Laub🍃

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2011.08.02
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カテゴリ: .1次メモ
殺らなきゃ殺られる。

私は手の平の2倍はある包丁の柄を握って震えていた。

奴は絶対にこっちに来る。

ぺたぺたという音は、まるで私の不安に呼応するようにして大きくなっていく。

私の隠れるトイレ。友人の隠れる物陰。どちらから来る。

どちらを先に殺しに来る。

いや、どちらだっていい。

どちらを先に殺しに来ても反射で殺し返すだけだ。

失敗したらもう片方があいつを殺す。



皆やつに殺されてしまったのだから。

ここで殺す。それ以外なにも存在しない。わたしには何もない。

ふぅ、ふぅと吐き出す息の間隔が短くなる。

駄目だ。落ち着かないと。殺せない。奴を、絶対、殺さないと。

額から垂れる汗が目に入って痛い。

落ち着け。

落ち着け。

落ち着け。

包丁を握り締めていた左手を解いて、服の胸元を握る。

ばくばくとうるさい。

殺さなくちゃ。



殺そう。

でないと何もできない。

集中しろ。

音が近付いてきた。

こちらから、来る。



私の包丁は驚くほどすんなりと奴の胸に刺さる。

抜いて脚、腕、柔らかい筋肉に刺し機動力を奪う。

けれどやつは死なない。不死身だから。勿論それに対する用意はしてある。

「みんなっ!」

現れ出た皆で、懸命にやつを縛る。幾重にも結い上げた注連縄。

「……宮に帰れ」

結局殺すことが出来るのは、こいつの自由だけ。



宮に皆で行く途中に、一番近くの私に向かってそいつは手を伸ばした。伸ばそうとした。

私はそいつに最後の思い出として手を伸ばしてやった。

もぎ取られてもいい。

それは憐みからか諦念からか愛着からか。

けれどそいつは私の手をゆっくりと握りしめるだけで、そこには微塵の殺気もなく。

「……お前も、ああやってしか生きられなかったのだな」

何故だか、目頭を拭いたくなった。






****************

「理想」という化け物





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最終更新日  2015.08.02 10:38:13
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