難聴者のための喫茶店 『こうひいの木』

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michitomo888

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2007年05月20日
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このところ爽やかな良い天気が続いています。世間では目を覆いたくなるようなニュースばかり・・高校生が母親を殺しバックに頭部を入れ持ち歩いたり、復縁喧嘩?で引きこもり、発砲事件になり前途ある優秀な警察官が射殺されたり・・日本はどこまでおかしくなってしまうのでしょう?胸が痛みます。

以前の私は聞こえない為に(周りに聞えない人もいなかったので)かなり肩肘を張っていました。小さい時から・・・ずっと・・・「聞えないから悔しい!」「聞えないから負けたくない」「聞こえないからといってバカにしないで!!」「聞えないから・・・」数え上げたらきりがない程ガムシャラに生きてきました。

言葉には出しません。まず「聞えない」ことを言いたくない。
憐れみの目で見ないで欲しい。普通の人と同じように接して欲しい。何で私だけ??
常に心の中では「聞えない」葛藤が渦巻いていました。

何でかというと、以前より良くなったとは言え、(今でもそうですが)障害者が暮らしやすい世の中ではないからです。
好きで聞えなくなったわけじゃないのに・・姉妹の中で何で、どうして私1人だけ??常にやり場のない悔しさ、どこに行っても会話の内容が判らない辛さ・・疎外される辛さ。
きっと、このまま肩肘張った人生だろうな・・と思っていました。

一番の転機は、やはり主人と知り合って理解してくれる、共に人生を歩んでいける人と巡り合ったこと・・だから家庭の中では耳が聞えないことを忘れるくらい幸せでした。
世界一幸せ・・だと思っていました。そりゃ子供を育てる時、夜泣きも聞えないし子供の言葉も必死で口元を読み取ったり不便な事はありましたが、いつも支えてくれる人がいたので苦しさ、悲しさも反滅しました。
それに増して、主人はユーモアがあるプラス思考の強い人だったので少しずつ感化されたのかもしれません。

それでも、子供を育てる時「聞えない母親に育てられたから躾がなっていない」と絶対言われたくありませんでした。子供は親を選んで生まれてこれないのです。
「聞えないお母さんだったから嫌だった」と先々、子供から絶対言われたくなかった。
これは親になった以上、子育ては責任なのです。

子育ての時に自分自身、プラス思考など考えたこともありませんでした。
育てる事に必死で周りが見えていませんでしたから・・
とにかく「世の中に出ても痛みのわかる、常識のある子に育てなくては・・」とそればかり考えていました。

主人とは隠し事は全くない程何でも話していましたので、亡くなった当時は「自分の人生もこれで終わってしまった・・・これから何を支えに生きていこうか??」そればかり思っていました。主人の後を追いたいけれど、当時末っ子が高校生だったので「父親がいないうえに母親までいなくなると、いくらなんでも可哀相だ・・生かされるときまで生きなくては・・」と自然に逆らわずに生きていこう・・と思い至りました。

そうして、主人が亡くなってもう10年になります。いつの間にか、肩肘張ることも、聞えなくて悩んだことも受け入れられるようになりました。

何でかな??主人がいたときは、私が「聞えないとわかると憐れみの目で見られるから嫌だ。普通の人に見られたい」と、いつも言っていたので私の気持ちを尊重してくれ、取り立てて聞えないことも他の人に言わないようにして守ってもらってました。

片耳が少しは聞えていたのに(100db)主人が亡くなったショックで全く聞えなくなってしまいました。
あと片方がかろうじて補聴器で音が入る・・・でも言葉はわからないので読唇です。
段々ひどくなり、ますます聞こえなくなってくる・・

その後、これではいけない・・と自分で思うようになり卓球を始めました。
その時子供達の励ましがあったから前向きになれたのだと思います。
特に息子tomoが、私が生き甲斐を持てるように、既存の店を「難聴者が経営する喫茶店」にリニュアールできるようアドバイス、バックアップしてくれた事は大きかったです。

tomoのバックアップも然ることながら私自身も、今まで私を守ってくれた主人が亡くなって聞こえないことを隠していても却ってきつい・・・ことを感じていました。「聞えないことをわかってくれない人は別世界に住んでいる人だと思うことにしよう・・ありのままの自分をわかってくれる人だけでいい」と思うようになっていました。

子供達も「聞えないことを話したほうがいいよ・・・」と言うようになっていました。
そしたらスー―ッと肩の力が取れて軽くなったのです。
聞えないことを恥ずかしい・・と思っているのは当人だけで他の人は、そこまで考えていない、裏を返せば、それぞれに自分のことで精一杯の人が多いのです。

ありのままを受け入れ、尚且つ、何で私がこんなに悩んでいたのか??世の中に難聴を理解してもらう事が大切なのではないか??と思うようになりました。きっと今までの私のように悩んでいる人がいるかもしれない・・あなただけじゃないんだよ、そう思ったらビックリするほど道筋ができたのです。

tomoが「聞えないことを隠さなくていいよ。きっとお母さんのように悩んでいる人がいるよ。難聴者が集まれる店にしたら?人工内耳も考えたら?」と励ましてくれました。同時に難聴会に入会したことも大きかった・・その後は少しのきっかけも逃さず、迷わずに進んでいっています。そして聞えないことを公言したら楽になりました。

人生、良いことは向こうからくるのではありません。自分が動くのです。変わるのです。
何かのきっかけ(それは後になって思い出されることもありますが)を前に進む・・・すると、そこから又、道ができていくのです。自分が進んでいけば変わる・・つまりプラス思考です。同じ状況でも良い方に考えたら些細なことでも感謝の気持ちが出てきます。
こうして息を吸えるだけでも、歩けるだけでも幸せなことです。でも聞えない事は不便。

今まで人様の前で話したこともなかった私が時々難聴に関する講演を頼まれます。
たとえ100人の前でも恥ずかしい・・と思ったことがありません。自分の辛かった人生を思い返し、1人でも悩む人が少なくなるように・・との想いが、誰かが私に乗り移ったのではないかと思うほど、話が口から出てきます。
下書きの原稿も書いたことは無いのに誰かが私の口を借りているのではないか・・と。

それに助けてくれる方と次々知り合えて繋がっていきます。
要約筆記の方、ボランティアの方、お客様・・と、有難いかぎりです。実は今日も街のイベントに出店して、このようにして知り合った方がボランティアで手伝ってくれました。聞こえない私をありのまま受け入れてくれる有難さ・・・
小さなことでも(ありがたいなぁ、感謝!)と、受け入れられるように心がけたいと思っています。この心の財産が私の生きる縁となっています。

人生、1人で生きて行けないから人との関わりが大切だと思います。ありのままを受け入れて前に進んでいく、平凡な日々が一番の幸せなのかもしれません。

      では     また・・  






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最終更新日  2007年05月20日 23時28分53秒
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Re:プラス思考(05/20)  
ホワイトムーン さん
こんにちは

手術後の今でもかなり聴こえに不便を感じますか?

プラス思考はいいですね!
いつもがんばられておられてすごいです!
(2007年05月25日 10時42分05秒)

久しぶりです  
ホワイトムーンさんお変わりありませんか?
術後の今は以前よりグ~ンと聞えてますよ。
カウンターの中からテーブルに座っているお客様と話せます。3~4メートルは離れていますが・・
先日も30年来の友達が店に来てくれて離れても聞えるので以前の私を知ってる彼女は「すごいよね。こんなに離れて聞えるなんて・・手術してよかったね」とビックリしてました。
でも以前の辛かった気持ちを決して忘れてはならない・・・と思うのです。今でも聞えなくて悩んでいる方の代弁をしなくては・・・と思います。 (2007年05月25日 22時26分36秒)

Re:プラス思考(05/20)  
ホワイトムーン さん
おはようございます。

素晴らしい聞こえと活動ですね。
聴こえるようになったお耳でぜひ頑張られてくださいね。
以前書きましたが貴女の天命かもしれません。 (2007年05月26日 07時57分40秒)

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