難聴者のための喫茶店 『こうひいの木』

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michitomo888

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2007年10月07日
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十月とは思えないほどの暑さですが、台風の影響か、曇り空で今にも雨が降りそうで降らない、蒸し暑い日々です。
住んでいる地区の体育祭の準備で(班長をしている関係で)早朝から、握り飯作りの手伝いがありました。今ごろの時世に市内の中心部にかかわらずまだ炊き出しがあります。多分、うちの地区だけみたいです。難聴会もあるのでバタバタするし、最初は事情を話して、「欠席でいいよ・・」と言われていましたが、気になり、少し手伝いに行きましたが、
早めに失礼してチャリンコで難聴会の会場へ直行しました。ハァ~ッ汗ビッショリ。

例会は、体育祭や稲刈りのせいか出席者が少なかったです。
県助成金で11月11日に難聴会主催の講演会を予定していますので、準備の話から始めました。受付は?司会は?駐車場は?などと要約筆記のOHPスクリーンを見ながら決めていくので、多分、一般の会議の倍は時間が掛かっていると思います。
少ない人数の中から係りを決めていくので70歳以上でも立派な戦力です。

皆さんが難聴者なので一番困るのが人と接する、会話することです。
受付は要約筆記者も側に座ってもらうことで、筆談で応対できます。

問題は駐車場です。側に要約筆記者に、ついてもらうほどの人数の余裕がありません。
「駐車場では1人ひとりに(会場は前です)と言わないといけないんですか?」と質問がありました。「何か聞かれたら困る」ことが不安なのです。

「いいえ、聞かれた事だけ答えて車を誘導してください」と私が答えたら
「聞えないし、話し掛けられたら困るので予算があればガードマンを頼めないですか?」という意見が出ました。
「ガードマンを頼む余裕はありません。ホワイトボードなどを持ってて書いてもらって下さい」と言いましたら一瞬エーッというような顔をされましたが、私はすかさず「書いて下さい・・ということで難聴者の実態が判ってもらえるから、そのようにして下さい」と答えました。
聞えないから何もできない・・・では、いつまでたっても理解を得られません。
手話を使えない難聴者には筆談で・・・という方法があることを、身をもって示す良い機会だと思っています。納得してくれたようです。

一般の方に手伝ってもらう方法もありますが自分達、難聴者協会が主催なのですから自分達ですることが大切だと思います。
殆どが70歳代ですので私より目上の方ばかりですが近頃の高齢者は若いので、できることは、やってもらいたいと思っています。
「入り口に案内書を・・」「講師の方は誰が駅まで迎えに行くか?(責任者である私がしないといけない)接待は?」「難聴の方が主だから(筆談用の)メモ用紙を受付に置いておく」などいろんな意見が出てきました。

お喋り会は私の店の喫茶店で開催するので雰囲気のせいか、誰でもよく話しますが例会は福祉センターの会議室みたいな所であるので全く話さない人もいます。

それで私は、できるだけ話の輪に入ってくれるように気がけていますが、人によっては、なかなか口が重いのです。
無理に話させることはしたくありませんが、1人でも笑顔があるか、楽しんでくれているか・・それに重きをおいています。

一部の人だけが話して終わり・・・では、折角の集まりの意味がありません。聞こえ難いから、日頃家庭でも話し掛けてもらえない人もいるので、難聴会で心から楽しんでもらいたいと思っています。

会員の殆ど聞えない70歳代の女性の事ですが、以前は「どこに行っても話が聞えないから楽しくない」と言われていました。
でも難聴会に入って要約筆記者のノートテイクや筆談で仲間と話をして内容が判れば「アハハ」と声高に笑われます。
それで「今まで親戚が集まる時全く聞えないでつまらなかったが、この前ホワイトボードを持っていったら、姪っ子達が書いてくれて、賑やかでとても楽しかったよ」と嬉しそうに話されました。

もし難聴会に入ってなかったら筆談やホワイトボードのことなど気付かず、ズーッと淋しい思いをされていたかもしれません。こんなふうに「書いてもらえて楽しかった」等と話してくれる笑顔を見ることが私の一番の喜びです。人間らしい感情を保つことが、生きていく上で、どんなに大切な事でしょうか?

講演会の準備の話の後、近況報告をひとり一人に話してもらうことにしています。
折角難聴会に来たのですから自身が輪の中に入ってもらいたい。
中には話すのが恥ずかしいのか「皆さんの話を聞くだけでいい」とニコニコされている方はそれでもいいし、「声が、あまり出ないので読んで下さい」とメモを出される人は他の方が代読しています。

このように「きてよかった」「楽しかった」と喜んで帰って頂くと私も張りがあります。
結構いろんな意見続出で要約筆記者の手が休まる暇がありませんでした。ずっと書かれていたので(気の毒だったなぁ~でも、お疲れ様!)
要約筆記の方のお陰で楽しい例会ができます。感謝です。有難う!!

聞えなくて淋しい思いをしておられる方に、ぜひ要約筆記や筆談を知ってもらいたい。人間らしい喜怒哀楽の感情とともに過ごして欲しいと思います。

             では・・・また






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最終更新日  2007年10月07日 23時15分48秒
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困る、そして不安  
ミチ さん
>「何か聞かれたら困る」ことが不安なのです。

これ、よく分かります。
「わたしは難聴で、」など伝えても、「これくらい大き目に言えば分かるでしょ?」と言わんばかりに、また話されることが多いのです。
親しい人同士では、筆記用具を出して「書いて~」と言っても、「いや、だからね、」とまた話し出す……。

聞こえづらい というのが どういうことか、分からない方が多いようです。

こちらも、諦めずに、
分かってもらえるまで伝えていかなくてはいけないのでしょうね。

ある携帯の会社のお店は、全国すべてのお店に、筆談器を用意してあるそうです。
こんな風に、‘聞こえづらい人には書いて伝える’、又はゼスチャーでも何でも良いんですが、
とにかく 伝わる ようにする、というのが浸透してくれたら良いのですがね──。 (2007年10月09日 06時35分00秒)

こんにちは~。  
Sally さん
 健聴の人に説明するのに、一番通りが良かったのが、「虫食いで聞こえる」「ところどころは聞こえる」です。
 先日退院してきたのですが、入院前にメモ用紙や、「筆談にしてください」の紙やらを用意して準備万端にして概ね快適に過ごすことができました。それでも看護婦さんたちは障害がある患者へのケアを学んでいないようで、一人一人説明する感じにはなりました。でもできるだけストレスを受けたくなかったし、看護婦さん達にとっても良い経験になるだろうことは分かりますので、頑張りましたよ。
 ある看護婦さんが家族に「家ではどうしているのですか?」と尋ね、「分かるまで繰り返しています。それでも駄目な時には筆談です」という返事に「分かりました。」と納得していたようです。
 私の方の収穫は、「こちらから発信して分かって貰えれば、スムーズに事が進む」でした。 (2007年10月09日 11時09分12秒)

ミチさんの言うとおり・・・  
michitomo888  さん
聞えない時に返事ができない・・不安・・・これは難聴者の切実な悩みですよね。
特に喋ると聞えている・・と勘違いされる。
これを説明する事の大変さは何回も経験しています。
あきらめずに何回も伝えていく・・・これが大事です。
聾唖者と違う難聴者の実態を知って欲しいのです。近いうちに私自身が講演会の講師として話すことになってますので、このことを充分に話すつもりです。 (2007年10月09日 23時54分25秒)

sallyさん、なるほど、なるほど。  
michitomo888  さん
ところどころ聞える・・・本当ですね。
全部聞えないわけではない・・・でも聞えない時もある。当事者にしか、わからない辛さです。
何回も、何回も言って理解してもらうしか方法はないようです。病院などでは、入院生活で聞こえない為にストレスがたまっていきますから、理解してもらわないと悩みが段々膨れ上がってしまいます。発信は大切です。 (2007年10月10日 00時00分12秒)

状況によって  
ミチ さん
Sallyさん
> 「虫食いで聞こえる」

ですか──。なるほどね。
私の場合は、虫食いとも云えるし、「まるで昔のラジオみたい」と伝えたりしています。全体に鮮明さが無いんです。
でも、グッと集中して口の動きなど見れば、大体わかることが多くて、全部書いてもらう必要は無い。
(本当に中途半端なんですよね。)

そんな状態なので、親しい人は、私はチョット聞こえづらい程度だと思っているようです。
(エネルギー使うので、長時間になると疲れるんですけどね。)

でも、車の通る道とか、ロビーのように響く場所とか、周りに人のざわめきがあるとか、環境によってほとんど聞き取れなくなるんです。

また例えば、お風呂は共同浴場に行くのですが、お風呂上り、特に洗髪の後は耳が湿っているので補聴器をつけられない。

そして、食べながらモゴモゴ話されると、また聞き取りにくくなる。

そういう風に状況が変わると、その度に「こういう所ではね、」などと説明しなくてはいけないんですよね。

私が、「是非おしゃべりをしたい」とか「人と一緒に仕事したい」という気持ちだったら、なんとしてでもするでしょうが、そうでもないので、「ま、いいや」と黙ってしまう。仕事も、一人で出来ることをしてしまうのです。

お出かけは、人と一緒だと、どうしても話さなくては(聞かなくては)ならないですよね。それは楽しいことなんですが、じっくりと味わいたいから一人が良い、となるんです。

日々の暮らしの中で、話したいことがあったら、ネットでいろんな人と話すことが出来て、それで満足してしまう。
こんなで良いのか…、と思っているのですが。。。
(2007年10月10日 06時38分43秒)

難聴体験  
ミチ さん
長々としゃべった挙句に、また書いてしまいますが…、スミマセン。。

michitomo888さんのように、大勢の方に話す機会がある方にお願いしたいことがあるのです。
普通に聞こえる方は、一度、難聴を体験してみてほしい。ティッシュを丸めて耳に詰めてみれば、たぶん、難聴に近い状態になるんじゃないでしょうか。
その状態で人の話を聞いてみてもらったら、聞こえづらいってどんな風なのか、少しは分かってもらえるんじゃないでしょうか。

そうして、お互いに理解し合って、共に心地よく
暮らしていきたいと思うのです。 (2007年10月10日 06時46分17秒)

全てを分かってもらえないのは  
Sally さん
仕方が無いという気持ちが強いので、そういう意味ではストレスは少ないかな、と思います。
 というのは、私の場合父がやはり成人後の難聴者なのですが、自分がなってみるまでは、聞えについて興味がありませんでしたから。聞こえない電話の時に交代するとか、繰り返して説明するなどはいつもしていましたが、筆談は自分がなるまでは気づいていませんでした。
 なので、つらさを分かってほしいという気持ちよりも、どうしたら合理的か…という方に頭が行きます。結構ドライです。 (2007年10月10日 08時15分16秒)

ミチさんもsallyさんにも考えさせられます。  
michitomo888  さん
聞えないことを体験する・・・これは要約筆記の方が言われていましたが、例えば、車椅子、松葉杖、視覚障害者・・・全て体験できるそうです。
唯一できないのが「聞えない体験」だそうです。
どんなに耳を塞いでも聞えるそうなのです。
でもティッシュを丸めて耳穴に入れるのはハッキリ聞き取れないかもしれません。体験できそうですね。
私も長いこと難聴者の生活をしてきましたが難聴会に入るまで筆談する・・・という選択には全く気付きませんでした。
読唇である程度わかっていたからかもしれませんが、高齢になって聞こえ難くなったら読唇は無理だから筆談が有効でしょうね。
聞えないと1人でいるのが気楽です。
でも折角人間として生まれてきたからには、人と関わることも大切なのではないでしょうか?
でも考え方それぞれですね。
人と関わって聞こえ難くてストレスをためるなら、1人でいるほうがいいかもしれない。
人と関わりたい人は聞えないなら書いてもらうとか自分に合った方法で探っていけばいいと思います。
やはり一般の方に聞こえ難い正しい実態を理解してもらうこと・・・これが大切ですね。 (2007年10月11日 00時28分48秒)

ナカナカ。。  
ミチ さん
>筆談する・・・という選択には全く気付きませんでした。

やっぱりそうでしたか──。
‘聞こえづらい場合は⇒書く’とか、ゼスチャーで表すとかいうことを、もっと気軽にし合えるようになったら良いですね。

私の言葉が足りなかったのでしょうが、
書いて下さったメッセージで、ちょっと心外なお言葉が所々にあったので、一応伝えさせて戴きますね。

私があれこれ書き込んだのは、同じ難聴者として、『どうしたら聞こえる人の中で、人と共にやっていけるか』を模索・試行錯誤している最中だからなのです。
そういうことを、共に出し合って、考え合っていきたかった。
聞こえ具合や、経験・立場・環境など、それぞれ違うのですから、
「私の場合は、こんなことに気づきました」「自分は、こういう方向でいこうと思っています」など、出し合えたら、参考にできることもあるので。

思いを伝えるのって、ナカナカ難しいですね。。。
(っていうか、自分が未熟なのですね。)

ps.
自分だったら、例えば、
「こういう方法は、ご存知ですか?」とか「こんな選択肢は考えられないのでしょうか?」など、
示してみたり、提案してみる、ということなら、自然に本人が「自分の場合は──」と考えていける。

私は、互いにそんな風にしていきたいと思っています。
(2007年10月11日 07時00分34秒)

Re:ナカナカ。。(10/07)  
Sally さん
私こそ言葉足らずだったのですね。お気を悪くされていたら、申し訳ありませんでした。

>普通に聞こえる方は、一度、難聴を体験してみてほしい。

に対応したものです。「分かって欲しい」→「分かってくれない」→「孤独」の体験があるので、相手に求めすぎないことが大事だと思っています。心情的な事は自分で処理する感じでしょうか。

 ティッシュをつめるという事も、家族に難聴者がいても自分は言われてもしなかっただろうと思うのです。「どうして…?」「なんのために…?」と(…父自身が医者の仕事で多忙なため自分の事にまで頭が回らず、めそめそする状況になかったのです。同僚との間では相当に悔しい事はあったようですが…障害者である意識もなく、手帳の申請にも年金にも気づいていませんでした。)
 現在自分の障害を受け入れていますが、医学の進歩により生きている間に聴力を取り戻せる日が来る事を期待している、というのもあるかな?その日まで不便は我慢という気持は強いかもしれません。
 こういうケースもあります。 (2007年10月11日 09時40分54秒)

ミチさんの言われる事わかります  
michitomo888  さん
聞こえづらい・・本当にさまざまで知っている方は片耳聞えないけれど、その耳の側で話されると聞こえ難いそうで、それで悩んでおられます。
私から見れば「片耳だけでも聞えるなら凄い」と思ってしまうのですが当人にとっては、すごい悩みなのです。
だから「こうしたら聞えやすい」といえば良いのですが、まず聞えないことを知られたくないので黙っているそうです。
私くらいオバサンになると「聞こえませんので・・」と言えるけれど若い方は気持ち的になかなか難しいです。その気持ちの持ち様から考えていかないと・・どうしたら一般の方と会話を楽しくできるのか・・・これは大変大切なことだと思います。
お互いに理解しあって・・・過ごしたいものですね。 (2007年10月11日 20時16分26秒)

sallyさん気にしないで下さいね  
michitomo888  さん
気を悪くしている・・・なんてとんでもないです。
色々な意見を伺えて本当に参考になります。こんな見方もあるのだと。気付かせてくれて有難うございます。
聞えないことを理解してもらう為に何回も言う・・と言ってますが、中には親身に聴いてくれない人もいます。そんなときは別世界に住んでいる人だと思ってそれ以降は何も言いません。
言っても理解してくれない人のことを悩む時間がもったいないからです。
すべての人に理解してもらうことは無理ですが一般論として(自分のことだけではなく)「聞えない時はこんな事が不自由です」とか「書いてくれたら判りやすいです」と言うようにしています。
難聴者当人が自分の事を把握していない事が多いです。言われてみて「アッそうなんだ」と気付いたりします。自身を障害者だと思っていないのです。
不自由なことがたくさんあるにもかかわらず・・・ (2007年10月11日 20時31分34秒)

互いに。共に。  
ミチ さん
sallyさん、
>私こそ言葉足らずだったのですね。お気を悪くされていたら、申し訳ありませんでした。

どうぞこんなこと仰らないで下さい。

一つ一つのことを、「わたしは、こう言いたかったのです。」など説明するには、タイヘン過ぎるし、そうしたいとも思いませんので──。

私は、ここ6年ほどネットで様々な難聴の方と、どうしたら聞こえる人と共にやっていけるかなど、互いに真剣な話をさせてもらってきて、励まし合ってきました。

そうして自分なりに、試行錯誤ですが、いろいろやってきました。

これからも、互いに、支え合ったりしていきたいと思っています。よろしくお願いします。
(2007年10月12日 06時55分35秒)

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