この根拠を作れるべく条文暗記する、でも暗記するだけではダメで「ということは」という展開をできるようにしたいのですが。 が。 予備校の答練、どーも本試験とはちょっと違う感じを受けるんですよねぇ、、、^^; 第1回目なんて、面くらいましたよ、、、。 なんていうのかな、ひねくれてるというか、、、過去問とは異質なものに感じまして・・・毎年そうなのかな・・・? 過去問って、ひねくれている印象を持たないんですよね・・・。 知識を問うている、という意味ではひねくれたものができれば本試験はクリアするでしょう、という考え方・・・? うーん。
2011/11/06

五反田に行くと必ず立ち寄るコミュニティ・ストア 五反田 リカーランド店。 おじちゃんがとてもにこやか。いろいろなもののチョイスが、失礼ながら年齢とは不釣合いというか・・・(良い意味で)敏感であり、前衛的な方なのかもしれません。 その日は、「人気のグールマンドーナツ取り放題」というのをやっていまして、けれど、自分で取るわけではなく、レジで取ってもらわないといけないし、1個あたり120円だし、というスタイル。 肉まんの袋に入れられたドーナツ(笑)。 オールドファッション これがものすごくおいしかったです。ミスド好きなワタシですが、それよりも、そしてこれまで食べたオールドファッション系で一番おいしいと思います。 冷蔵庫に入れたまま食べ忘れ、翌日に食べたのですが(←最低)、しっとり感が失われていなく、生地全体がサックリふんわりでバランスが非常に良いです。 ところで、グールマンって・・・? 検索すると、岩手県のパン屋さんしか出てこないのですが・・・そうなのでしょうか・・・??? 他県のスーパー、ショッピングセンター系でも、このドーナツ販売を時々やっているようなのですが・・・。 店員さんに聞いたときには、次にいつ販売するかは決まっていないと言われまして、全種類、買っとけば良かったな~と。 ご存じの方、教えてください。
2011/11/03
久々な「受験票」。 これくると、いよいよと思いますね。いつ以来だろう、、、電卓検定かな? 初めて、「○士」を検索してみましたが、市あるいは県ベースで連合会的なものがあることに驚きました。 実は、「○士」しかできない仕事というのはありません^^; 書類に、「○士」のサインがないと受け入れられない、なんてものもありません^^; けれど、なのに、活躍している方がけっこういらっしゃるんですね~。 ワタシはこれで仕事をするというよりも、日々に使えるので、とりたいのであります。 「○士って、××より難しいそうですね」と言われて(まあ、そうは言われているのですが)、負けず嫌いで見栄っ張りな部分が、また、頭を出してきたのでありました。(←アホ)
2011/11/02
1回目の答練。 あまりのできなさ加減に、落ち込み。 でも落ち込んでいても仕方ないので。 それに、答練はあくまで予想問題で、本番でとれなきゃ意味がない、と開き直ってみたりもする(苦笑)。 これが2か月の実力?って感じで(汗)、当然といえば当然か!
2011/10/28
試験まで一月をきって、追い込み期。 久々な緊張感です。 とても近いトコロにいるという意味で、多くの受験生よりもアドバンテージがあると思うのですが、苦手な部分もあるわけで・・・。 過去問は何周りかやっていますが、初めて、ある年度だけを出題順に説いてみましたが、合格ライン一歩及ばず・・・。あるテーマごとにまとまった数の問題を解いているとできた気になるけれど、いろんな順番で一個だけ出されると戸惑う・・・。いつも解けてる問題が惑わされたり・・・まあ、つまり、まだしっかり入っていないということなんですが。 ガンバレー、自分。 そんな中。 研修&実務経験として通関士のお仕事を探しているのですが、求人はあるけれど税関に出向くために要普通免許(社用車運転)が多いです。 免許はあるのですが、運転が・・・税関なんて湾岸地域とか倉庫街とかで、車の運転そこそこ以上じゃないと走れない地域にあるじゃないですか。しかも駐車すること(縦列とか車庫入れとか)必須ですよねー。やー、そのためにペーパー用の教習所に通おうかと思ったり・・・。 今は受験勉強中なので、順番としては後になるのですが・・・。 自転車、ダメですか(笑)?
2011/10/27

宮前区で人気の居酒屋さん。 すぐ出てくるだろうと注文したら、茹でる工程から始まっていた枝豆。 だしがしっかりしていて、割と濃い目の味が大根にほんとーに染み込んでいるおでん。(この大根が名物のようです) お魚はその日仕入れたものを、刺身と塩焼きに使っている鮮度の良さと懐の広さ。(写真がダメ・・・) トロン&プリン&ふんわりでアツアツな出し巻き卵。 つまり、素材がちゃんとしていて、それぞれに適した手がかけられたお料理です。 メニュー数が多いとはいえませんが、通いたくなるのが、わかります。 今、こんなイベントをやっています。 http://www.miyamaeku.com/index.php 【負けねぇぞ気仙沼】震災復興祈願酒というお酒を、せいやさんでも取り扱っているのですが。 「気仙沼で営業していた酒店がなんとか営業を再開したので、この酒店のオリジナルラベルの日本酒を飲んで応援しよう!」というものなのですが、気仙沼の酒蔵復興を応援しよう!ではないところに注目。 お酒は酒店ではなくて酒蔵だと思うのだが。とかイロイロね。 キリリとしたスッキリ感はない、甘口のお酒でした。 この日食べたお料理には、辛口スッキリな方が、合いそう。
2011/10/26
「一つの案件について、5パターンが考えられる。それぞれのパターンの予想収支・BEPを出して、判断しよう」ということで5パターンの収支を出すのがワタシの宿題となりました。 打ち合わせの場で5パターンの収支予測表を配ろうとしたところ、「状況がちょっと変わってね」と状況説明が始まりました。 イェイッ! そうして、5パターンの収支云々とは違うところに話は進み、カラーコピーした収支計算書は日の目を見ることなくサラ~リとゴミと化したのでした。 収支出すことにとてもつもなく汗水たらすなんてことはしないし(笑)、ワタシにとってそんな労力使うことではないから、流された&全く何にもなかったことになっている感じは別にいいんですが、正直、「よくわかんねぇ~-_-;」な感じ。 刺されっぞ、と思ひますね(笑)。 ワタシなら「せっかくやってくれたのにごめんね~」とか(打ち合わせまでに)「今やってもらってるコレだけどムダになりそうだからやらなくていい」とか、フォローするもんね。
2011/10/24

シンプル&ナチュラル&上質を提案する雑貨屋さんのカフェ部門。 お好きなケーキ4種で1000円、というお得なもの。 ちょっとコクのある感じとシンプルさと甘さとのバランスが、ワタシ好みではありません。だって、「コージーコーナーのケーキを食べたくて出かけたら、リフレッシュオープンしたミニショッピングセンターからコージーコーナーは消えていた」という残念なことに遭い、代わりに買ったものだったので・・・おわかりいただけますかね。 コージーコーナーのケーキが食べたかったワタシにはちょっと物足りなかったのでした。。 でも、マンゴープリンはおいしかったです♪
2011/10/23

いただきもののお菓子『富樫の里』。 取り出したら、思いもよらず九曜紋との出会いが。 平安時代中ごろ、藤原利仁の後裔・家国が、富樫郷野々市(金沢)に住まい、富樫を名乗ったそうな。 富樫氏は勢力を伸ばしたけれど、室町末期、加賀一向一揆によって滅亡したそうな。 けれど富樫氏は、野々市を、加賀の政治・文化・産業の中心として栄えさせたそうな。 一揆によって滅亡した---信長が天下統一をめざしている機をとらえた富樫晴泰は、一揆勢から離反し、信長に呼応したそうな。けれど、一揆勢に包囲され、自害させられたよう。 さて。 加賀で藤原でなんで九曜?というところから調べ始めたのですが。。 富樫氏。。。 八曜紋のようですが。。。。 これはどう見ても九曜紋。。。。。(だよね?!) これも八曜紋なの??? あるいは(この)富樫氏は九曜紋なの???
2011/10/15
仕訳を終えた支払について、「金額が●円少ない」と問い合わせが入った件のつづき。 その日の夜中、メールが入っていました。 記帳したらちゃんと入っていた、と。 ・・・・・・・・・・・・。 1.えっと、、、「●円足りない」と言われた根拠はなんだったのか。 2.記帳する前に問い合わせを出すか? プライベートでもそういう経験はあるけれど、自分の確認すべきことは相当にしっかりやってからしか、問い合わせは出しません。(もちろん、少ないときだけでなく、多くもらっているときもちゃんと問い合わせをします。この正直さ、大事なんですよ。) 3.スタッフからドヤ顔で「金額が足りないって言ってる」とメール文面を見せられたのですが、「ちゃんと記帳してみた?」といったスタッフによるフォローは無かったのぉ? 4.ワタシからスタッフ経由で入金確認問い合わせを出す際には、しっかり確認してから、さらに"●時時点で"と付け足して問い合わせます。それでも「本当に入っていなかったか?」と聞かれるのにさ(苦笑)。 と、まあ、疑問はイロイロあがってきまして・・・「●円足りない」という根拠を求めるのは、もう、城外城外城の外ッ、としてよっぽどスタッフから信頼されていないってことなんでしょうか(苦笑) まあ、世の中複雑系、ということで。大波にもまれてブクブク言っていようと思います。 「●円少ない」の根拠、スッゲー気になる(大笑) 入金確認は記帳前提なので、みなさん、気をつけましょうね。 ちなみに、連絡をもらったからといって、気を抜けないワタクシ。 本当にちゃんと定額を支払ったよね?と通帳見て確認しないと、安心できません(苦笑) ワタシはワタシがやることちゃんとやれてて良かったです。 マジで、仕訳終えてるのに支払い金額間違い発生って、「ワタシ、どんだけーーーー!」と思っていたので(汗)。
2011/10/13

たぶん最終回。 改めて、PPMを作ってみました。 社長:うまくいっているか→成功するか(したか)否か 経理:正しいかどうか→品質大事 捉える観点がちょっと違うのがフツウなんですが、ワタシが品質重視になる理由がこのPPMを見ればわかるね。 ってゆーか、そもそも経理という範疇を超えているんです。日々の活動をお金的に記録する経理の仕事から、総務、法務、経営と、幅広いんであります。なので、「品質」を求める一方で、「ホントに儲かんの?」と諸案件に対して思ってまして、それはCFOとしての役目です。 さて。 <単純作業><現場とのリンク><経営>はそれぞれかぶるモノがあるのだけれど、<単純作業>と第4のボックスとはかぶりません。おもしろいですね。(おもしろいのはワタシだけか。) 左下から時計周りにまわっていくんですよ、決算まで。スキル度高いけど貢献度低い決算。会社の成績表を作る経理のメインイベントという意味ではここだけ孤高というか、しかしカオスというか^^; 自分の仕事をこういうふうに捉えたことがなかったので・・・おもしろい気付きがポロポロと。。。つまり、PPMそのものじゃん!、と思ったのでした。 まあ、今回のいろいろなミスは、「人間は忘れる生き物である」ということでしょうか。(そういうまとめ?!) と思ったら。 定額を振り込んでいる個人から、「いつもより金額が少ない」といったクレームがスタッフを通じて入りました。 もう仕訳を終えているんです。そういう時には仕訳で気づくのです。が、普通にこなしていたし、資金繰り表も差異なかったし、『一体なにで?!』と驚きつつ、『あり得ないよなぁ・・・』と自分に苦笑い。 けれどそんなことをスタッフに言ったところで通じないことはわかっているので、ワタシの意見は何も言わずに確認するまで保留扱いに。 いやー、マジで支払い金額が間違っていたら、ちょっと、自分、ダメすぎます。 たとえ支払い時に間違っても、仕訳時で気づかないといけなさすぎます。これまでもそういうことはありました。間違った金額を支払えば、仕訳ができず、だから、仕訳時に気づき、すぐに対応してきました。 ちょっと、ヤバいです、自分orz やっぱりつづく。
2011/10/11
自分PPMの表に、ワタシがミスをした給与計算にかかる業務内容がないッ! オーマイガーッ、です。 <労務管理>に含まれるっちゃー含まれます。会社によって人事で計算するところもあるし、経理というより人事の領域だと、ワタシも思いますから。けれど、今回のPPMを書いてみるにあたって、これを落としていること自体がいかんのではないかと、、、。 うーん、スキル高い寄りの<単純作業>かなぁ??? 印税他各種計算書と同じ内容な気もするのだが・・・。 こう、グルグルしていること自体がダメぢゃんッ@_@
2011/10/09

ワタシの業務を挙げてみました。 月の一定時期に行うもの、半年に一回のもの、年に一回のもの、あるいは四半期に一回のもの、さまざまです。 (手書きで汚いのは置いといてください、、、。) PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)という、自社の限られた経営資源(ヒトモノカネ)をどのように配分すべきか、あるいはどのように組み合わせればよいか、を考えるものとになりそうな資料があるのですが、それを参考に、自分PPM。 一か月のルーティンも日を追って書き出してみましたが、それはいろいろ支障があるので出しません。 注力したいのは<経営>であります。(利益計画は場外。) 普通、<単純作業>に80%がとられると言われますが、ワタシはそこまでかけていない気がします。<単純作業>にあることの繰り返しで、決算が成り立っているので、一定の基準でサクサクやっていくだけ。しかし、実はそれほど侮れない量はありまして、その単純作業を標準化はしていなく、これを標準化(=ちゃんとルーティン化)すればワタシが専門化に動ける・・・? <現場とのリンク>内もルーティンは多く、それも標準化すれば、円滑に行える・・・? いつの間にか、ルーティンがルーティンでなくなっていたということか。 追われている感がある日々から解放されないことが原因かなー。 ルーティンを明確化させれば安定するかなー。 あとは現場とのリンクがまったく成立していないことが原因か。 こっちばかりに記憶を押しつけんでくれ、とちょっとイヤなのよね、、、。現場の領域で決まっていること前提なのに超ぼやーんとした状態で投げられたり、、、。(そういう時はカンが働くので、整ってきそうな感じまで無視するんですが。) 不毛なやりとりを減らしてほしいのだが・・・。 このストレスが一番なんだろうな、と思うです。 それでも、例えば会社が波に乗っている場合には、勢いでこなせていけるかもしれませんが、伸び悩んでいたりすると下降線を描いていくだけでしんどくなるというもの。本当は逆で、伸び悩んでいたりする時にこそ、フラットにこなしていければいいことはとてもよくわかっていて、『そんなに大人じゃねーよッ』と思ったり、他人にだけフラットさを要求すんのもふざけてる、と思ったり、するのです。しかも、自分ではハンドリングできない範疇のことばかりを主業務にしていると、余計にね。
2011/10/08
このところ、経理的ミスが大きく、後の処理が大変です。 ・手形取立ミス→支払期日超えていました。小切手と違って、その日(とか前日)でないとダメだったんですよね・・・。期日変更してもらいました・・・。 ・給与計算ミス→立て続けに。最初は住民税、次は社会保険料。6月と9月はそれぞれ変更があるからやっかいなんですよ・・・。3社分の経理をやっているのですが、2社は東京都、1社は他県。なので、他県なのに東京で見ていた、とかねorz ・ネットバンクのログイン&取引PWミス・・・3ヶ月おきくらいに、強制的に変えさせられ、その都度メモを重ねているのですが、メモが間違っていたのかアクセスブロックされました、しかも月末を前にして!→ブロック解除と再設定しましたよ・・・。意外とすぐにやってもらえ、しかも、「解除・再設定終了しました」と電話連絡が来て、ある意味ビックリしました。 中でも計算ミスは、ワタシにとってかなり痛手でした。 計算ミスって、信頼関係が崩れますよね・・・。経理がやることだから大丈夫だろう、とヒトは思うわけで、修正の修正で修正を重ねれば「ホントに大丈夫?」と言われても、何も言えません。 なので、ちょっと立ち止まってみました。 ワタシの仕事、あるいはワタシ自身が、どこか崩れているのではないかと。 つづく。
2011/10/07

入れ子構造のランチボックス、スプーン、お箸♪ 今使いまわしているお弁当箱に飽きてきてしまって、、、。 密閉性はないのですが、冷凍・レンジ可だし、入れ子だから持って帰ってくる時にコンパクトだし、まあ、いいかな、と∩(^(エ)^)∩ 先日、お昼を食べようとしたら、お箸の先が欠けていました( ̄∀ ̄) 置いておいたら欠けてるって、意味わからん('・(ェ)・`) モノが壊れること自体は自然なことなので全然いいのだけれどね。 会社にはマイスプーンを置いているのですが、他の人に使われてしまう・・・。 ワタシんだよっ・・・と超主張したい。 とはいえ、某航空会社の機内食のものなので(ワタシの収集趣味です) 、説得力ないかもしれんが('・(ェ)・`) ということで、小学生並みな、新しいモノ買えて嬉しいの図、でした。 わーい( *'∀'人)
2011/10/02
ようやく、願書二件、出しました。昔はこういうことはさっさとやってしまっていたのに、年を経て、だらけてきてます。有効消印日付ぎりぎりです。 なんでしょうね。 大元の性格はズボラさんとか…? 否定しきれないところがあります。 講義にて、先生が解説します。 「空気中には水分があって、外気との温度差で水が残り、結露する----」 ワタシ、ほほー、なるほどー、と感心。 「まあ、…この辺は皆さん、物理云々ではなくて、小学校で習ったと思うので大丈夫ですよね」 ( ̄□ ̄;)!! ここでもかッ! ホント、何か新しいことを得ようとするたびに、理科的常識を持っていないことがわかります。 ガスコンロには電池が必要とか、蛍光灯には点灯管が必要とか、最近知ったし…。 蛍光灯だけで点ければいいじゃんね。 ガスをつけるのに電気が必要ってのも、ちょっとオモシロイ。 コンビニではさけるチーズが人気なのですが、ワタシは何で割く必要があるのさ?と思うのです。 一手間かけるというか、う回路を通るというか、そういうのが、人間は好きなのでしょうか。
2011/09/28
敬老の日から秋分の日によるお休みまでをシルバーウィークというらしいです。シルバーシートだからですかね。 YouTやニコの動画をiPodに入れたく、奮闘するもむしく撃沈。 ホント、こういうの、向いてないんですね、、、。 携帯に音楽を入れるのも、いまだにできませんorz 書かれている通りやってるのにぃ、、、。 ホントは、動画に、自分で撮った映像をアップしたいんですよww もちろん、まだ動画はなくて、でも撮りたい映像イメージはあるのです。 けれど、まず撮るところからきっと機材がわからないし、撮ったものをアップするのも、なかなかワタシはできないんだろうーなー、と想像できます。 そういえば、前に、ワタシのお遊び動画をスタッフに作ってもらったことがあり・・・餅は餅屋ということで、やってもらおっかな・・・。
2011/09/25
歌詞がサイコーです ブログ内は小さい表示なので、ぜひニコでご覧になって、歌詞を読んでください!! 君だけだよ、おらん♪ I Need You~♪って、、、信長が必死 「三年めの浮気」的。 ・・・とてーも敗北感・・・。 ライブ版はコチラ↓ まさに、敦盛2011なんです。 途中、カメラがヘンなところありますが^^; 他の小姓の耳元でも言ってるんでしょ♪と蘭ちゃんがふてくされてるところの信長、超カワイイ。 城持ち大名になりたいな~♪のところの振り付けがかわいい。 信長の自信満々なドヤ顔や、自信満々な笑顔、好き。 しばらくこれだけでご飯いらないデス~。
2011/09/16
・139~152話 信秀は銭の徴収に力を入れていった。 意足は、今川の石高はそれほどでもないが贅沢できているのは、商人からの税の徴収による、と解説する。 今川は、安倍川上流で砂金採取を行っているが、信秀の領地である木曽川・三宅川では採取できない。その代わりに津島と萱津という湊を持っているが、信秀には不足だった。 意足は、熱田を手に入れれば信秀の力は守護・守護代家を抜く、と進言。 すると信秀は、守護である斯波武衛家、大和守家に対して下剋上などというはやり言葉にのせられた行動をとる気はない、と怒る。 信秀はお金で力をつけてはいるが軍勢を集められる家格をつけていない、力を伸ばすには守護家・守護代家の名で兵を集め、他国へ向かうしかない、という蓬子の見解に、意足は合点がいく。それと同時に、下剋上とは遠い信秀の実情にがっかりする。 5月、田植えの準備が始まる頃、今年は旱魃かもしれないと人々が口にのせた。しかし、弾正忠家領内は潅漑施設が整っていたため、農民たちもそれほど焦ったりはしなかった。 そんな1534年5月、信秀に嫡男が誕生した。 意足は信秀から、赤児の師には早すぎるが自分の連歌の師になってくれ、と乞われる。 連歌の神は天神様で、歌を捧げれば功徳が得られると言われていた。連歌師が戦陣に呼ばれ、和議交渉を行っていたのは、連歌が合戦の呪咀と関係していたからなのだ。 信秀が、神頼みのような、普通の武将っぽいことを言うことに意外さを見、また、ほっとしたりもした。 信秀は、蹴鞠で知り合った人たちと連歌会を催したいと言い残す。 しかし連歌会は実現しなかった。 旱魃の後、長雨となり、大雨は長良川の氾濫をもたらした。津島でも多くの商家が家財を流された。 その頃、意外坊が京から戻ってきた。畿内も暴風雨にやられたと語る。 年貢米の不足を補うために寺社領を横領したり、そこから奪い合いで合戦が生じたり・・・畿内も荒れることが予測できた。 意外坊は、京から、弾正大忠という官職をもって帰ってきた。 この程度の官位にお金を払ったことがもったいないと信秀はふてくされるが、意外坊は、ここから始まるのだ、と諭す。 信秀は、河川氾濫による災害復興に自ら動いた。元々、水害が多い地域であり、修復には慣れている。上流から肥沃な土が流れ込むため、天の恵みとも受け止められていた。 一段落してから、信秀は高札を立てた。
2011/09/15
国家試験用勉強中。 テキスト音読も3クールを終え、過去問の解説とテキストの内容がつながってくるようになりました。 科目の中に、「会計」があります。 これだけは、過去問全問正解です(笑)。まあね、ワタシの専門が企業会計なんで。 しかし、仕訳を知らない人にとっては、非常にやっかいな問題だと思います。事実関係をつかみにくいし、本当の仕訳、その(取り消しの)逆仕訳がわからないといけないし、収支計算書にしか出てこない勘定科目があるとか、収支計算書には影響を及ぼさないものがあるとか、そういったルールを知らないと解けません。 まあ、例年、会計については2/50問なので、この2問を捨てて他でとることも可能ではありますね。ワタシはココで稼いどかないと(汗)、、、。
2011/09/13

鷺沼コロッケ(50円/個)とササミカツ(140円) 鷺沼コロッケなどのお惣菜が人気のお店なのですが。。。 鷺沼コロッケ(ポテトコロッケ)は、味がなく、不思議なくらいに塩味すら感じられないものでした。そもそも、じゃがいもじゃないんじゃないか・・・?と思ったり^^; サササカツの方は、勝手にチーズが入っていてイヤでした・・・。 ワタシにはちょっといろいろ残念でした。。。
2011/09/04

冷蔵庫に鎮座ましましている、川中島産天なりの桃。 これ以上においしい桃はないと、思うとります。 毎年この時期だけの大イベント。 皮ごと食べられます。
2011/08/28

歩き遍路をやっているせいか、四国の四県が産地になっているもの、買ってしまいがち。 身が大きい阿波しいたけを目の前に、これを作りたくなってしまったので、購入。 しいたけの上に和風ハンバーグタネを置いて、グリルしてます。コロン、ぷっくりとできあがりました。しいたけが足りず、残りのタネはハンバーグに。。。
2011/08/24
例年、会社閉鎖的な夏季休業を一週間設けるのですが、今年は都合上、それを設けず、取りたい時に取るという方式にしました。 いや、これが、実はけっこう身体にこたえるのね、、、と思いました。 お盆の時期に一週間くらい休めるというのは、6月くらいから暑さでまいっている身体にとってとても大事なんだな、と。 毎朝、ワタシの身体には鉛が入っているというくらい辛いし、出勤時の滝の汗はイヤ。 来年の夏は会社閉鎖するぞ、と鬼も笑う一年後のことを思うのでした。 お台場でやっているめざましライブ出演者で、まともに知っているのが『名古屋おもてなし武将隊』だけ、って、どうよ?と思いました、、、。 だいたい、なんで武将隊が出てんのよッ! もちょっと前に情報仕入れてたら休みとって観に行ったのに、、、。 名古屋おもてなし武将隊以外のミュージシャンって、有名なんですかねぇ? 名前すら知らない人たちばかりなんですが^^; 売れてるってことなんですかねぇ? 魅力的だわ、とワタシが感じられる人がいないことにビックリです、、、。
2011/08/18
・131話~138話 蓬子は意足に、自分の技を買ってくれ、と持ちかける。 蓬子のような者を野放しにしておけば信秀の敵になるかもしれないが、意外坊との確執が気になる。蓬子は、信秀が立身するまでは彼を襲わない、と約束する。 意足の意識が一瞬ぼやけ、気がつくと、従者が隣に立っていた。 意足は水争いの仲裁を終えて勝幡に戻った。 城には、津島の有力商人たちがやってきていて、中には、以前意足が討った服部家の者も何人かいて、織田家が取り込んだことを察した。 津島天王社の神職が、商人に金をかり、返しきれず逃げたとのことで、信秀は商人たちに、借金の破棄と祭祀復興を提案したという。 意足は、借金破棄と、神職の復帰を公文書で命じるようにと提案する。いざという時に、商人のみならず自社をも味方にする策だった。 三郎に冷やかされた意足が自宅へ戻っていると、蓬子が嫁のように甲斐甲斐しく働いていた。 技を買うということが、嫁にもらう、になっていた。 1533(天文2)年の春、意外坊が都から帰ってきた。 飛鳥井雅綱、山科言継が、秋には下向するという。 表向きは、都の文化を教えてもらうということだが、実際は、和議後交流のない守護代・大和守家と新たな交流を持つことが狙いだった。 それには、弾正忠家はまだ無名のため、大和守家に守護代として使者を立ててもらうべし、と意外坊は言う。 駿河へ下向した経験のある両公卿は招待を喜び、飛鳥井は蹴鞠一式を、山科は和歌についての資料を、それぞれ用意し、家人や警護、荷駄等の隊列を組んで、7月に津島に入った。 信秀が勝幡城に招き、宴を催し、また、新しく建てた客殿へ二人を迎え入れた。 翌日には早速蹴鞠をやった。 そうして守護代家に、公卿らが使者を出した。 ついに、大和守達勝が勝幡にやってきた。一緒に蹴鞠をやり、帰って行った。 その晩、大和守から公卿らへ、蹴鞠のお礼にと太刀が贈られた。それを取り次いだのは意足。 大和守が蹴鞠をやったということは、あっという間に尾張に伝わり、すると、守護代贔屓の土豪らも勝幡へ、公卿らの挨拶にやってきた。 蹴鞠を教わるために授業料を持ってきているため、あっという間に、公卿らの宿所は財物が積み重なった。 平手政秀が見事な太刀を贈ったり、政秀の子供が楽器を演奏したり、津島の有力者たちの子弟が笛を演奏したり、と接待攻勢は続く。 23日、那古野今川氏の主、12歳の今川竹王丸が、太刀とお金を持参した。 竹王丸は蹴鞠の作法を伝授された。 泊っていけば良いと信秀が勧めたが、傳役が丁重に断り、夜道を帰っていった。 見送りながら、信秀は、那古野城からせっかく出てきた竹王丸を討っておきたい、とつぶやく。 意外は、せっかくの評判が落ちるから、時期を待つようにと諌める。 竹王丸はその後も那古野から通ってきた。公卿らは蹴鞠の作法を教え続けた。 27日、公卿らは守護代のいる清須に宿所を移した。信秀、竹王丸も同行する。 8月10日、公卿らはようやく都に帰っていった。 蹴鞠と和歌の催しは、信秀の財力を示す機会となった。そして、大和守との新たな関係ができ、今後の礎になった。そして、交友関係は従来の尾張海西郡、海東郡を超え、愛知郡、春日井郡にまで広がっていた。
2011/08/15
意足が旧東海道を歩く名所巡りや、尾張に戻る旅は、その跡をたどってみたい感じがします。 遠江猪鼻の道(浜名湖)→ 引馬・県居→ 天竜川左岸の宿場町「池田の庄」→ 見付(磐田市)→ 事任八幡宮(掛川市・日坂宿)→ 小夜の中山→ 菊川(菊川市)→ 諏訪の原(牧ノ原台地)→ 大井川(国境)→ 岡部の里(岡部町)→ 宇津の山道(蔦の細道)→ 丸子の藪道 →安倍川 で駿府府中に入ってる模様。(間違っていたら教えてください^^;) また、小川(焼津)→(西廻りの船)→ 大湊(伊勢)→ 市江→(木曽川)→ 津島 で尾張に戻ってきた模様。 7、8年前の「るるぶ静岡」片手に、想像しました。 旧東海道を歩いている方はかなりいらっしゃって、そんな方たちのブログで、とりあえずは楽しんでいます。 ワタシも「伊勢物語」は好きで、意足の気持ちはとてーもよくわかるのでありました。 歴史人的史跡めぐりもそうですが、そこに実際行って・見て・感じるというのは過去(や物語の背景)と同期できていいのです。 歩き遍路が、全体の1/4しかできていないので、東海道を歩くのは当分おあずけです。
2011/08/15
・121話~130話 1532年(天文元年)、意足は、焼津から西廻りの航路で津島に入り、尾張に帰った。 津島の湊で、平手政秀と再会した。 三郎信秀は二十三、四になり、嫁を娶り、守護代・織田大和守との戦いは続いていた。 勝幡城を見て、立派に変化している様に呆然とし、津島・萱津からの収益は莫大だろうことを察した。 久しぶりに見る信秀の顔立ちに、精悍さを感じる意足。 再会の宴で、信秀は、意足と別れてからの合戦話や津島の関税に関する話、西国との交易促進している話をした。 しかし交易による関税のみならず、判銭という、地域を制圧した武士が兵士の乱暴狼藉をさせないようにするために出す札を寺社や民に買わせる収入があるという。 意足は、洗練された今川家領地での暮らしと、比較せざるを得ない。 信秀から、敵と和睦しようと思うと打ち明けられる。 というのも、松平清康が今川と手を結んだことを用心し、尾張者同士で争っている場合ではないと思ったのだ。 和睦は帝にすがる、と信秀は言う。朝廷の台所領や公家の所領が、合戦によって奪い取られているが、それらを取り戻すと言えば、朝廷も和睦にのってくれるだろうと目論む。そして、意外坊がそのために都に行っている。そして、この工作のためには銭も必要だと、信秀は言う。 この年の秋、守護代・織田大和守達勝と正式に和議を結んだ。 とはいえ、守護代家と同調して信秀と戦っていた織田三奉行の一人、織田藤左衛門の配下と、信秀側について地下人との間には争いが続いた。 藤左衛門は、信秀の叔父にあたり、西枇杷島・小田井城主だった。 翌年、田植えのころ、意足が水争いの仲裁のために枇杷島まで出向いた際のこと。 牛を飲み込むという女の見世物(幻術)に遭遇する。 見物人が見物料を投げ入れて去ってゆけば、後に残ったのは意足と従者だった。 蓬子との再会だった。 蓬子は、守護代家で雇われていたようで、しかし和議により放り出されたという。そのため、食べるために牛飲みの幻術をやっているのだ。 蓬子と別れて、仲裁の場所へ向かう途中、茂みから武器で身を固めた者たちが現れた。 水争いの仲裁にかこつけ、小田井領の百姓を手名づけようという魂胆を見過ごすわけにはいかない、と意足の首をとろうとしていた。意足が兵法者であることも調べ済だった。 その窮地を救ったのは、胸騒ぎがしたからとやってきた蓬子だった。
2011/08/14
僧となり、意足坊尊明の名を持った五郎左は、駿河府中へと旅立った。廃寺や短歌の舞台を訪ねる見聞の旅だ。 遠江から駿河にかけては、領主・今川の影響もあって京を好み、都とはどういうところかを話す文化の伝播者は重宝がられた。 今川の当代当主は、15歳。当主に就任してまもなく、子供ならひとたまりもないと戦を仕掛けた者がいた。県居で世話になった鴨江という者は、その1516年の戦いについて思いを語った。 国人領主たちは、今川の国盗りを見過ごすことができず、立ち上がったのだった。しかし、破れ、また、戦のあるたびに田畑を放り出かけるのがツライと嘆く。 そして鴨江は、三河の土豪たちの動きを気にしていた。 三河は今川の侵入を受けたが、本家松平家がそれを防いでいたのだ。 松平家は次郎三郎清康が13歳で7代目を継いだ。若かったが、子供ならちょろいと攻めてきた西郷信貞を夜討ちで破ったのだ。その若い武功者が、いつ遠江に攻めてくるかを心配していた。 当主・今川氏輝は15歳、清康は17歳、最近尾張で守護代と争っている織田弾正忠家の主も17、8歳と、若者の活躍に嘆息する。 意足は鴨江に見送られて、旅立った。 旅の難所では、山賊防止に、旅人同士が団体を組む。 小夜の中山へ向かう意足坊は、「牛」と名乗る者と一緒になった。 牛は旅の絵解をしていると、自己紹介した。九州・日向国児湯郡の生まれで、都万神社の所属、コノハナサクヤヒメの縁起を語っていると言う。 コノハナサクヤヒメは駿河の国の浅間神社のご祭神でもあり、牛と今川とのつながりを察し、意足坊は警戒を露にする。 が、牛は、北条家や甲斐の武田家にも語っているのだ、と言う。 意足坊は、鎌倉時代の北条家がまだ健在なのかと驚くが、今川の守護代だった伊勢殿のことだと教わる。 二人は語りながら峠を下りた。難所はまだまだ続くが、意足坊は、伊勢物語の風景を見られると、楽しみにしている感がある。 出家した身で歌の中でしか知らない土地を実際に見られることを幸せに思っている。 そんな意足坊だから、牛は連歌師・柴屋軒(宗長)と会わせたい、と言う。 意足坊は、以前宗長の従者だったことを明かし、今更恥ずかしく思う。 宗長は最近では寂しい生活を送っており、ぜひ会ってほしい、と牛からせがまれる。 蔦の細道を通り、山越えをし、宇津の里で宗長と再会する。 意足坊は、賊を退治したのに殺生だからと宗長から追い出されたために出家したわけではなかったが、宗長は自分のせいだと悔やみを表した。 それを利用した意足坊は、宗長の庵に2ヶ月くらい留まる。 ある日、牛が、文の使いを忘れていたことを思い出し、大慌てで庵を出て行った。 牛と意足坊は、互いに、また会うだろうことを予感している。 牛がいなくなり、閑散とした庵で、意足は宗長のためにマメな働きをしていたが、老人の鬱がうつることを心配し、旅立ちを決意する。 そこへ、今川家重臣の岡部左京進が、柴屋軒の監視にやってきた。 宗長が意足坊の前歴や兵法の腕前を紹介すると、左京進は興味を持ち、府中に連れてゆきたいと言う。 意足坊も願ったりかなったりで、庵を出たのだった。 柴屋軒から駿河府中までは、富士山を眺める旅となり、意足は歌を詠みながら歩いた。 左京進は、府中には下向した公家が大勢いる、と話す。 都の戦乱等を避け、人づてでさまざまなところへ下向した公家の多くは、都へと戻ったが、駿河に下向した人たちは、京文化に造詣の深い今川家の下で心地よく暮らすことができた。 意足は、なぜそれほど公家を大切にするのか、尋ねた。 左京進の語りから、三河の国司を望む今川が帝の力にすがりたい気持ちが察せられた。 しかし帝の周りでは、安易な官位昇進をよしとしない者もあり、その一人が今川家現当主の母・寿桂尼なのだった。 左京進に案内され、手越から安倍川を渡って府中に入った意足。 府中の街は京にとてもよく似た造りになっていた。 これなら公家が離れたくないのもわかる、と意足は思うと同時に、京と比べてきれいすぎる、と思うのだった。 意足は思う。 「足利将軍家を支える重要な家が帝の権力におもねようとしている」。 下向した公家たちはいずれ京に帰れば、今川の良さを語る。それが朝廷にも伝わる・・・深謀だった。 今川家当主の後見人・受桂尼と、善得寺の僧で芳菊丸(後の今川義元)の教育係をしている雪斎の輿が、大路をやってくるところに遭遇した。 意足は、二か月ほど、左京進の屋敷に滞在した。滞在中、香道や蹴鞠で素晴らしい技を見せ、当主・氏輝がお忍びで見物するくらいの噂人となった。危険を感じた意足は、左京進に別れを告げ、江尻(清水港)へと向かった。 清水は、伊勢の大湊から武蔵品川の湊に至る海の交易路の中間点だ。ここの大商人は津島の商人とつながりを持つ。 意外坊から指定された店に入った意足は、数年、ここを拠点にする。 相模、武蔵にも行った。 その間、柴屋軒が八十五で亡くなった。 柴屋軒に行くと、牛が意外坊からの文を持って、居た。 「帰るべし」と書かれていた。
2011/08/13
もう、コミケなのに、各サイトさんにアドレスが載ってない・・・。 みなさん、参加されないのでしょうか・・・??? なので、ワタシが行きたいジャンルがどの曜日かがわからない@_@ 超情報難民になってます、、、。
2011/08/07
全765件 (765件中 1-50件目)

