この頃は日本晴れが続いています。
関東に住んでいる孫の幼稚園のマラソン大会がある・・・と嫁さんから知らせがきたので(よく近況報告してくれます。ありがたいものです)孫に激励の便りをFAXしました。
すると沢山の怪獣の絵と「がんばります。ばあちゃん、すき」とたどたどしい字で書いたFAXが届き嬉しい宝物が増えました。
すると嫁さんから「私は(絵を)貰った事がないので私も欲しいです」とメールがきました。
離れていても心が通じてささやかな幸せをかみしめています。
11月11日、半年近く準備を重ねてきた難聴会主催の講演会がありました。
県活性化事業で採択された助成金で行いました。
去年は「人工内耳と補聴器」という医師の講演会だったので今年は趣を変え、福祉機器製作、販売会社、社長中園秀喜氏にお願いしました。(東京都中野区在住)
この準備で、まず難聴会員に、誰に講師をしていただくか、いつ、どこで?などとたずね、多数決で決めていきました。会場も交通の便がいいところ、会場費が高くないところ・・などと数ヶ所当たってみて市の公共施設に決めました。
講師が決まると、タイトルは何にするのか?話の内容は?と数回のメールのやり取りで順次進めていきました。名義後援依頼書の作成後(県、市、マスコミなど16件)発送し、承諾を得てポスター作成依頼。レイアウトなどの交渉。ポスターができると名義後援を頂いた所へ配布し、いろんなところへもポスター貼付のお願いに廻りました。
講演会間近になると会場で使う機器の確認(講師の方とメールで数回のやりとり)・・・これは要約筆記の会に協力をお願いしました。
そして当日。講師の方を駅まで迎えに行きましたが写真で知っていたので、すぐに出会えました。思ったより小柄な方だったのでちょっと意外な気がしました。写真では大きく見えてましたから・・・
会場に着くと案内書の貼付、机、椅子などの借用、パソコン機器の取り付け・・など要約筆記の方々の協力で準備完了。
本番です。今年二月に入会された70代の男性Aさんに司会をお願いしました。
司会者だけど、自分が難聴会に入会した経緯まで話されたので、一緒に来られた奥様が司会が終わった後「うちの人に司会させなくて良かったのに・・要らぬ事まで話すので・・」と苦笑されてました。
Aさんは三年前に病気で難聴になられ、すごく落ち込んで家庭も会話の疎通で暗くなり、「家内に年金を半分やるから出て行っていいよ、と言ったこともある」と言うほど悩んだそうです。関東にいる嫁いだ娘さんが、思い余って(関東で難聴会があることを知り、その難聴会で佐賀の私のFAX番号を尋ねて)私にFAXしたことがきっかけで入会されたのです。今は嘘のようにニコニコされて、聞き間違っても「聞こえないもので、すみませんねぇ」と笑いながら聞き直されてます。入会されて、とても明るくなられました。
司会者の開会の話の後、私が挨拶して講演会の始まりとなりました。
内容は多岐にわたりました。
*聴覚障害は40歳代から始まる。
*手話を使っている聴覚障害者は17%で高齢になるほど手話取得は困難になる。
*災害時、聴覚障害者は情報が伝わらず逃げ送れる。
(停電や混線でFAXが使えず連絡が取れなくなる)
(避難勧告や避難命令が聞えず取り残されたり逃げ遅れる)
(例として岡山県立盲聾学校で1950年火災が起きた。一階の視覚障害者は全員逃げ 出して無事だったが二階の聴覚障害者16人は聞えないので全員死亡した)
1985年以降火災でなくなった聴覚障害者は156人以上います。
*聴覚障害者の一番苦手な所が病院である。
(名前を呼ばれても気付かない・・・無線振動呼び出し器で解消)
(マスクを掛けている医師の話がわからない・・簡易筆談器の導入で解消される)
(エックス線検査の音声案内がわからない。ナースコールを押しても看護師の返事が聞えない。・・・電光文字表示器の導入で解消)
*非常ベルが聞えない。逃げ送れる。
などと沢山の聞えないことによる情報通達の不公平があることを話されていました。
これらに筆談器や電光表示器などで配慮すれば不安が解消され精神的効果がある。
不便さは、まず聞えない本人が言い続けなければならない・・特に外見ではわからない障害なので、なかなか理解され難く、配慮され難い。
私など、ともすると(なかなか聞えないことを理解され難い)と落ち込んだりします。でも中園氏は「ここまでくるのに17年かかりました。何度も何回も繰り返し、聞えない不便さを社会に訴え続けている」と言われ・・・17年も言い続けているのだ、私なんてまだまだだな・・と反省しきりです。
中園氏はユニークな方で「95歳なのですが、まだまだ頑張ります」とご自分の年59歳を逆に話されてました。本も数冊上梓されています。「拝啓、病院の皆様」「社長バリアに挑む」「イクオール」など
聴衆も、あまり多くなかったので責任を感じ、落ち込みましたが知人の県会議員や市会議員(私が講演会に来てください・・・と頼みました)は「とても役に立った。勉強になった」と言ってくれたので安堵しました。
福祉の面で聴覚障害者が困っていること、不便な事を、これから議会で発言してもらえば嬉しいことです。
講演会が終わった途端、頭の中では既に来年の講演会はどうしようか??などと思い巡らしています。
要約筆記会でお礼方々、反省も述べましたが「来年も頑張って講演会を考えたら?」と言ってもらい、又やるぞ~と勇気が出てきました。
何もしないでクヨクヨ悩むより、色々とやって、回り道してもいいから進んでいこう・・・と思いました。まだまだ中園氏に比べたら私はひよっこです。頑張らないと~