子どもの寝息をBGMに

子どもの寝息をBGMに

2006年12月06日
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あなたと初めて会ったのは10年以上前、あなたが15歳のときでしたね。消極的、という訳じゃないけど、あまり目立つのが好きではない、大人しい女の子でした。鈴が鳴るような綺麗な声。話し相手の目を真っ直ぐに見つめて、「私のこと分かって欲しい」というメッセージがはっきりと伝わってきました。

次第に友達関係に悩むようになり、学校に行きたいのに行けない辛い日々が始まりましたね。夜になると、あなたから泣きながら電話が掛かってきて、家に行って話をしたり、ドライブに連れ出したりしました。天体観測をしている人に話しかけて望遠鏡を覗かせてもらったときに見た月は迫力満点で、二人とも圧倒されましたね。海に夜景を見に行ったり、山里にご飯を食べに行ったり、あなたとの思い出はたくさんあります。

あなたが辛くて泣いているとき、私にできることは、気分転換をするお手伝いくらいでした。問題は自分で解決しなければならないことを、あなたはよく分かっていましたから。高校を卒業してからしばらくは、毎年几帳面な文字で年賀状をくれましたね。時々は手紙も書いてくれて、得意なピアノで「レクイエム」を演奏したカセットテープを受け取ったこともあります。

家にこもりがちだったあなたが出掛けるようになったのは、カトリック教会に足を運ぶようになってからでした。20代半ばで洗礼を受け、たくさんの仲間に励まされて随分と明るくなりました。その頃から、クリスマスに葉書が届くようになりました。キリストの教えに心の拠り所を見出し、辛かった頃の自分を知らない人たちのなかで新しい自分になって楽しい毎日を過ごしていたようですね。

あなたが皆より少し遅く携帯電話を買ったとき、「携帯買いました」と連絡してくれました。でも、ちょうど1年前にあなたからもらったメールは、私にとって辛い報告でした。

「私、癌なんです。」

耳下腺癌が見つかり、手術を受けて入院中だという知らせでした。おつきあいしている彼と結婚しようと話していた矢先のことでした。あなたは以前にも、明日に光が見え始めたときに病気になりましたよね。不登校をようやく克服して登校し始めたとたんに急性虫垂炎になって、結局は通信制に転校したんでしたね。「どうして私はいつもこうなんでしょう」というあなたの悲痛な叫びが聞こえてきました。

病棟には高齢の患者さんしかいないので退屈だと言うので私がブログのことを教えると、病室で毎日読んでくれて、*ももたろう*を心配するメールをくれました。同じ病気の若い女性の友達が欲しいと言って患者の会のことを調べたけれど見つからなくて寂しかったですね。

5月になって届いたメールは、「今から検査です」という内容でした。術後の経過をみる検査で、不安でいっぱいなときに待合室から送ってくれたメールでした。私もドキドキしながら次の連絡を待ちました。「肺に転移していました。」短い文章でした。私はすぐに電話をしたけれど、どんな言葉をかけたのか覚えていません。お母様によると、医者から唐突にむげなく転移を告げられたそうですね。



*ももたろう*の入院中にも心配してメールをくれました。あなたも苦しい闘病生活を送っているのに、感謝の気持ちを忘れず、いつも人のことを気遣っていましたね。私に負担を掛けないように、10代の頃のようには泣き言を言わなくなりました。

9月の誕生日にメールを送りました。検査の結果、癌が悪性中の悪性で治療は不可能だと言われて、「このまま死ぬのを待つだけですか?」と聞くと、医者は「そうです」と当たり前のように答えたと聞きました。こんな病院にはいたくないと、誕生日の前日に退院したんだそうですね。誕生日のお祝いメールを喜んでくれましたが、そんなに悲しい出来事があったことを知らずにいて、ごめんね。

9月半ばに、念願の花嫁さんになりました。あつらえたばかりの、クリーム色の生地の落ち着いた着物に、春色の可愛らしい花がいっぱい咲いた帯をたいこに結んで写真を撮ったんですね。あなたが自分で選んだ着物だとすぐに分かりましたよ。細い身体にキュッとウエディングドレスをまとい、優しそうなご主人と幸せそうに並んでいる写真が、手紙に添えられて10月末に私の元に届きました。初めは写真を撮るだけのつもりが、教会の人たちに勧められてチャペルで祝福式を挙げたそうですね。厚いアルバム2冊にも収まりきれないほどの幸せ。

結婚してからは、ご主人もあなたの家に同居していたけれど、仕事が忙しくてゆっくり会えないとこぼしていましたね。10月上旬には、ご主人とドライブや近くの温泉に出掛けて、楽しい新婚生活を送っていたと聞きました。

退院してからはカトリックの病院のスタッフが訪問看護に来てくれていたんですね。お医者さんは週に1度来て、診察のあと少し神様の話をしてくれて、あなたはその話を聞いてとても喜んでいたとお母様が話してくれました。看護師さんも、電話するとすぐに来てくれて手厚く看てくれたそうで、良かったですね。

食事も普通に楽しめて、家の中を歩き回って、静かな時を過ごしていたけれど、クリスチャンの友達に「私はもうすぐ天国に行きます」とメールしたんだそうですね。お母様にも「私だんだん悪くなってる」と言ったり、「遺影には着物を着て撮った写真を使って欲しい」と言ったり。私が結婚のお祝いを何にしようか考えてデパートに買い物に行く予定を立てていた頃に、あなたは天国に行く準備をしていたんですね。

天国に発つ前3日間は、意識がなかったと聞きました。癌が気管に広がって呼吸ができなくなり、自宅で、ご両親とご主人に見守られて、苦しむことなく静かに息を引き取ったとお母様が話してくれました。直前まで普通の生活を送れていたことと、苦しまなかったことがせめてもの慰めだと言っていました。

日曜日にお母様からお電話をいただいて、初めてあなたが亡くなったことを知りました。ねえ、どうして教えてくれなかったの?心配掛けたくなかった?2週間も前に亡くなっていて、お葬式にも出られなかったよ。今日久しぶりにお家を訪ねて、お母様とアルバムを見ながらお話しました。あなたがいなくなってから家に行ったってしょうがないよ。昔はあんなに甘えてくれていたのに。最期の最期に頑張らなくてもよかったのに。

あなたと知り合って15年、何度もお家に行ったけれど、今日初めてお父様にお会いしました。高校時代は「私のことを理解してくれない」と避けていたお父様。交流があまりない父娘だったけれど、病気が判ってからは、仕事も辞めてあなたにべったりだったそうですね。先生から身体をさすってあげると落ち着く、と聞くと、いつも側にいてさすってくれたんですってね。親子3人で写真を撮りたいと言い張って、花嫁姿のあなたの隣に立つお父様は、それはそれは誇らしげな様子で写っていますよ。

お母様は、15年前も今も、いつも明るくて前向きですね。お電話をいただいたときも今日も、涙ひとつこぼさず、楽しそうにあなたの思い出を語ってくれました。結婚式のとき「お母さんの頭の中はお花畑のようだ」と手紙に書いたそうですね。そんなお母様がいつも一緒にいたからこそ、あなたは頑張ってこられたんですよ。

そうそう。お父様とお母様は、あなたの希望通り洗礼を受けるそうです。洗礼を受けていないと天国の同じ場所に行けないから受けて欲しい、と言ったんでしょ?今更気恥ずかしいけれど娘の希望だから、と言っていました。洗礼を受ければ、遠く離れていてもいつも3人一緒にいられると喜んでいました。今は冬で寒いから、春になって暖かくなるまであなたを家に置いておくと言っていました。冷たいお墓の下に一人で眠らせるのは可哀想。あなたはひとりっ子で寂しがり屋だったけど、もう寂しくないね。ご主人も週末には食事に来ているそうですよ。ご両親も息子ができて喜んでいるね。落ち着いたら、お二人で旅行に出掛けたらどうですか、と勧めましたよ。1年間ずっとあなたにつきっきりで看護して、ちょっと疲れているよ、きっと。でも、あなたの体調の良い日があって、花嫁姿をご両親に見せることができて、親孝行ができたね。



「神様は、その人に乗り越えられない試練はお与えにならない。」

マザーテレサの言葉だと友人から教わりました。私はあなたが泣き虫なところばかり見てきたけれど、本当は誰よりも強い心を持っていたのかもしれない。

あなたが退院した後、偶然デパートで会いましたよね。病院の帰りだと言っていましたが、聞き覚えのある声に振り向いたものの、見覚えのない綺麗で生き生きとした表情の若い女性が立っていて、誰だかさっぱり判りませんでした。15年間、泣いたり落ち込んだりふさぎ込んだりした顔ばかり見ていたのに、私が最後に見たあなたはキラキラ輝くとても素敵な女性でした。あの偶然は私へのプレゼントだったんですね。

あなたに手紙を送ろうにも、送り先がありません。毎日私のブログを読んでくれていたから、ここに載せることにします。あなたは自分のことをあまり人に知られたくないといつも言っていたけれど、私はあなたのことをみんなに知ってもらいたい。姉のようだと慕ってくれたあなたのことを、私を知るみんなに話したい。

あなたのことを想わない日はなかったのに、最後の1ヶ月が空白のままです。私のメールを待っていた?私がお花を抱えてお家に遊びに行くのを待っていた?私は、教えて欲しかったよ。今日お家に行くことになるくらいなら、1ヶ月前に行きたかったよ。





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Last updated  2006年12月07日 03時01分46秒
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