Laub🍃

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2018.04.01
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*淘汰と落伍


ぬかるみを彼らは歩いている。

「ソノダさんってあんま怒らないっスよね」
「そうねぇ。感情あらわにしてもしょうがないからねぇ」

彼らの表情は疲れ切っており、今にも泥と一体化してしまいそうだが、彼らは下らない話を続けることでなんとか意識を保っていた。

「……なぁんか、そーゆーとこ、食えないっスよね」
「なによぉ、怒らせたいのぉ?」

呆れたような声を放つ、ソノダと呼ばれた男は、彼らを先導する髪の長い隊長だ。
甘い声色と表情、揺れるつややかな髪とは裏腹に、泥やその中に潜む蛭などを踏み潰していく脚、動けない仲間を背負う腕は逞しい。


「やぁねぇ、タメイケくんたらドMなの?アタシ怒ったらほんとに容赦しないわよ?」

揶揄うような声を上げるタメイケと呼ばれた青年は、ソノダに背負われる短髪の青年だ。
左目負傷、右脚銃創、おまけに腹から漏れた血がしとどにソノダの背と、身体を縛る布を濡らしている。

「でしょうね。アンタの罪状オレでさえドン引きしますもん。フッツー血のつながった家族相手にあそこまでできます?」
「アタシからすれば赤の他人を殺す奴の方が理解できないけどね……。特に裁判所で被害者遺族と傍聴人と裁判官ブチ切れさせて高笑いしてたアンタのことは」
「やだなぁ、感情を動かしあうのがコミュニケーションですよ?オレは楽しい、あの人達は怒りの矛先見付けて嬉しい、win-winじゃないっスか」

当時のことを思い出すかのようにタメイケは嗤う。
その嗤い方に、ソノダはかつて殺した自分の家族を思い出す。
ソノダを嗤いながら痛めつけ続け、生かさず殺さず人生を奪い続けた奴らのことを。
同じ痛み苦しみを同じだけ返しただけなのに、何故かソノダだけが責められてこんな所に居る。
そうして、こんなどうしようもない奴なんかを背負って歩き続けている。


「俺はソノダさんみたいなタイプ結構好きっスよ」
「吐くならもっとマシな嘘吐きなさい」
「あはは、かっ、かふっ、あはっ」

ソノダの言葉にタメイケは笑った。腹の中からせり上がる血交じりの笑い。
ソノダはまた溜息を吐く。

むしろソノダは、タメイケの嗤う顔のほかを見たことがない。

「全くとんでもないのと同じ隊に入れられちゃったわ…ほんとにアンタなんて死んどいた方が余程世の為人の為だって言うのに」

そうしたらやっと馬鹿みたいに能天気でどうしようもなく醜悪な笑みをタメイケはやめるのかもしれない。

「じゃあほっとけばいいじゃないっスか」
「やーよ。これ以上戦力摩耗するとアタシらまで危ないじゃない」
「…ここまでの敗局って……俺のせいじゃないっスか……アンタ隊長なのに怒ったり切り捨てたりしないんスか」

タメイケは嗤っている。ソノダの愚かさとタメイケの今の境遇を。

「アンタが下手に煽ったせいで形振り構わず非人道的兵器使ってこられたからねぇ……。お蔭でこっちの軍も死んじゃったり大怪我したりちりぢりになったりと散々よ、まったくもう」
「じゃあ」
「…怒っても現状が変えられるなら変えるけど、今ここで怒ってもアンタが喜ぶだけだしねぇ…。見捨てたって喜ぶでしょ、アンタ。
 アタシはアンタが嫌いだから、アンタの喜ぶことはしてやんないわ」
「じゃあ本陣に生きて帰ったら全力で怒って下さいね…約束ですよ」
「…はいはい」


ざくざくと、踏みしめる地の感触が粗さを増していき、ごつごつとした植物の根がろくに上がらない足元にひっかかりはじめる。それでもソノダは歩き続けた。
時折静かになっては話しかけるタメイケにぞんざいに答えながら。

ソノダは只管に歩く。
そのさなか、同じように背負って引きずって行った仲間が死んでいた記憶がよぎる。
彼等も笑っていた。

金が欲しかった男。世界が憎かった男。自分の正義を信じていた男。自分の欲望に忠実だった男。人生を奪い返したかった男。世間を嘲りたかった男。みな人の道を外れている。みな死ぬべきだった。
この地獄で死んでいった彼らはそれを全うしたのだ。
脱走してこの首輪に殺されることもなく、国に戻って恨みを持つ者達に殺されることもなく。
国の為に闘っている。

上にソノダは感謝をしている。
死ぬも生きるも自由だ。
敵兵にソノダは感謝をしている。
どのみち戦場があるからソノダ達は生きていられるのだ。
殺した奴らにソノダは感謝をしている。
あの日々にのみ煮えたぎるような憎悪を向け続ければ、他のどんなことでも耐えられる。


そう。

たった今、背中の鼓動がやんだのも、全て奴らのせい。
心の中で何度も殺し、叩き潰し、ソノダは心を保つ。
行き場のない怒りも悲しみも憎しみも後悔も何もかもを最早手の届かない奴らのせいにしてしまえばいい、それだけのことなのだから。

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最終更新日  2018.04.23 18:41:24
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