Laub🍃

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2017.11.20
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カテゴリ: .1次題
「冗談じゃねえ、俺はもう降りるぞ」
「あ」

おれをずっと突き動かしていた兄貴が消えてしまった。
戦闘機から逃げ回ってる時も、玉音放送聞いた後も、生ごみみてえな飯を食う時も、ずっと俺にやればできるって、生きてれば何でもできるって言ってくれた兄貴が。

「兄貴。なあ、兄貴ったら」

10の頃空襲で生き別れになってからこの方、何かと闘う時は必ず心の中からやかましく口を出してきた、架空の兄貴が、その別れの言葉以降うんともすんとも言わなくなっちまった。

たかがこんな危ない橋で。
いや、兄貴はこんな危ない橋渡るほど馬鹿じゃねえなぁ。

結局その危ない橋は崩れちまって、俺は痛い目を見てお役御免。



「……兄貴?」
「…」

闇市で、人の頭越しに兄貴が見えた。

「兄貴!兄貴じゃねえか!」

近付くとその腕に誰かぶら下がってんのが分かる。

「ひゃー、美人な姉ちゃんだ!兄貴やるなぁ」
「うふふ、ありがと。ねえ、太郎さん。弟なんて居たのぉ?」
「…知らん。赤の他人だろう」

そう言って、恋人と去る兄貴の声に、あの時の架空の兄貴が重なる。

待ってくれ。今度こそ見捨てないでくれ。

「待ってくれ…!」


「あんな危ない、どうしようもないことをする弟なんぞ居らん」

「っ」

ざわめきの中でそれだけがはっきりと聞こえた。

「なぁに話してんのよ、高い所で」
「お前に色目使ってたからな、あんまり見るなと言ってやったんだ」


兄貴の恋人には聞こえなかったようで、兄貴とそのままいちゃつきながら帰っていった。


俺にはもう何も残されていなくて、この対比があまりにも残酷で、そのまま崩れ落ちるしかなかった。



生きてなければ。
あの時死んでれば、こんな思いもすることがなかったのか。



闇市の人に揉まれて邪魔だと押し出されて、その先は店の裏側。
茫然とする俺ににっと笑いかけたのは、丁度店に品出しする途中のババア。

「…おやなんだい、迷子のガキにしては随分とでかいねぇ」
「……だろうよ」

6尺あるのは異人の血が混じってるせいらしい。
だから余計に体力があるだろうと見込まれて危ないこともやらされた。


「ほれ、やるよ」
「…がふっ!?」

突然ぶち込まれた餅、ついうっかり飲み込んじまった俺。


「よし、モチ代の分働きな!」
「はぁ!?そんなのそっちが勝手、に」
「行くとこないんだろう?やることないんだろう?だったら丁度いいじゃねぇか」
「……」
「あんたの名前は?」
「…真二郎」
「あたしはユメ。よろしくな、用心棒」
「名前で呼ぶんじゃねぇのかよ」
「あとしばらく働いたら考えとく」
「けっ」


この時の俺は、数か月後、この口うるさいばあさんが心の中に棲むとは思ってなかった。





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最終更新日  2018.11.15 03:54:13
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