Laub🍃

Laub🍃

2018.01.27
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カテゴリ: 🌾7種2次裏
・夏A以外タイムスリップ安居回幕間

※1夏A→精神逆行(一人一回)
 2夏A以外→身体逆行(ループ/新ちゃん、わんこ達は毎回記憶リセット)
 3  +一人ずつ蘇る

・キャラ掘下げ、接点少ないキャラ同士の絡みあり
・原作15巻について言及あり
・胸糞気味/見方によってはヘイト創作
・施設の設定ところどころ捏造(安居達が年を取る=8月=進級、状況変化 など)
・三人称

01→ (安居サイド・三人称)/外伝後編後→タイムスリップ→夏A10歳夏(崖登り試験)
02→ (要サイド・三人称)
03→  (嵐サイド・一人称)/10歳→13歳(クラス分け)→15歳(銃教習)
  03.5↓ (安居、ナツ、茂、涼サイド・三人称)






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◆◆◆◆◆◆◆◆
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ロープとナイフをもう一度ー曲間ー

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◇◇◇1-幕間/施設の何処かにて

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◇◇◇1-11



 初めにそうして頭を下げた安居を、十六夜は憎んではいなかった。

「……!……あの時の人、ですよね」
「…ああ。……言訳になるが、感染に警戒せずうろうろしている所が、…許せなかった」
「……」
「……許さなくていい。話すのも嫌なら、もう近付かないようにする」
「……僕は、大丈夫です。……だけど、初めにあなたが狙っていたお蘭さんや、くるみさんには……」
「…ああ、……もう、あんな振る舞いはしない」

 けれど、寂しくて悲しかった。

「…もう、いいです。…頭を上げて下さい」
「……わかった」

 ……元来彼は、頭を下げられることに慣れていなかった。
 頭を上げた安居を見て十六夜はほっと息を吐いた。
 安居はしばし逡巡し、別れを告げる。

「……じゃあ、また。……何かあったら呼んでくれ。…出来ることなら協力する」
「……安居さん、でしたっけ」
「…?ああ」

 歯にものが挟まったように言う安居を、十六夜は呼び止めた。
 安居は首を捻る。

「…もし、時間があるなら……もう少し…話をしませんか」
「……」

 十六夜良夜というガイドを安居はよく知らない。
 お人好しで向こう見ずで弱そうな…そして、安居に殺されたガイド。
 牡丹より弱く、けれど卯浪より仲間に慕われていた人間。
 そして…今。折角生き返ったというのに、無駄なことに時間を割いている人間。

「……自分を殺し、仲間を虐げた奴なんかとよく話す気になるな」
「……」

 十六夜は少し目を瞬かせ、やがて意を決したように安居の目を見詰めた。
 思いもかけない強さに怯んだ安居に、十六夜は告げる。

「僕も、仲間を殺しかけたことがあります」
「……!?」
「未来の世界で3年間、なんとか村は作ったものの、他のチームの誰とも会わず、希望も見出せず、村には麻薬と支配が蔓延って…死んだほうがましかもしれないと思ったんです。青酸カリを村の井戸に混ぜようとしました」
「お前…」

「だけど、嵐君が止めてくれたんです」

「……」

「あなたと百舌さんの確執にも、嵐君は割って入ったと聞いています。……青いですよね。だけど、優しくて、人の為に一所懸命な人だ。そんな嵐君をサポートしている分、慎重だったり警戒心の強いあの二人も同じ」
「……」
「僕も、お蘭さん達にとって、そういう人でありたかったんです。一所懸命で、馬鹿で、青くて、それでもけして誰かを助けることから逃げない」

 安居は、茂のように死んでしまうやさしさが苦手だ。
 巨船で蹲った安居の元に、ロープを碌に活かさず登ってきた、ナツや嵐の平和ボケした懸命さが苦手だ。
 そして安居は十六夜に、彼らと似た匂いを感じ取っていた。

「……逃げないのは勝手だが」
「ここでは、自分一人の命を守ってから、他人の命を守るんだな」

 安居は十六夜に背中を向ける。

「……もう、俺に関わるな。秋のチームが心配するだろうし」

「俺はお前が苦手だ」


◇◇◇1-12


 ナツは、やや茂が苦手だ。

 どう接したらいいか分からない。

 どこか自分に似ている弱さと依存心と自己嫌悪と人見知り。

 だが茂は、自分が聞かされない安居の事情を知りたがっている。
 内気で、かつ、子供らしい意地から明確に訊こうとすることはなかったが、ナツは如何せん視線や歯車の狂いに過敏だった。

 ……過敏に気付いておきながら、何も出来ない。それがナツ。

 言いたくても言えない、訊きたくても訊けない。
 そんなナツと茂はある意味似た者同士だった。

 彼らに何かあることに気付いておきながら、何も出来ない。それが茂だった。

 茂は、安居をなんらかの形で励ましたかった。
 いつも自分を助けようとする安居の助けになりたかった。

 励まして、憧れて、必要とすることだけでなく、安居に頼まれた指示そのままに動くのでもなく、安居が立てた計画を実行するだけでなく、何か別の、もっと対等で、つまらない嫉妬などする必要のない、力になりたかった。

 けれど二人は今日もろくに接触出来ないままだった。



◇◇◇1-12ー8



 青く空虚で広い空。山脈に縁どられた空を、渡り鳥が群れをなして飛んでいく。
 安居は、癖のように今日も太陽を見上げている。

「……今日、貴士先生と顔合わせした。8月から火の教官として本格的に働きはじめるらしい。
 お前らはもう会ったか?」
「…花以外、会ったよ。花の名前を誤魔化しててよかった」
「……そうか…珍しい苗字なんだっけ……」
「安居は大丈夫だったのか、貴士先生と顔を合わせて」
「……そうだな。未来で顔を合わせたならともかく、今は、殺された皆も生きてるから平気だ」

 日が陰り少し肌寒くなる。まだ四月半ば、冬の色が残っている。
 少し遠くから運ばれてきた桜の花びらが嵐と安居の間を横切る。

「せっかく記憶があるんだ。
 もしも本当にやり直せるなら、今度こそあいつらを助けられる力がほしい」

「ああ…でも、あいつらには、出来るだけ事情を話さないでことを進めたいな」

「特に茂には」

 話す顔に、ふいにぺたりと花びらが貼り付いて安居は目を眇めた。
 かすかな笑い声がナツの耳に届く。空虚で、寂しそうで、嘲笑と安堵を含む笑い声だった。

「だってあいつは優しいし、諦め癖があるから」

「生き残ってどこかに「逃げる」為、何かしら他人の犠牲が必要なら、『行けないと思う』ってまた言うかもしれない」

 安居はダイを撫でながら呟く。
 ふかふかした毛玉を撫でて落ち着く気持ちは、ナツにもよく分かる。

「…あいつはそういう奴なんだよ」
「だけど、そういう茂だから、ずっと一緒に居たかった」
「……未来に行けるのは、俺みたいに他者を切り捨てられる奴か、小瑠璃みたいに沢山の仲間が命を懸けても守りたいって思う奴だけだった」

「…安居くんもそうじゃないですか」

「は?」

「安居くんも、茂さんに、命を懸けても守りたいって思われたんですよね」

「……」

「……洞窟での蝉丸さんの言葉と、涼さんの話を借りますが、そう思われることも『人の価値』ですよね……
 それじゃ、駄目なんですか」

「……いや、駄目じゃない」
「駄目じゃない……」
「ありがとう、ナツ」

「…はい」

 ナツが微笑むのを見て、安居も少し笑った。

「……とはいっても、俺も、送り出す……いや、未来に引きずってでも連れていく側になりたいんだけどな」
「……助ける側、助けられる側、どっちにもなりたいということですか?」
「ああ。…もう茂に守られるのが嫌なわけじゃないけど、それでも、今生きてる茂が、いつか犠牲になるだなんて考えたくないんだ」

 堅く目を瞑ったまま、安居は呟いた。最悪の事態を避ける為に。

「だから…俺は、火を、捨てる」



◇◇◇1-13

 涼にとって安居という人間は、幼い頃から相対しているのが当たり前の存在だった。
 ゆえにここ数年の、妙に親近感を沸かせるような、同じ側に立っているような感覚を与える安居の言動は、涼にはひどく落ち着かないものだった。
 安居の様子はおかしい。だからその想定外は、矛盾しているようだが半ば涼の想定しているものでもあった。

「お前、火は取らないらしいな」

 涼が言うと、安居はちらりと涼を見やる。
 夏の夕暮れは遅く、今の時間なら互いの表情はかろうじて読み取れる。

「ああ。個人的に練習を付けてもらうことにする。幸い専門教科の教師は増えてるから多少なら大丈夫だろう……武器作りや罠作りも、資料と見よう見まねで練習するさ」
「……ふん、お前の弟分は火のままみたいだが……随分ぶすくれてたぜ」
「茂には、別のクラスの方が一緒に行けると言ったんだけどな」
「それでもあの弱虫は納得しないだろうよ。
 ……ふん、優等生の癖に騙し討ちなんてやるな安居」
「…俺は優等生じゃないからな」

 返答に涼は顔をしかめ、安居の目を射抜く。

「…ここ数年のお前はおかしい」
「!」
「あいつら、新任教師が来てからか?妙に人目を気にしてあいつらと話してるよな」

 涼の恫喝染みた言葉に、安居は緩やかに目を細めていく。その様子が気に食わず、涼は更に言い募る。

「いや、お前がおかしくなったこと自体はもう少し前だ……
 やけにお前は、俺に対して当たりが甘くなった。茂に対しても接し方が変わった。
 ……生徒のほとんど全員に対して、甘くなった。
 代わりに先生達……いや、要さんもだ、あいつらに対して警戒心が強くなった。違うか?」

 考えていることを曝け出さない安居はひどく落ち着かない。
 驚喜であれ憤怒であれ悲哀であれ安楽であれ、安居の目や仕草には何かしら感情の火が灯っていなければならない。なればこそ涼はそれを嗤うように冷静で居られたのだから。

「それに…要さんに対して、たまに『先輩』と呼ばない時があったよな。
 お前だけが誇らしげに呼んでるから、余程その言い方を気に入ってると思ってたのに。
 ……何があったんだお前に」
「…はは、涼はやっぱり誤魔化せないか」
「ほら、その表情だ。……らしくない。10歳以前のお前なら、俺に対してよくむきになって、こういう問いかけをされたら突っぱねてたはずだ…安居、お前は何を隠してる」

 安居が、猫のように目を細めた。

「……『未来』だ、涼」
「あ?」

 酷く老成した、この場に相応しくない深い共感を示す笑み。

 涼の背筋がざわりと震える。
 得体のしれないものが、目の前に居る。
 これまでの『安居』という存在の定義を全て裏返し塗り替えてしまうようなものが。

「お前にとって『未来』は、どんなものだと思う?」

 日没。次第に薄暗く、涼しくなっていく世界で安居の眼光だけが取り残される。
 これ以上こいつと会話するのは危険だと頭の中で危険信号が明滅していたが、それでも涼は退かなかった。

「……弱い同級生や、馬鹿な教師が居ない世界だろ?……ああ、そうそう、夏以外の奴らを導く義務もあるんだっけな。奴らをこき使ってやる未来が俺には見えるな」
「……お前ならそうだろうな」
「何が言いたい」

 正義感が強く優等生の安居ならば、涼の言動に何かしらの青い反感を向ける筈だった。
 だが、今の安居の根源には届かない。

「奴らが俺達から逃げ出して、文明が滅びた世界で生き延びるとか…
 あるいは…俺達の方が追放される、とは考えないか?」

 涼の睨む目に動じず、安居は言葉を重ねる。やはり、らしくない。
 ……だが。今の問いかけの形自体には覚えがあった。
 素直過ぎるがゆえに、あらゆる物事においてあらゆる他人の影響を受け続ける奴のそれだ。
 つまりは。

「……有り得なくはない」

 ……こいつは、妙な考えを抱いては居るだろうが…安居だろう。
 その結論にたどり着いた涼は、少しだけ肩の力を抜く。

「外の奴らにも、縛られない奴が居るなら可能なんじゃねえのか」

 言いつつも、涼はそんなこと有り得ないと考えていた。

 有り得ることは、許せない。
 こんなに日々を犠牲にしている涼達よりも、呑気に親や世界、文明の庇護を受けて暮らしている子ども達が、その庇護を失ってなお、生きる力を持っていることなど、有り得てはならない。

「俺は、有り得ないと思ってた」

 けれどそんな涼を安居は嗤っているように見えた。

「そうかよ。……で、随分いいもんでも見て気を変えたわけだお前は。何を見たんだ?」
「……そうだな……お前なら、まあ、いいか」

 見慣れていた筈の……以前から好んで煽っていたはずの眼光に焼かれる。
 日はもうとっくに沈んでいるのに、涼の背中を汗が伝う。
 炎天下。

「死なないだろうし」
「……あ!?」
「今お前が有り得なくはないと言った状況。
 ……それが要さん達の言う『未来』の一部だ」

 目の前にあるもの。
 猛獣の視線より、銃の照準よりももっと恐ろしい何か。

「そんな『未来』にもし行って帰ってきたら、お前ならどうする涼」

 真っ白な光の目が涼を射抜いた。





◇◇◇1-14


 『未来』。
 そこがどんな世界か、あまり涼は考えたことがなかった。

 ただそこに自分の命と、生きる意味があればそれでいい。

 もしそこが戦場であっても、それさえあれば構わない。

 ……だから、考える必要がない。




 未来で出会うという、『彼ら』の存在もまたそうだ。

 ……何人か、妙に調子を狂わせて来る相手、気になる相手は居るが。

 ……未来で自分はどんな対応をしているのか少し気にかかるくらいには。

 ……未来で、安居が彼らに少なからず影響を受けたのだろうと思うくらいには。

 今日も涼は、少しずつ彼らを観察している。



◇◇◇1-15

「…ここだ。ここからのばら達は連れていかれるんだ」

 壊され始めた日用品、その材料調達の為と言って安居達は少し遠出していた。

「のどかな場所ね」
「……そうだな。風景はいい方だな……ここから車に乗せられて、船を乗り継いで別の場所に行くと聞かされていた。てっきり昔は、外の世界の養護施設にでも入れられるんだと思ってたんだが……その実俺達から見えなくなった辺りで、皆気絶させられて、この施設に戻ってきてたんだろうな。肥料の材料として」
「……さて、どうやって止めようかしら」
「うーん…百舌さんや先生達への直談判は駄目かなあ」
「バカ言え、下手するとまた口封じされんぞ」
「……」

 そんな会話を涼は物陰で聞いていた。

「……『未来』の外れ者、か」

「……あいつらが、『最後のチーム』なのか?」


◇◇◇1-15 鈴木安居のした兇状


 安居の異常は明らかだった。
 10歳の夏頃から、妙に神経を尖らせている。先生に対する刺々しさが、生意気という程度でなくなっている。それだけでなく、同級生の殆ど、特にすぐ近くで育った相手に対し甘く、懐かしむような、実際には知らないからこの形容でいいのか分からないが…まるで兄のような振る舞いをしている。頻繁に張り合っていた涼に対してさえそうなのだから後は推して知るべし。

 異常が見受けられたのは、安居単体でもそうだ。
 まず何に対しても妙に対応するのが早い。
 だがそのわりに、身体がついていかない。
 まるでもっと背が高く体重が重く筋力のついた大人のように行動する様子に、涼は違和感を膨らませていった。

 そして13歳になってからのクラス分けだ。

 牡丹や苅田、そして貴士先生といった新任教師と、格闘技の訓練をしている時は殊更に、その傾向が顕著に見られた。

『新しく来たあいつらは、俺達が未来で出会う他のチームに所属してる。うち7人は新しく追加される【夏のBチーム】だ』


 その様子が13歳のあの日聞いた、にわかには信じられない話に現実味を与えていった。

『…最終試験では……7人以外は皆、テストでギブアップ出来なかった。山の中に放り出されて、ギブアップできずに野垂れ死んだ』
『…』
『その途中でそれぞれ、色々あった。それぞれ違う形の”テスト”を受けさせられていたんだ。…だからそれぞれ違う形で、歪んでしまった』
『必要だったのかそれは』
『それぞれの経験は、未来で役には立ったんだ。未来では……』

 安居はまず、未来にあるもの、設備、地形の変化、植物や動物、ウイルスや菌の異常な進化や効果といった脅威と、それらについて対処したこと、観察したことなどについてひとしきり語った。
 途中で他のチームが発見したという、『龍宮』というウイルスで滅びたシェルターの話にさしかかった時。

『結局未来では、生きた人間は7SEEDSプロジェクト関係者しか見付からなかった』

 涼は、7SEEDSプロジェクトは結局成功だったのだと思った。その試金石となった夏、改め夏Aはまさに希望の種だ。

『……だから、一般人を導く使命はなんとか皆果たせた』
『それなら要さんや茂に【未来】について打ち明けても平気そうなもんだが』

 音楽が流れ始めた。晩飯の合図。要の流すレコード。

『……いや、それは危ない。能力としては人を導けたけど、代償にした他のものが大きすぎたんだ。だから、このことがばれたら多分危険視される』
『代償?』
『俺含め夏Aは皆、心のどこかを失ってる。……かくいう俺が一番どうしようもないかもしれないが』

 安居はついに意を決したように、これから、そして未来の世界での涼、安居達の運命を語り始めた。

『……俺達が狂わされた最後の一押しは、未来で目覚めてすぐ行うことになった殺害だ』
『……すぐ?外国の浜辺ででも目が覚めたのか?』
『違う』

 銃の訓練はしている。だから涼も、いつか人に向けることはあるかもしれないと思っていた。外国かどこかで思想、あるいは資源の取り合いなどのせいで争ったとしたら、威嚇…そして殺人の道具として使うだろうと。だが、すぐとは。

『未来の世界で目覚めた時、ガイドについてきた教師が生きて目の前に現れたんだ。仲間が目の前で死んでいったのに、奴は生きてた』
『……ガイド…?』
『俺達の様子があまりにひどいから、監修につけられたんだと。……俺含めて6人で銃を取って殺した。奴はいちゃいけなかったから』
『……』

 それなら、涼にも分からなくはない。教師。誰なのか。
 卯浪、貴士、それとも要か、それとも……。どいつもあり得る気がした。

『その後俺達は、さっき話した【龍宮】の近くで他のチームの奴らと遭遇した。…以後混合チームと呼ぶが、あいつらが感染病のリスクがある場所に行って…なんの警戒もせずに出てきていたから、俺は怒りを抑えきれなくてまた発砲した。一人を殺した』
『……は?』

 火種をいとも簡単に生んだ、話の中の『安居』が今の涼には信じられなかった。

『…………ああ。どうしようもないよな、俺は』
『……それで、どうしたんだ』

 ひどく歯切れ悪く安居は続けた。涼にはその真偽を確かめる術はない。安居の言う事を信じるしかない。喩え、どんなに信じがたくとも。

『……俺は混合チームの一人に一度攻撃され抑えつけられた』
『……近かったのか?隙だらけにもほどがあるだろ』
『そうだな、油断していたし侮っていたし怒りで何も見えてなかった。…その攻撃した一人を夏Aの殆どが銃で取り囲んで俺は解放された』
『情けないな』

 音楽が流れている。

『それは十分分かってる。仲間の一人にもそんな風に言われた。
 その後俺達は、遭遇した場所から立ち去った』
『仲間には何か言われなかったのか?』

 止めるとか、あるいは、どんなに遅くてもいいから謝れだとか。
 もしも小瑠璃や源五郎、茂辺りが未来に一緒に行っているなら言うだろうと涼は思う。
 だが、安居の答えは想像と違った。

『…仲間の一人には、皆殺しにしちまう所だったぞと言われたな。その少し後に、他の仲間に銃弾の無駄遣いをするなと言われた』
『……おかしいだろ、その反応』

 音楽が流れている。

『……皆、最終試験の後で他の仲間の異常に口出し出来なかったせいもある。皆何かしら、仲間が死んでいく中でおかしくなってた。……更にしばらくしてからは、安居は変わってしまったと詰られたけどな』
『…そうだろうよ』
『……ああ。そうだな。そうだ、その方が遥かにまともだ』
『……他のチームの奴とは、再会しなかったのか?』

 再会したのなら、敵対することになってしまったんじゃないのか。
 涼の予想はまたしても裏切られる。

『再会した。…どころか、共同生活することになった』
『は!?』
『…さっき言った邂逅から少し経った頃の話だ。色々あって、近くに居る時共通の危険生物に襲われて……危険だから、俺達の築いた村での共同生活を持ちかけたんだ』

 音楽が流れている。

『復讐されるとか考えなかったのか?』
『復讐のデメリットが高いから、やらないだろうと思った。俺達は少人数だったし、あいつら…混合チームは住んでた場所を災害で失っていて定住できてなかったから、丁度いいかと思ったんだ。……目一杯不審がられたが、悪意からではないとして、共同生活はなんとか進んだ』
『……なんとか、ね。うまく支配関係でも作り上げたのか?』

 音楽が流れている。

『技術的に、基本夏Aが混合チームに指導する立場だったから尊重はされてたな。
 ……俺はリーダーとして不足だったみたいだけどな。外の奴らに対して、……あと、外の奴らと仲良くしてる仲間に対して、横暴に当たり散らしたから』
『…よく仲間に見捨てられなかったもんだな。俺ならそんな奴が居たら出ていく』
『……そうだな。……皆には迷惑をかけた。途中まではかなりフォローしてもらってたと思う』

 音楽が流れている。

『途中まで?』
『……殺すつもりはなかったんだが、混合チームを一人、また殺しかけた。その時、夏Aの皆には一人を除いて、もうついていけないと言われた』
『……ついてきた奴ってのは……』

 どこまでも安居についていく奴と言えば。
 涼の頭に、涙目の茂が思い浮かぶ。

『…副リーダーのように動いていた奴だったからな、その時もそいつは俺の側についた』
『……【そいつ】って誰だ?』
『それは言えない。言った筈だ、個人の名前は言えない。
 ……お前だって、未来の自分や仲間が何か変な事をするって言われたら意識するだろ?
 俺もそうだ、誰がどうしたかどうなったか意識してしまってるから、普通に振舞えずにいる』

 音楽が流れている。

『……そうかよ。
 しかしまた殺しか、未来のお前はどれだけ危険人物なんだ。今度は何がきっかけだ』
『ある日、ある先生が娘をコネで送っていたことが分かった。それがきっかけだ』
『…!』
『赦せなかった。……その先生は、娘は未来に行けないからと、行ける俺達に八つ当たりをしてもいた。
 ……大方、八つ当たりした後出世して、娘を送れるようになったって所だろうけどな』

 ……まさか、卯浪の娘か。
 ごくりと唾を呑み込み、涼は問う。

『……で、赦せない先生の娘とやらに……お前はなんか、したのか』
『俺は殺意と罵倒を先生の娘に向けた。日々償わせる為に面倒な雑務もやらせた』
『……ま、それくらいなら仕方ないだろうな』

 涼の頭に、ぽんと卯浪似の少女が浮かんだ。
 新任教師の中にそんな存在いなかった気がするが、と首を捻る涼に構わず安居は話を続ける。

『…話はここからだ。乾季が続いた頃、先生の娘は夜中に一人逃げようとした』
『……よく気付いたな』
『…見回りしてて居合わせたんだ。
 だから、…………

 ……』

 涼から目を反らし、目を瞑り、小さな声で話す安居。
 そんな安居を涼は見たことがなかった。
 にわかに冷えてきた背中が鬱陶しく、涼は強い調子で言う。

『聞こえねえ』

 涼の言葉に、安居は観念したように顔を上げた。
 へこんでいる時の茂よりも情けない表情だった。

『…悪い。
 ……俺は……皆が、先生に甚振られた分を……やり場のない俺の怒りとか痛みとか、押し付けられた歪みとか…先生達が残していった汚れ全部を、先生の娘にぶつけようとしたんだと思う』
『……殴ったか?殺しかけたか?拷問でもしたか?』
『拷問が一番近いな』

 13歳のあの日。
 その後の安居の答えは涼の想像を越えていた。

『先生の娘が脱走したことで憎悪が決壊した俺は、先生の娘を……………しようとした』
『……待て。俺の聞き違いか?もう一回言え』
『……だから、……………しようとしたんだ』

 初め涼は、安居がおかしくなったのではないかと疑った。

『もう一回、もっと大きな声で』
『……紙に書いて伝えた方がいいか?』
『聞き違いじゃないのか』
『お前のその反応からすると、お前は正確に聞き取ってる筈だ』
『……』

 何も言えずただ目を丸くする涼を見て、安居の顔が更に暗く沈む。

『ただ、途中で仲間の一人が止めに入った。……副リーダーが、止めてこいって言ってたみたいだ』
『……なあ。
 それは本当に未来であったことなのか?お前が見た夢じゃなくて』

 涼にはどうにも信じられなかった。むしろ止めに入る側に安居は居そうなものだ。涼の反応に、安居はまた眉根を寄せる。

『そうだったらよかったんだけどな』
『……まあいい、続きを聞く。それで、途中でやってきた仲間の一人がやったことをばらして、その後で殺人沙汰になったってのか?』

 安居の口が自嘲に歪む。

『……いや、ばらされたのは殺人沙汰になった後だ。この後俺ともう一人によって、先生の娘が行方不明になるんだが…その動機について、先生の娘が消えた方が俺には有利だったんだろうと言われた』
『……元々の恨みじゃなくて?直近の行いを隠す為にか?』

 音楽が流れている。

『元々の恨みより直近の行いを隠す気持ちの方が、その仲間には理解できたんだろう。
 先生の娘でコネで来てるからって、先生の責任を押付ける気持ちが分からないとも言われた』
『ま、責任はともかく、別の人格だからうまい償いは出来なかったろうな』
『……まあな。本人じゃないとできないことはある』

 また遠い目になる安居を涼は引き戻す。

『……で、行方不明の経緯は?行方不明に”なる”ってことは、しようとしたわけじゃないんだな』
『これまた話が長くなるんだが』
『いいから話せ』
『……それから数日後だ。脱走失敗の日から先生の娘は俺を避けつつも、村から逃げ出そうとはしなかった。…俺も、どうしようもないことをしかけたという自覚はあったから、同じ事はしなかった』
『……そりゃそうだろうな』

 未だに涼は安居の話を信じきれない。
 過去に戻ったと言うことだけじゃない。
 未来で安居が追放される経緯全てが、涼には信じられなかった。

『……そんなある日、副リーダーが、先生の娘を高い所から落としたんだ』
『【そいつ】も先生の娘を憎んでたのか?』
『……【そいつ】も、先生に八つ当たりされた一人だったな。【そいつ】自身が言うには、私怨と言うより俺の為らしいが。【先生の娘】という存在が俺を傷付けるけど、俺に先生の娘を殺させるわけにはいかないから代わりにやったと言っていた』

 音楽が流れている。

『随分と素晴らしい自己犠牲精神だな』
『…他に、うちのチームの一人を森の奥に一晩連れ込んだから俺がぶん殴った奴のことも【そいつ】は殺しかけた。殺すまでする必要はないだろうと言ったんだが、逆に、そこまでする気がないなら怪我をさせるなと言われたな。……俺が作った火種を消そうとしていたんだろう』
『火種を造るなってのは分かるが……【そいつ】は随分と…』
『…過保護だよな。因みに【そいつ】が、俺と一緒に夏Aの村を出た仲間だ』
『過保護…か…』

 過保護でいいのか。涼には【そいつ】の行動原理をどう定義すればいいのかが分からない。そんな行いをする奴を見たことがない。
 やはり茂ではないのか。小瑠璃か、それとも最近足繁く通う先の源五郎やあゆか、これから急速に親しくなる相手なのか……過去に戻った安居が、接し方を変えた相手なのか。

『……その時期のお前と【そいつ】は、セットで随分な悪循環を起こしてるみたいだな』
『最悪のコンビとして混合チームには見られ続けたな』
『だろうよ』

 まさか、要か。

『……で、その、俺に憎まれ、【そいつ】に落とされた先生の娘は途中引っかかりながら落ちたから無事だったけど、そこで偶然俺と鉢合わせしてしまった』
『なんだその偶然……』

 音楽が流れている。

『……本当に、嫌な偶然だ。お互いにとって突然だったから、先生の娘は俺から逃げようとした。……その先に急流があった。俺は落ちそうになるのを止めようとしたんだが…先生の娘は、俺の手を怖がって、避けて、川に落ちた』
『……ま、そりゃ、警戒はするだろうな』
『俺はロープを投げかけた』
『一般人を導き助けることは忘れてなかったか』
『……まあな』

 やっと安心したように、皮肉げに言う涼に安居は頷く。

『……だが結局俺は、先生の娘にロープを投げなかった』
『ああ、その前に流されたのか』

 それでもたもたしていたことを責められて殺意があったとでも言われたのかもしれないと涼は思った。それならばまだ納得が行く。

『違う。先生の娘は、さっき言った俺の仲間…【そいつ】が自分を落とそうとしたと叫んだ。……俺は、【そいつ】を信頼してた。……だから俺は、投げかけたロープを仕舞った』
『……ここで死ぬべきだと判断したのか』

 目の前で困っている人間が居て、そいつが仲間に明確な危害を与えそうにないなら、安居ならとりあえず助けるだろうと涼は思っていた。
 安居なら、どれだけ【そいつ】が殺したがっても、その一線は譲らないだろうと。
 しかし、安居の声は涼の思いを否定する。

『【そいつ】は危険に気付く能力に長けているし、仲間の為に行動することが多い。
 【そいつ】が死ぬべきだと判断する相手ならそうなるべきだと、あの時の俺は多分そう判断した』
『……どんだけ【そいつ】の判断に依存してんだお前』

 涼の頭に、おどおどして周囲を伺う茂、仲間にあわせて行動する茂が浮かんだ。
 もし【そいつ】とやらが茂なら、安居は幼馴染の情や共感から、そんなことをするのかもしれない。

『俺が出来ないことを【そいつ】は出来るし、俺が見えないものを【そいつ】は見られる。俺と【そいつ】がしてたのは依存というより補い合いだ』
『……わかったよ、わかった。【そいつ】が基本的に頼れるってのは分かった。先生の娘がどうなったのか続きを話せ』

 【そいつ】を庇うように言い募る安居を押し留め、涼は続きを促す。

『……ああ』

 【そいつ】を庇うように話している時だけは安居の目が輝いていたが、その光はじきに沈降していく。そのことだけが涼には惜しかった。

『結果先生の娘は流されて一時期行方不明、……その時、さっき俺を止めた仲間、あいつが俺の行いをばらした。ロープを仕舞った俺についても、…先生の娘を落とした【そいつ】についても、行いを隠そうとしたんだろうと言われた』
『……先生の娘を落とした【そいつ】は随分と短絡的だな。やることなすこと裏目じゃねえか』
『俺の為だったんだ』

 即答する安居に涼は顔を顰める。

『……お前はそれでいいのか?』
『俺がもともと、憎悪を抑えきれなかったのが原因だからな。……結局俺と【そいつ】は、他のチームだけじゃなく仲間にも排斥された。外の世界の『裁判』を模して、裁かれた。
 他チームの一人を殺した事。傲慢に支配をして、外の奴が仲間とつるんでいたら怒鳴って、時には外の奴に暴力を振るったこと。そして、先生の娘自体には罪はないのに、八つ当たりで虐めて、傷付けて、結果死に追いやった事が主な罪状だ。
 追放か強制労働か選べと言われた』
『随分と素早い対処だな』
『……不満が溜まっていたんだろうな』

 音楽が止まった。

『追放のレベルは島流しか?村に入れないってことか?』
『村に入れない、だな。顔を合わせても互いに関わらないという意図も含んでいただろうな』
『……さすがは元リーダーへの扱いって所か。いや、仲間ラブなお前には一番辛い刑か?』
『……まあな。ああ、あと…俺は一時的に拘束されもしたが、その時右手にひびを入れられた。あの時は流石に未来で生き残れないかもしれないと思ったな。…一般人を導く立場の筈なのにこのザマだ。優等生だなんて間違っても自称できない』
『……幾らなんでも、対人スキルが下手になりすぎだろ。ここの誰にでも話しかけられるお前はどこ行ったよ』

 鈍いくせに神経過敏で、判断力も行動力もあるのにうっかりして、面倒見がいい分寂しがり……仲間想いな安居が。

『俺の【誰にでも】は、多分幼馴染限定だ』
『……幼馴染以外にはポンコツなリーダーさんか。そりゃあ乗っ取られても文句は言えねえな』
『……』
『混合チームとやらは賢いな。おおっぴらな復讐は角が立ってできねえから、この機を逃さず、排斥と乗っ取りでもって意趣返しをしてみせたってわけだ』
『……意図的かどうかは分からないけどな』

 そんな安居がもし仲間を失ったら、そうなるのか。
 涼の頭の中で、未来の安居は未だ形を取らない。

『その後は?お前と【そいつ】で二人旅か』
『しばらくはそうだった。あてもない旅を続けている内に、俺達は海岸に出た。
 そこで最後のチームと出会った。……最後のチームの何人かは、混合チームの数名を警戒していて、接触しようとする気もないようだったから、俺達は合流することにした』
『……最後のチームの奴らとは相性が合ったのか?同じ一般人だろ』
『何か教える立場になった時はな。あいつらは素直に関心してみせた』

 まるで茂のようだと涼は思った。
 涼と違い、安居に対し素直にすごい、がんばって、安居なら、と嬉しそうに言い続ける様子は馬鹿みたいではあったが、同時に平和の象徴でもある。

『うち一人には【生徒会長】とかをやってたかとか、兄弟が居るかと問われたしな』
『……傲慢な王様が、随分といい捉え方をされるようになったもんだな』
『”師匠”だとふざけて呼ばれたことはあるな。何につけ教えるからだと』
『ま、知識は持ってて損じゃないだろ』

 無知が盾として使えるのは、先生の娘とやらのように、悪事に関して無関係だと主張する時ぐらいだろう。突然加わった安居と【そいつ】に対しピリピリと警戒をせずに済んだ最後のチームも無意識に使ってはいただろうが。

 ようやっと涼の考える安居像と重なりだした、師匠もとい未来の安居。
 ずっと空白だった未来の安居の顔がやっと描かれていく。

『その教える立場ってのを、混合チームにも徹底すればよかったのに』
『目覚めてしばらくは余裕がなかった……教える立場にはなっていたが、今思えば高圧的だった。高圧的に教えられるのを好まない奴も居る。先生の娘もそうだった』
『卯浪に対するお前みたいな』
『その喩えはやめろ。……だが、相性の悪さの度合いは似たようなものだろうな。未来に行ってからもともと何回か我を忘れたり、幻覚も見たが……先生の娘が居ることが分かってから、更に激化した。……頭が段々と冷えて、その後俺と【そいつ】が合流した、最後のチームのことは導けたけどな。【そいつ】にも、安心した様子で見られたし』
『【そいつ】はお前が不安定だと不安定になるんだな』

 どれだけべったりなんだ。呆れる涼に、安居は目を伏せる。

『……そうかもな』
『また随分と歯切れ悪いな。……最後のチームでは妙なことはなかったんだな?』
『…ああ……最後のチームには、先生達の身内……いや、血縁者は居なかった。……だから俺は、傷付けずにいられた。世話を焼き過ぎとか、心配し過ぎとか、能力を信じてないとは言われたが。一緒に来てくれた【そいつ】も、だから、妙なことをする必要があまりなかった』
『……【そいつ】って誰だ。そろそろ言えばいいだろ』
『言えない』
『……まあ、いいけどな。…よほどお前と近しい奴なんだってことだけは伝わってきた』

 やはり茂なのか。
 涼の脳裏に、成長した茂が浮かんでいた。

『…近くに居るな、確かに』

 たまに見せる無表情が涼の頭を過る。
 茂が安居の為にと陰ひなたに動く姿が浮かぶ。

『……排斥された俺の傍に唯一残ってくれたしな。【そいつ】は俺が幻覚を見たり、他のチームに行き過ぎた暴力を振るいそうになった時なんかは止めようともしてくれた。危険分子の殺害係と殺し合いになった時なんて、……武器を取っ…てはいたが、言葉を尽くして相手を止めようとしてた』
『それなら止め続けてればいいだろうに』
『俺のせいだ。俺がおかしくなったからだ…本当はそういうことをする奴じゃない。【そいつ】も俺と同じように、最終試験の悪影響を受けてたし』

 なおも庇われる【そいつ】の存在が涼には少し腹立たしかった。

『……それで、……最後のチームではその悪影響とやらは少しはましになってたのか?』
『最後のチームは…なんといったらいいか…手強かったんだ。
 仲間の【そいつ】がいくつかチームに…罠……嫌がらせを仕掛けたが、何とか生き残った』
『……?』

 何かをはぐらかされている。
 安居の話し方に涼は違和感を覚えたが、取り敢えず突っ込まないことにした。

『……その後、生きていた先生の娘に再会し、謝罪もしたが……それでも、多分俺は歪んだままだった。……今、ここに居る俺もそうだ』
『…………』
『…何が怖いとか、傷付けた相手にどうすればいいのかとか、俺にはもう分からないんだ』

 安居の真っ直ぐさ。揺るぎない、ともすれば暑苦しくもある正義感や、未来に向ける輝く目を涼は思い返した。涼にはそんな安居が、今さっき耳にしたような未来を迎えるだなんて考えられなかった。
 ……そもそも、いくらおかしくなっていたとしても卯浪のような愚かなことをするなんて。
 ……そんなことがあったら、安居という存在について一から考え直さなければいけなくなる。
 ……もしそんな状況に直面したら……自分なら、どうする?
 涼がそう考えた時、図ったように安居は言った。

『……二人で旅をする少し前、【そいつ】にも、これ以上どうしようもなくなったら見限るかもしれないと言われた』
『……だろうな。見限られなくてよかったな』
『ああ、本当にな』
『謝罪した後、どうしたんだ。また共同生活したのか?』
『いや、しばらく少し遠くで俺と【そいつ】は暮らしてた。……先生の娘と混合チームの一部には、俺と顔を合わせるのも怖いと言われたしな。その後、他のチームから船を借りることにした』
『ほう』
『俺と【そいつ】に加えて…最後のチームの一人は国内のシェルターをまわる為船旅に出た』
『……随分と少人数の旅だな。また追い出されたのかよ』
『俺があの村から出たいと言い出したんだ。航行技術が上がって、資材を集められれば海外にも行ける。そうすれば医療技術とか、新たに見付かった冷凍睡眠させられてる子たちを起こす技術を探すことに繋がる。……そうした使命を背負えたことが、俺は誇らしかったんだ。
 冷凍されたままの子ども達が、施設を結局出られなかった皆に重なったんだ』
『……』
『それが【未来】での最後の記憶だ。細かいことは省いたが、話は以上だ。俺が同級生に甘くなり、先生達を警戒し、その割に新任教師とはよく話す経緯、あとお前に対してむきにならなくなった経緯の大筋は話した。
 話は終わりだ』
『……』

 違う、そんなのはありえないと思った。だが。

『……信じられないなら信じられないで構わない。
 だが他の奴らには話さないでくれ。…特に茂と要さんには』
『……頼まれても話さねえよ。しかし、そうやって強調するってことは、【そいつ】の正体は……』
『言わないと言ってる』

 だがしかし、違うと考えるにはあまりに安居の目が真剣で、真っ直ぐで、涼は事実と認めざるを得なかった。
 まだ何か話されていないことがある気もしたが、それを今聞き出すには物事が複雑すぎて理解しきれない気がした。

『……ああそうかよ。……少し整理する。後でもっと詳しい話を聞かせろ』
『分かった』

 その後二人は、仲良くカレーの具を減らされた。




 あれから涼は、安居が省略していた話を少しずつ聞き出していた。

 はじめ起きた場所からどうやって移動したか。道中でどうやって未来の生物に対処したか。
 夏Aの村をどうやって作ったか。
 夏Aの村にやってきた混合チームとの共同生活、哨戒の仕方は。
 雨季と乾季の違いは。
 怪我をした手の扱いは。
 浜辺の暮らしは。
 岩礁に乗り上げた船への対処は。
 船の繰り方、注意点は。
 海の生物の種類は。
 最後のチームと入った巨大船の様子は。
 海路と陸路の違いは。
 海路から侵入した洞窟の状態は。
 洞窟で遭遇したロボット、機械類の特性は。
 未来で飼っているという大蜘蛛の弱点は、などなど。 

 そうした話を聞きながら涼は、個人的に未来の暮らしは悪くないと考えていた。情報や技術が、外の人々より17年古くなってしまうということは納得しづらかったが。
 未来の安居とよくセットで行動してる【そいつ】や、最後のチームとやらとは気が合いそうだとも思った。
 もし【そいつ】が未来の茂ならば、認めてやってもいいかもしれない。
 そう思いはじめる涼に対し、説明している安居もどこか生き生きとし始めていた。

 ただし個人名だけはいくらカマを掛けても安居から引き出せなかったし、そこに繋がる夏Aの今後の情報も安居ははぐらかし続けていた。まるで下手に情報を得たら涼が暴走するかのように。

 一方で涼は未だ、未来からやってきたという新入り達に個人的な接触をしていない。特に情報を引き出すつもりもない。
 いっそふてぶてしいまでに涼はそれまで通りを貫いている。

 その実涼は未来の安居が辿ったらしい道を訊くほど彼らを信用できていなかったし、下手に接触すると先生達に怪しまれたり、『未来の安居』が更に不安定になる恐れもあった。

 涼の苛立ちは日々募っていく。



◇◇◇1-1×


 今は、施設に小瑠璃達と安居が居ない。
 のばらの見送りに行っている為だ。

 涼はそちらに行かず、一人射撃場に居る。

 のばらとはそこまで仲良くない。
 ……そもそも、仲良くする気もない。

 落ちる可能性のある生徒と仲良くすることは、甘さに繋がると涼は考えている。
 最近よく話すようになった虹子とは気が合ったし、他の子どもとは違ってつるみやすかった。そして何より、一緒に未来で活動している様子がイメージできた。だからこそ共に行動していて安心できる。

 一方で安居はと言えば、涼の対抗心や他の何かしらの感情を煽りはするものの、見ていてひどく落ち着かない存在だった。
 真っ直ぐだが時折不安定な安居は力量としては涼と互角でも、何か決定的なものが、先生達が『未来』で動く『大人』に求めている…生き残りの席を得る条件に対し、足りない気がした。
 ……10歳までの安居は、そうだった。
 ……10歳からの安居は、変わった。
 何かは満たされて…代わりに、どこかが壊れているような目、声、ふとした時の仕草が涼の気に障る。
 そんな安居を未来で見ている自分自身など、今の涼にはあまり想像がつかなかった。

「……撃つか」

 簡単な点検が終わった手元の銃を、涼は二三度弄んでから握りこむ。
 銃は手に馴染んでいる。だが、生きている的になど向けたことはない。

 ……未来の安居は撃ったのか。
 ……いつか安居は、その手で人を殺すのか。

 弾倉に弾を入れる。

 ……ああして悔いている癖に、どうして殺してしまったのか。

 弾倉をグリップに差し入れる。

 ……殺してしまったのならどうして、悔いているのか。

 スライドを引く――撃鉄を起こす。

 ……どうして【そいつ】とやらのしたことまでも、背負っているのか。

 安全装置を外す。

 ……その時、涼自身は何をしているのか。安居達を追い出す側なのか。

 安居が悩んだり、新任の嵐達が要と何かやり取りをしている様子が涼の頭に浮かぶ。

 ……どうしてそこまで拘るのか。

 涼は溜息を吐いて、的の頭部に狙いを定める。

 ……切ってしまえば楽なのに。
 ……一番譲れないものだけを守っていればいいのに。

 引き金を引く。

 ……もしかしたら未来でも、こういうことを思うのかもしれない。

 聞き慣れた破裂音。
 直後、的の頭部ど真ん中に穴が開いた。






【続】





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最終更新日  2018.02.27 15:25:17
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