Laub🍃

Laub🍃

2012.01.27
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カテゴリ: .1次メモ
 父さんがその人たちを見送るのをはじめてみたのは、たしか2歳か3歳くらいのときだったように思う。

「これが倅だ。勇者、あんたと会うのは初めてだろう」
「か、可愛いなおい…!」
「……!はぁぁ…!」
「撫でていいですか?」
「おう、触れ触れ」

 軽装の少女とゆったりした服を着た女性と薄手の服を着た不思議な香りのする女性。
 その後ろで、勇者は困ったような笑顔でこちらを見ていた。
 撫でくり回されるのが照れ臭い俺と、撫でるのが照れくさそうな勇者様。




 …時が流れ、今は。


「おい、ここがかつて勇者の御用達の宿だったというのは本当か」
「……本当に、昔のことでございます。顔を見た先代も既に他界しておりますゆえ、縁は薄…」
「で、どうなんだ。匿ってるんだろう?」

 聞けよ。

「…見ればお分かりになるかと思いますが」

 つうか家探しの真っ最中だけど。

「この安普請の宿には隠れる所などございません」
「ふん、どうだかな」

 部下に家探しをさせて、自分は机の上の趣味の悪い(父さんが酔っ払って買ってきたやつだ)、置物を弄っている小隊長。……本当に苛々させられる。

「隊長ー!こちらには居ません!」

「ちっ…本当に良く探したのかぁ!?」

 声を荒げる男。
 全く、営業妨害で訴えたいくらいだ。
 そんなことをしたら牢に入るのはこっちのほうだが。

「くそ、この安普請め。歩くたびにみしみし言いやがる」


 出せるのが紅茶くらいで悪かったな。これでも流れの商人から融通してもらってる当店の売りなんだよ。

「それもそうだな、よし、さっさと出るぞ!!!」
「「「おー!!」」」

 おうおう、早く出てけ。こっちこそ願い下げだ。
 礼儀の悪い兵隊どもに内心悪態を飛ばしまくっていると、その中の一人と目が合う。
 長い黒髪を後ろで束ねた、顔色の悪い女だ。

「……」
「…………」
 なんだ。我慢比べか。睨めっこか。
 無表情の女を笑顔で見返す。
「………………」
「…すみません隊長、あと少しだけ良いですか」
「…!」
「…ったく、しゃーねぇなー。5分で済ませろよ」
「ありがとうございます」

 ふ、とそいつが右手の中指に嵌めていた指輪に口づけをする。続けてかり、と手の甲を噛む音。

「あらわれえぬものは、あらわれぬ。
 あらわれうるものは、あらわれる。
 たがよはずれ、すがたをさらけだせ。
 われはそのすがたをのぞむものなり。
 ひとときまことのまどをのぞかせよ」


 指先が指し示したのは、……さっき弄られていた置物。

 それはかたんと倒れ、みるみるうちに姿を現してゆく。


 まずい。




「…やぁだ……男前が沢山いるじゃなぁい」
「……は?」
「ああ、だから言ったんだ!」


 置物の中には、確かに封印されているものが、隠れているもんがあった。
 けどそれは勇者一行なんかじゃなく。

「お、おいっ!なんだこれはぁ!!!」
「何って、美女の幻覚を見る道具ですよ。戦闘中に使うと相手を魅了できますが、普段使えば怪しい店に入っていく必要もなくいい想いを出来ると評判と父が申しており」
「なんでこんなのが正面ホールにあると聞いている!!!」
「綺麗なお姉さん…はあはあ」
「お前も、お前らも正気に戻れ!!」

 小隊長にはやけに効きが悪い。

「まあまあ、皆さん長く探し続けてお疲れでしょう。もう夜も遅いですし、ここでお休みになられてはいかがでしょう?その状態で平原を抜けるのは危ないでしょう」

 確かルーラを平兵士は使えない筈、さっきの魔法使い(美女にめろめろだ)もその状態で一度にこれだけは運べまい。平原のど真ん中、敢えてモンスターの多いところに構え野営する人々をターゲットにしてきたことが功を奏した。

「……代はいくらだ」
「ええ、ただにさせていただき…」
「…とっとけ」
「…え?…」

 じゃらり、と音を立てたそれは兵隊十数人分を補って余りありそうで。
「こっ、こんなにいただいて」
「……悪いな、俺達も気が立ってたから、騒ぎたてちまって。迷惑料とほぼ貸切代っつーことで受け取ってくれ」
「そんな、悪いです」
「いいんだよ。まあ、またここに泊まることがあったらサービスしてくれよ。あともっと種類揃えておけよ、飯。俺は甘いのが好きなんだ」
「心得ます」

 ああ、喜んでしまう己の商人根性よ。









 その頃、宿の裏手では。

「…本当にあいつ、追っ払ってくれるんだろうな…」
「大丈夫よ、きっと」
「…その割にはどんちゃん騒ぎが消えませんが」
「まあ、それにしてもこんな所覗き込むのはどっかの意地汚い盗賊くらいでしょ」
「はぁ!?MP切れの時その盗賊さんに拾った薬草頼ってたのどこの僧侶さんだったっけー?」
「やめ、やめて下さいふたりとも」
「踊り子は黙っててよ!」
「んな言い方はないんじゃねーの?つーか、こんなんじゃいつまで経っても王の野郎にとっつかまった勇者助けに行けねえじゃん」
「いっそ彼らが足止めされている間に行きましょうか」
「こんな戦闘力低いパーティでどうやって平原抜けろってんだよ!これまでだってオレのとった道具と踊り子の魅了とお前の回復でギリギリやってきたのによぉ…」
「ああ…宿屋のベッドが恋しいです…」


*****




この後
勇者側の事情も知った小隊長(短気)が幼馴染(引きこもりから忍者に転職)紹介したり
宿屋の息子が妹に宿を任せ商人はじめたり
魔法使いが踊り子に惚れて勝手についてきたりしたのはまた別の話。





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最終更新日  2015.09.30 00:52:54
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