Laub🍃

Laub🍃

2012.04.06
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カテゴリ: .1次メモ
 この想いだけは、ゆずりたくなかった。



「充子さん」

 さわさわと鳴く草の音の中に突如混じる異音。
 けれどあたしはそれが来ることを知っていたから、何も驚きはしない。
 振り返らずに、静かに落とすように言葉を放る。

「思っていたより遅かったわね、徳彦くん」
「野暮用があったんで。そんで、何ですか用って」

 相変わらず緊張感の無い男。あたしまで毒を抜かれてしまいそう。

「あなた、功江のことが好きでしょう」


 何言ってる、とでも言いたげな様子。しらばっくれないで欲しいのだけれど。

「いつも、功江のものを欲しがっていたわ」
「……他の人のもんも欲しがってますよ。現在進行形で。この間も先輩の女寝取りましたし」

 言っている内容とはちぐはぐな言い方の軽さ。ああ恵まれているということはここまで人をおかしくするものなのかしら。

「……そう。では、その女性が功江さんに似ているのかしら。それとも先輩?功江に似た人から奪うことが楽しいの?」
「こじつけもいい加減にしてくれませんかね、バカらしい」

 いかにも笑い出しそうな言い方に、冷静に、そして真剣に返す。

「そう。本当に、功江の事が好きではないのね」
「…家族としては好きですよ。でもアンタの言うような危ない意味じゃない」

 恋愛感情としてでなくても、危ない執着はあるのよ?

「功江に恋人が出来ても奪うことはない?」

「充たされることはないの」

 人を介してしか何かを好きになれない彼を、可哀想だと思ったわけではなかった。

「……新しいもんを手に入れてしばらくは、満たされてるんですけどね。この間できた彼女も、あと数週間位は大丈夫だと思います。あ、次の彼女に充子さん立候補しません?あんた、誰とは言いませんけど、気持ちが『誰かのもん』じゃないですか」
「遠慮しておくわ」
「即答っすか」



 落ち込んでも一人で抱え込んでしまう功江が愛おしくて、
 そんな彼女を何年間も悩ませている一番の存在があたしだということが嬉しくて。
 絶対に揺るがない罪悪感、謝りたいがためにあたしというものの存続をずっと願ってくれる彼女に、あたしもまた縋った。

「譲られるからつまらないのでしょう?別にいいじゃない、眺めているだけで」

 あたし達のように手に入らないでずっと居れば、厭きることもない。

「あんたの考え、全然分かんないっすよ……あんたはそれで満足なんですか?
 ずっと月を追っかけてるみたいで、疲れませんか」

 呆れた声で呟くそれは大人の男のようで、対するあたしの声は夢見がちな童女のように夜の草原に響く。
 少し演技派を気取って月を見上げる。

 全然違うわ、馬鹿ね。

「譲るっていうことは、諦める事よ。」

さくさくと月に向かって歩く。

歩けど歩けど月との距離は縮まらず、ぢっと光の輪を見る。

「そんな諦めの結果を貰ったって、あたしはちっとも嬉しくないわ」

 近所だから、何かの拍子に会うと、いつも苦い顔で、けれど申し訳なさそうに斜め下を見る功江を思い出す。あたしはその度にやましさと、苛立ちと、そうして支配欲を煽られる。
 あたしはきっと、いつか功江が私と仲直りをしに来てくれても、どこかで火種を作る。
 功江の安心した顔も好きだけれど、功江があたしを追いかけようとしている顔はもっと好き。

「あたしは諦めたくないから、あたしを諦めないようにしたがるあの子の為にようやっと生きていられる、と思うことを手放せないの。諦められないのよ」

 まあ、他の人間だったら気持ち悪いけれど。

「それだけは譲れないわ」


 これは牽制、けれど

「そうですか、それは――……」


 すべてを譲られ手に入れてきた彼への挑発。


 きっと彼はこれまで以上に彼女から離れなくなる。
 できるだけ全てを諦めようとする彼女の唯一諦められないものを譲らせる為に、
 そんな彼女に執着するあたしに譲らせる為に。

「結構な話ですね」

 背後から聞こえた声は感情で煮えている。


  そう。


 それでいいわ。それに集中すればいい。
 その間に、功江がもっと生き生きした顔になれれば、いい。

 あたしの為に私を譲らないで、そして功江の為にあたし以外の物も譲らない世界を、功江、あなたに……





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最終更新日  2015.06.19 00:19:38
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