Laub🍃

Laub🍃

2018.01.29
XML
カテゴリ: .1次題
最近幼馴染の様子がおかしい。

「ねえ、雨衣。授業終わったよ?」
「え?あ、ああ。…行こうか、木実」

 男勝りで男みたいな髪と恰好をして、男より女子にもてる彼女。
 僕の告白まがいのアプローチに全く気付かない彼女が、最近よく呆けている。

「次体育だぞ、急げー」

 その主な原因は、こいつだ。

「…雨衣ー、行こうよー」

 この春学校に赴任してきた新米教師、水草。


 僕だって雨衣に一途なのに。
 我慢強く草食男子やってきたのに。
 雨衣や雨衣の兄さんに認められる為に頑張って筋肉つけたのに。
 そこそこ最近もて始めてるのに。

 それなのに未だに文化祭で女装とかさせられるこの女顔が悪いのか。
 幼馴染で距離感が近すぎるせいなのか。
 未だに僕は雨衣に男として意識してもらえない。

 やきもきしてるのはいつも僕だけだ。






「……昔さ、あたし、一人称オレだったんだ」
「あー、確かになんか似合います」

「うーん、確かにあんまり一般的じゃないですけど、雨衣先輩の場合は馴染む気がします」
「はは、そっか」

 嘘を吐けないきよみが言うなら、そうなんだろう。
 事実あたしは…いや、オレは、そうなろうとしてきた。

 オレは、格好いい男になりたかった。



 年が離れた兄は、いつも優しいけど、きまってそれは親父が居ない時だけだった。
 親父が居る時に庇ってくれた事は殆どなく、あってもそれは目立つから、次の日に響くから世間体が悪いと言うただそれだけの理由だった。

 母に似た顔をしたオレを親父は憎んだ。
 母に似た顔をしたオレを兄は直視したがらなかった。

 だからオレを初めて全部見たのは、隣の部屋に住む、ネグレクトを受けていた木実だった。


 親父が荒れてる時は木実の部屋に避難、木実の家の食えるものが尽きた時はオレの部屋から食べ物を持って行く。

 よくばれなかったもんだと思う。
 今思えばきっと、兄貴がそれとなく庇ってくれてたんだろう。

 木実の部屋には暴力の臭いはしなかったけど、どこかひどく不吉だった。

 大家の親父がよく愚痴ってた、電気代もガス代も水道代も家賃も貯めてる、木実が中学生になって払えるまで待ってやると。

 そう言いながら、木実が部屋から発掘してきた、買ってきてそのまま置きっぱなしの、埃の積もった(兄貴が言うには蒐集癖の末路だそうだ)アクセサリーや服などを「家賃」と言って奪っていくんだからやっぱり糞だ。学校でパソコンが使えるようになってから、あの「家賃」について調べたら、質屋で買いたたかれてもなお家賃を軽く超える値段だった。

 そんな親父にも、周りの奴等との違いをも糞と思いながらも、なんとか生き延びられるだけの幸運と体力と、そして支え合う幼馴染が居たからこそ頑張れた。

 だけどついに、小6の時それが親父にばれた。

 その日オレは親父に酷く殴られ、蹴られ、胃液に塗れて廊下に追い出された。

「綺麗にするまで入ってくるな!」

 大きなドアの閉まる音。
 動けなかった。
 いつもなら雪の降る夜でも外の水道でかじかみながら体を洗うのに。
 声も出なかった。何度も何度も木実を念じた。
 その想いが通じたのか、単に隣にも聞こえていたのか、木実がやっとドアを開いてくれた。
 オレを介抱する木実はいつものように心配してくれた。
 だけどその目はいつものやつだと思っていて、明日も明後日もこっそりオレが食べ物を持ってくることを信じていた。

「木実、ここを出よう」

 木実が作った、天井裏の隠れ家。そこで介抱されたオレはやっとそれだけを言った。
 あまり時間がない。
 二人揃って外に出たように偽装したが、親父は未だに部屋の中に居ると確信しているようで、イライラしながら下で待っている。

「え?な、なんで…」
「親父にばれた。もう、食べ物は持ってこられない。だけど安心しろ、学校のパソコンで調べたんだ、そういう人の為の逃げ場所があるって。そこでなら二人とも食べ物をもらえる。それにお前も一緒に学校に行けるんだ、オレが教えなくても大丈夫」

 その直後、親父の携帯が鳴った。
 今だ。
 電話相手、恐らく兄貴だろう、そちらに集中する親父の後ろにそっと降り立った。
 未だによくわかってない様子の木実の手を引いてベランダから外に出た。



 その後、木実の肩を借りてやっと辿り着いた施設も環境としてはよくなかったが、あそこよりはましだった。

 たまに兄貴が面会に来て、もう一度一緒に暮らさないかと言ってくれたけど、オレは曖昧に笑ってやり過ごした。

 幼い時に当たり前だと思ってたことがどれだけ当たり前じゃなかったのか知ってしまったら、もう同じ場所には戻れなかった。


 けど、施設で、争いごとを解決する手段に暴力が含まれてしまう俺は敬遠された。
 職員にもそういう類の奴が居たせいで、オレが暴力を教育の手段と勘違いしてしまっていた。
 それも木実や、学校で薄いやり取りをするだけの相手には全く振るう必要がなかったから、その年まで自分の異常性に気付けなかった。


 父に、本当はどんな風に在ってほしかったのか。

 それを思い返すのがリハビリの手段の一つだと、保健室の簿冊先生が言っていた。


 流れに流れて4年、オレは理想の男を目指す女になっていた。

「…ところで、雨衣先輩って……水草先生が好きなんですか?」
「……いや、憧れてるだけだ」

 ああなりたいと思う。

 優しく、頼れて、爽やかで。
 木実をオレだけの力で助けられるような人に。

 なのにそれを言ったらきよみは変な顔で押し黙る。

「……あっ、ごめんなさい、記録ノート持ってくるの忘れました!」

 首を傾げると、きよみは焦ったようにそう言って、背中を向けて走り出す。

 わけがわからない、と思いながらふとフェンスの方を見ると、いつものように木実がこっちを見てた。


「きのみ」

 小さく手を振ると、きのみはびくりとして逃げてしまった。

 最近いつもこうだ。

 施設でもいつも喧嘩っぱやい奴や性格のおかしい職員から庇ってやったのに。
 木実に何でも教えてあげたのに。オレ達に居なかった、まともな親の代わりに、何でもやってやったのに。
 反抗期か。


 仕方なく、中途半端に上げた手を下ろし、オレはきよみの走り去った方向へ歩いて行った。



【終】





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2018.12.17 15:03:20
コメントを書く
[.1次題] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: