Laub🍃

Laub🍃

2011.07.11
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カテゴリ: .1次メモ
極彩色の彼は真っ白な旗を背に立っていた。
宵闇に映える白。
それは母国の国旗だった。
彼は母国に背を向けていた。
これ以上ここに居ても何もできない、そう判断したからだ。
母国に一人残る女王が気がかりだった。けれどこのままここに居ては彼女を守るどころか己の存在が負担になりかねないのだと思い直し、彼は尖った蹄を一歩踏み出した。

砂漠にあるオアシスに育った白い塔、そこを中心とした水の都。
6年前、彼はそこに逃げ込んだ。
そこで出会った女王は、異形の彼を唯一弓で撃たないでいてくれた女だった。

何でもそつなくこなす彼女の前に、本当に久しぶりに立ちはだかったのは強国だった。
家臣たちはみな頼りにならず、彼女は覚え慣れていないあらゆる呪文を駆使して防御を展開した。けれど攻撃を出来ない彼女ができることは限られており、そして結界は日に日に削られ、彼女の体力も消耗していった。少しずつ逃げていく国民を見て、彼女は笑っていた。
「傷付く前に逃げて貰えたほうがいい」と。
多くの家臣は、国民を保護し他の国に連れて行くため、そして自分が生き延びるために国を出た。
それが彼女の望みでもあった。
最後まで残っていたのは彼だけだった。
彼女が初めて弱みを見せた今、今こそ彼は彼女の役に立ちたいと思った。
けれど彼がいかに頑張っても、頑張っても、空回りばかりだった。殆ど効果はなく、無理して微笑む、礼を言う彼女を彼は見ていられなかった。

遂に最後の国民と兵が国を出て、彼はその護衛を任された。

彼女は責任を取ってここに残るのだと言う。

「私が最後にこの世界から消えれば、他の国民は追わないと、そう約束してくれたのだ」


白い沢山の旗が凱旋のごとく彼を包む。極彩色が、青い空と白い旗に映える。


最後まで彼女の涙を見ることはなかったな、と彼は思った。

最後まで彼女の本音を見ることができなかったな、と彼は思った。

最後まで彼女は己に背中を預けてはくれなかったな、と彼は思った。


彼は駆け出す。


破天荒はもとより、常識破りはなんのその。
全て大事な者のために使い切ってやろうじゃないか。

極彩色の体は極彩色の血を流し腕が捥げ片目が潰れ足を引きずって、それでもなお異形たる風格を失わなかった。

「……随分と、小さい王様だな」

異形は見下ろす。色のない瞳で。

「馬鹿な…!我が大国が、あんなつまらぬ国にやられるなど……」
「随分と、人格の方もつまんねえみたいだな、この国の王様は」

しゃがみこんで、指先で丁寧につまみ、驚き戸惑い罵倒を繰り返すそれをぷちりと潰す。

極彩色の獣は、立ち上がって駆け戻った。
白い世界にもう一度戻る為に。あの無機質で、痛々しいほどに綺麗で無害な空間へ。

「……え……?」

確かに元来た方向に戻って来た筈だった。

そこには、小さな泉しかなかった。

「……蜃気楼……だって…いうのか」

呆然と立ちすくむ彼を、補充された敵兵が取り囲む。

「……いいよ、殺せよ」

どうせもう、帰る場所もない。
そう、思っていたのだが。

「とんでもない!現王様は、先代の王様を殺して下さったこと、まことに感謝しております」
「……は?」
「戦ばかり繰り返し、民は疲弊し、兵の数はいくら補充しても足りない所でしたから。つきましては、あなたを傭兵として迎えたく……」

それから先は、ろくに覚えていない。
門の前でぼーっとして、たまに怪しい奴を見かけたら自慢の爪でひっかくくらい。
いつか白い女が自分のもとを訪ねてくるのを待ちながら、ずーーっとずーーーっと、彼は待っていた。
元敵国の代々の守り神扱いされても、ずーーーーーーーっと。

彼には、毎年供物として「白い娘」が捧げられ続けた。
あぶれもの、奴隷として価値のなくなった者、年を取り過ぎた扱いに困った老婆、ときには身寄りのない少年、戦争で体の一部を失った男たちまで。
全て髪を白く染められ白い衣装をまとわされ彼の「家」に向かわされる。

そのどれも彼の愛した彼女ではなかった。
けれど、彼はどの者も丁重に扱った。

そしてある日、その中の一人が言った。

「国を作りましょう」


そうして造られた国は極彩色の国だった。
それは元敵国を呑み込み、のちに世界全てを支配することになる。


…あの小さな泉を除いて。




彼は、今でもまだ、待っている。





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最終更新日  2016.10.13 01:20:22
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