早い年には梅雨に入るかと思われる今日この頃、連日真夏日が続いています。今年は空梅雨なのでしょうか?
暑いのと髪が伸びていたので思い切って短く切りました。
いつもの美容院なので「暑いから短くお願いね」と頼みながら読唇で会話です。私が聞えないことを知っておられる美容師さんなのでジェスチャーを交えて話してくれます。
いつもなら人工内耳で聞えているけど美容院では外さないといけないので会話が思うようにできないし、人工内耳を外すと全くの聾なので聞えない事がやはりもどかしくてたまりません。
読唇といっても補聴器を使っていた頃に比べると読唇力が落ちているようです。それでも人工内耳を装用している時に比べると、外すとちゃんと読唇モードに切り替わるのです。近況やどんなスタイルの髪型にするか・・・など話題はありますが鏡に映る相手の口だけを見て話しているので時には的外れの返事をしているかもしれません。
「口の形で読み取っているから、トンチンカンなことを話しているかもしれないので、その時はゴメンね」と言うとニッコリ笑いながら「ウンウン」と相槌をうってくれます。
「もうちょっと短くお願いね」と言ってたら本当に耳のところも短くなりすぎて人工内耳を装用したら見えています。
「ま、いいや」と思いましたが以前の私には考えられないほどの変化です。以前だったら少しでも補聴器が髪の間から見えようものなら、気になって、気になって髪を寄せて隠したりしていました。
(知られたくない。普通の人と同じように見られたい)いつもそんな思いを抱えていました。
それに比べて今はなんと言う変化なのかと自分でもビックリしています。
このような気持ちに変わったのは、やはり難聴の活動をしてからです。
行政に「耳マークカードをおいてほしい、要約筆記を広めて欲しい」と言っている当事者が聞えないことを恥ずかしいと思うなら矛盾しています。
私は(聞こえないことは恥ずかしいことではないんだ)と堂々と言える看板にならなくてはいけない・・と思ったら、いつの間にか殻が取れていたのです。
ひとつは家族の理解、協力が大きかった。
子供達が「お母さん聞えないことを言うのはやめてくれ」と言ったらこんな活動もできません。三人の子供達はいずれも「お母さんのやりたい活動をしていいよ。頑張って」とエールを送ってくれます。
今まで聞えなくてビクビク人の顔を見て生活していた頃に比べると随分気が楽になりました。以前の私は周りの人が話していると(何の話だろうか?私も知りたい)そればかり考えてたので表情も少し暗かったようです。もともと好奇心が強いのです。(知りたがり屋)
だから今の私は「明るくなったね」とよく言われます。心の動きはそのまま顔に出るので気楽に過ごしていると顔にも明るさが表れるようです。
髪が短くなり人工内耳(黒なのであまり目立ちませんが)が見えたら、それはそれで話の種になるかなぁ?なんて思いながら・・・「補聴器でも効果がない最後の手段と言われているんですよ」とか「佐賀には人工内耳の手術が出来る病院がないのよ。全国で手術ができない二県のうちの一つなのでなんとかしないとね」等と話せるかもしれません。
ただ髪を切っただけだけど私にとってはいろんな思いがありました。
また少しずつ歩いていこう。
では また・・・